100日後に死ぬ俺なので、キミには奴隷になってもらいます

影咲シオリ

第1話 裸の特異点・前編 (残り99日)

「ソラナさんのおうちって大きなお庭のあるお屋敷だって本当?」

「ソラナさん、英語で何か話してみてよ」

「ソラナ、今日の放課後歓迎会しようぜぇ。美味しいケーキ奢ってやるから付き合いなよ」


 昼休みの教室、今日も天花寺ソラナの周りには人だかりができていた。

 転校初日こそは美しすぎる容姿もあって近づきがたい雰囲気だった彼女だったけれど、前向きで誰にでも共感する性格が知れ渡ると、すぐにクラスメートの女子たちは彼女を仲間に引き入れようと質問攻めにした。そのうちに顔くらいは覚えてもらおうと淡い希望を抱いた男共が、付かず離れずのモブ・ポジションを確保しつつあった。


「うふふ、私は普通のマンション暮らしだよ。3LDKのファミリータイプ。爺やも運転手もいませーん、残念でした――

「私の英語の発音を聞きたいの? でもね、私は一人事よりも、もっとみんなとトークしたいな、レッツ・エンジョーイ――

「歓迎会は是非といいたいのだけど、残念。今日は用事があるんだ。引越ししてきたばかりで落ち着かなくてごめんね。早くみんなと仲良くなりたいよーう」


 ソラナは嫌がる様子もなく笑顔で質問に答えていく。イギリス帰りの帰国子女という話題性と話しかけやすい雰囲気、何よりソラナを見た誰しもが、彼女こそ人生で出会った中でナンバーワンだと言って憚らない超絶美形の容姿。彼女の噂話に興味がない者はなく瞬く間に学園の有名人になっていた。

 彼女を囲む輪の中にいない生徒たち。話題の有名人なんて気にしてない風で自分のタスクに打ち込んでいるかのように見える彼ら彼女らでさえ、心の隅では彼女のことを気に掛けていた。


 では教室の隅で一人読書に耽る少年、蛇崩影麻呂の場合はどうだろうか?

 同じクラスに居ながら、すべて遠い世界の出来事といいたげに無関心を貫く。そしてクラスの他の住人たちもまた彼のことを気にする様子はない。

 まさにソラナの対極にある存在。

 だのにソラナがふと彼に目を止めた。


「ねぇ。あちらの本を読んでいる彼、名前なんて言うのかな?」


「えええ、アイツ? もしかしてソラナさん何かされたの! 目つきがヤバいからね。ずーっとエロいこと考えてんのよ。ホントに気を付けな、おかずにされるよ」


 おかず? 日本では食事はごはんとおかずに分けられ、ごがはんの味をベースに献立が作られるという。影麻呂という少年は食人衝動を持つとでもいうのだろうか、お茶碗片手に?まさか。

 ソラナにとって彼の正体を掴むことが今現在の最優先事項である。


「いえ、そうじゃないんだけど。私はクラスメートみんなのことを知りたいんだよ。彼のこと知ってる人は教えてくれないかな」


 そうはいてもアイツにつて話すことなんてないと沈黙する女子たち。

 ここぞとばかりに男子が割って入ってくる。


「奴は蛇崩影麻呂。変な名前だろ。黄瀬地区では有名だった蛇崩病院のボンボンだったけど、アイツが小学校のころ病院は潰れちまって。その頃から他人を避けるようになってなぁ、今じゃいつも一人で本を読んでら。俺たちも最初は気を遣ってたけど、アイツはアイツで満足してるようだから、放っておいてやるといいと思うぜ」


 と小学校以来の付き合いの木下が回答。彼にとってソラナとの初めての会話だった。あとはあやふやな情報ばかりで、影麻呂の人間性を明らかにする言葉を聞くことがはできなかった。

 

「影麻呂君か……」

 

 影麻呂に興味を示すクラスメートは無く話題はすぐに切り替わる。

 ソラナのつぶやきは、喧噪の中にかき消されたのだった。

               ◇


「俺がご主人様で、君は奴隷。奴隷はご主人様のいうことは何でも聞く。シンプルでいいだろ」


 放課後の美術室。廊下側も含めてカーテンはすべて閉められていて蛍光灯の光が眩しい。

 影麻呂はふんぞり返って椅子に腰かけ、足を組んだまま。


「はい。わかりました」


 目の前のソラナは直立不動。緊張した様子で部屋の中央に設置されたステージに立たされていた。

 普段の包容力ある佇まいも影を潜め、まな板の上の魚のように、これから起こる出来事を想像し、不安そうにしている。


「奴隷は流石にやり過ぎって思っているか? でも、はっきり言って俺は相当クレイジーだからな。これから次々とヤバい体験を味わってもらう。本気でドン引きさせるから、覚悟しておけよ」


「はい……私は蛇崩君の奴隷です。蛇崩君の命令なら何でも従います」


「コレは対価だかんな、恨みっこなしだぜ。ああ、ソレと俺を蛇崩君と呼ぶのは止めろ」


「はい。ご主人様」


 影麻呂は一瞬噴き出しそうになったが我慢した。ご主人様か、悪くない。が、思った以上に恥ずかしい。

 彼にとっても行き当たりばったりの予想外の展開だった。

 クラスメートを奴隷にする、なんてのもその場の思い付きだ。

 ただの目の前の少女には『貸し』がある。その対価はしっかりと回収しなければならない。それに釣り合うだけの。


「じゃあ、さっそくダ。裸になってもらおうか」


 影麻呂は冷静を装ってそう命じた。正直ソラナの顔をまともに観てられない。

 自分自身、こいつ何言ってんだぁ?とツッコミを入れたくもある。学園のアイドルのSS級超絶美人と二人きり。やりすぎだ、やりすぎなんだよ。影麻呂。その言葉を何度、反芻したことか。

 だがな、これが人生でたった一度きりの出来事なら? 当然フルスロットルじゃろうがい。

 大事なのは主導権を握ること。一度醒めてしまえば、クラスメートを奴隷扱いにするなんて、ちょっと頭大丈夫ですかといわれかねない妄言、二度と口にはできない。

 大丈夫だ、落ち着け俺。実際、俺は相当高度な変態だ。全人類がドン引くくらいの変態だ。

 ソアラの表情を見ると、そちらもまた顔を紅潮させ、羞恥心と戦っていた。影麻呂の密かな動揺など気付く余裕もない。

 私立炮烙御厨学園の女子制服はセーラー服であったので、ソラナはまずそっとタイを引き抜くと綺麗にそれを折りたたんだ。


(つづく)

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