深淵界隈

おきをたしかに

【1】霊感女子 加賀利咲菜子の憂鬱

 私は神と会ったことがある。

 誰も信じてくれないだろうし、イタい人認定されるのは御免だから内緒にしているけれど。

 ほんの子供だった頃、山に迷い込んで命を落としかけたことがある。その時、私は神に命を救われたのだ。

 穏やかな笑みを湛えた美しい男の人の姿をした神はこう言った。

「お前は私のつがいとなるべくこの世に生を受けたのだよ。だが、まだ幼すぎるな。大人になるまで待つとしよう」

 当時五歳だった私にはよく理解できなかったし、何より彼の顔の良さに釘付けになっていた。

「聞いているか? 大人になったら迎えに行くよ。それまでにたくさん学んで賢くおなり」

「学んで……? やだー、おべんきょ嫌〜い」

「じゃあ何が好きなのだ?」

「食べること! 私ねえ、好き嫌いないんだぁ。何でももりもり食べれるのは凄いことなんだよ。お母さんに褒めてもらえるよ」

「そうかそうか……では、たんと食べて大きくおなり」

「わかった。お兄さんは? 私が大人になるまで何して待つの?」

「神としての務めを果たすつもりだ」

「え、ここで? 一人ぼっちで?」

 幼い私の問いに彼は頷いた。

「寂しくないの?」

「……寂しいよ」

 その後も何か言葉を交わしたと思うけれど、記憶には残っていない。気がつくと私は生きて人里に戻っていた。

 山の中にいた時間はほんの数十分程度に感じられたが、丸三日も行方不明になっていたと聞かされた。大人達はこれを神隠しだと言った。

 この神隠し体験以降、私はそれまでになかった能力に目覚めた。

 簡単に言うと、霊や怪異といった〝人ならざるもの〟の姿が見え、彼らの声が聞こえる霊感女子になったのだ。

 この霊感女子というおかしなネーミングは、高校生時代の友人が付けたものだ。インチキ霊媒師と呼ばれるよりはマシだと思って受け入れている。

 山で会った神が私に授けた能力なのかもしれないが……はっきり言って、めちゃくちゃ迷惑だ。

 想像してみてほしい――いつどこにいようと人間じゃないものが見えるし聞こえる人生を。学業や仕事に専念することも、友人関係を構築することも難しい。大抵の人は生活に支障を来すと思う。現に私は、破綻寸前だ。

 神はいったい何が目的で私を助け、この能力を与えたのだろう。

 てゆーか、そもそもあの人、神じゃないでしょ。

 自分のこと神だなんて。ちょっとアレな人じゃん?

 二十歳になった今はそう思う。

 霊が見えるのも、もしかすると私自身の思い込みなんじゃないかな? 実は五歳から二十歳までのこの記憶は全部夢で、目が覚めたら普通の女の子に戻ってたりして――そうあってほしい。そっちの方が、楽しい人生を送れる気がする。

 三百六十五日・四六時中、霊が見える生活に私は辟易している。

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