京葉線短編集
戸北那珂
第1篇 東京駅
「美味しかったね。今度は限定のやつ試してみようよ」
東京駅の地下にあるワッフルで有名なカフェを出たのは午後4時になるかならないかぐらいだった。
全休の月曜日なんて朝ごはんを食べるのはどうせ10時とかになるんだからいっそのことお昼の時間におやつを食べてもいいんじゃないか、めっちゃ混んでるか逆に空いてるかの二択だろうけど、というわけで実月ちゃんと12時半に待ち合わせてお店に入ったのでかれこれ3時間以上は話し込んでいたのだった。
「わかる。抹茶のやつ絶対おいしいよね」
「冬限定らしいから期末の課題終わったらまた自分たちにご褒美しに来ようよ」
「最高。てか待って。ここクロワッサン専門店だって」
「ほんとだ。めっちゃ美味しそう」
そんなたわいもない話をべらべら続けていたけど、そういえばわたしはきちんとお礼を言ってなかったな、と思って実月ちゃんの方を向きなおした。
「今日はありがとね。なんでだかおごってもらっちゃったし」
「別にいいってば。ハッピーバースデーでしょ。」
そう言ってから彼女はあざとく付け足した。
「私の誕生日も期待してるからね」
「げっ。2月だっけ3月だっけ?」
わたしはわざと大げさに反応すると、実月ちゃんは「3月!さっきのクロワッサンでもいいよ!」と快活そうに笑った。
「おっけー。覚えとくから予定空けといてね。てかほんとにありがとう」
「さてここで問題です。幡野実月はなぜ今日やけに懐が広いのでしょうか」
美月ちゃんはふざけた調子のまま少し話題をそらしてわたしの方を振り向きこう言い放った。
もちろんわたしは答えを知っている。
「ここからは実月ちゃんの好きなように連れまわすターンだから?」
「正解!!ここからはわたしのわがままを聞いてもらうターンだからでした!!」
やっぱり、と思って二人で笑いながら一つ上のフロアに上がりお土産屋を通り過ぎると、見えてくるコンコースは相変わらず果てしなくて、3分後に出ると書いてあった快速には間に合いそうもなかった。
「なんで京葉線ってこんなに遠いんだろうね」
実月ちゃんが尋ねてきた。
「なんでだろうね。でもちょうどいい食後の運動にはなるよね」
「確かに。じゃあそういうこと言う人は動く歩道禁止だよー」
なんでそうなるのさ。
「えーいじわる。実月ちゃんだっておんなじくらい食べてたじゃん!」
「しょうがない。付き合ってあげようじゃないの」
そういってわたしたちは自分の足だけで歩く生き方を選択したのだった。
他にわざわざ動かないところを歩くのはツイステの広告の写真を撮る物好きぐらいしかいなかった。
「だってどうせこの後もまた食べてばっかになるんでしょー?」
「よくご存じで」
演劇サークルに入っている彼女はたまに口調が大げさになることがある。
実は友達になってから日がそんなに深いわけではないのでその事実は最近知ったのだが、彼女曰くそれが出るのは気まぐれだし気を許した人にしかしないらしいからわたしの特権だと思ってにんまりすることにしている。
「もしかしてまたワッフル食べようと思ってたりしてる?」
「ちょっと思ってた。なんでわかるの」
ん、いつもの砕けた話し方に戻った。
「カリブの向かいのとこでしょ。いっつも混んでて行ったことないんだよね」
「ミッキーの形しててかわいいからそれだけでも並ぶ価値あるんだよ」
Dオタのきらいがある実月ちゃんにならいくらでも振り回されますよ、わたしでよろしければ。
「そこまで言うなら行ってみるしかないじゃん」
そんな話をしながらうだうだ歩いていると6分後の武蔵野線すら逃す羽目になったのでホームのベンチに腰を下ろすとむわっとした風がどこからか吹いてきた。
「ま、そんなに乗りたいものがあるわけじゃないしね」
ディズニーの話をすると余裕そうな顔つきになる実月ちゃんは風に乱された髪をさっとかきあげながら言った。
「え。うそ。ホンテ乗りたい」
「5時前には全然着けてぴったで入れるはずなのでその希望叶えてさしあげましょう」
「ならビッグサンダーも」
「それはちょっと欲張りじゃん」
口調ころころ変わるのかわいい。
「じゃあディズニー通としてはどんな提案がありますかね?」
わたしの方が仰々しい言い方になっちゃった。
「しゃべり方真似したな。別にいいけど。てかそのしゃべり方の那珂ちゃんも好きかも。」
「ありがと。んでなんかあるの?」
「うーん。お土産買う時間の節約のために今アプリ見とくとかは?」
「なるほど。でもお店であーだこーだ言うのも楽しいんだよねえ」
「それはそう。でもうちらならどこでもそんな会話楽しめそうな気がしない?」
そう言いながら実月ちゃんはもうすでにアプリを開いて手際よくショッピングのページを開いていた。
「ねえねえ見てこれ!ワッフルメーカーだって!かわいくない?」
「あり。つーかこれならパーク内で食べなくてもいい説ない?」
わたしがそう言うと、「確かに」と彼女は返して、そしてわたしたちはホームのベンチで向き合いながら何がそんなに面白いのかもよくわからないまま顔をほころばせて笑っていた。
ちょうど折り返しの電車が入ってきて、降りる人がちらっとこっちを見ていたけど、そんなことどうでもいいくらい楽しい時間だった。
ひとしきり笑った後、実月ちゃんは笑い涙を浮かべながらこう言った。
「でも大事なのは雰囲気よ分かってないねー。中で食べるからおいしいんじゃん」
「知ってた。だから行くよ。てかわたしたち今日驚くほどワッフルの話しかしてないね」
「たまにはこういう日があってもいいよね」
「まあ恋バナもしたにはしたからねー」
わたしはそう言って実月ちゃんをちらっと見た。
「あんまり喋ってくれてないのでわたしとしてはもっと聞きたいけど」
茶化したような雰囲気を出して、でも言い方には少し真剣さを出して聞いてみる。さ
っきワッフルを食べながら話していた時は全然根掘り葉掘りできてなくて、野次馬根性丸出しのわたしとしては不完全燃焼だったのだった。
「特に何にもないんだってば!」目を細めて遠くを見つめベンチから立ち上がらずに言った実月ちゃんも言葉と雰囲気が表裏になっていた。
そしてちょっと間をおいてからぼそっとこう言い始めたのだった。
「なんにもないからさ、逆にちょっとあれでさ、、、つき合うのってこんな感じなんだっけって」
だんだん声が小さくなっていた実月ちゃんに、わたしには「うん」という中身のない相槌以上のものはとっさには返せなかった。
「しかもさ、佑衣ちゃんも彼のこと気になってた、ってのも小耳にはさんでさ」
そこまで言うとふーっと息を吐いてから膝の上で頬杖をついた。
「なおさらこれでいいのかな、なんて考えちゃうんだよね」
そこまで言い切ると同じ方向を向いたわたしたちの間には沈黙が流れたけど、ちょうど同時に発車メロディーが鳴り始めてそれが結構長めだったのでその空気が微妙になることはなく、わたしはその言葉を噛みしめてなんと返そうか考えることができたのだった。
そして1分ほど経つとメロディーが鳴り終わって、それはわたしたちがもう一本電車を逃すことを意味していたけれど、そんなことは気にせずわたしは大げさ口調モードの実月ちゃんを真似して切り出した。
「実月ちゃんは優しい人だねえ」
「そんでね、わたしが思うにね、実月ちゃんほど優しい人は幸せになっていいんだと思う」
実月ちゃんはちらっとこっちを見て何か言いたそうに口を開きかけたけど、わたしはそれを遮ってもう少し続けさせてもらうことにした。
「今そういう関係になったのにはきっとなにか理由があるからそれはそれでいいのよ。そして、これからどうするかは実月ちゃんの選択で変わりうるのよ」
すると実月ちゃんは「ありがと」と言ってふっと笑みをこぼした。
「そうだよね。なんか愚痴聞かせちゃってごめんね」
「いいの。何のために友達がいると思ってるの。わたし実月ちゃんなら何があっても話聞くからね。有益なアドバイスとかはできないけど」
「那珂ちゃんが友達でよかった」
「光栄ですわ」
そういって顔を向き合わせたわたしたちは、うっすら泣きかけていたけどいっぱいの笑顔だった。
そしてわたしたちはやっとベンチから立ち上がった。
「さ、行くか。5時に間に合うかな」
「まだ大丈夫よ。もしかして次の電車反対のホームだったりしない?」
「うそ。階段あがるの?」
そうやっていつもの会話に戻ったわたしたちを乗せた海浜幕張行きの各駅停車は、熱気と想いのこもった東京駅を、まるでマイペースに歩いていくわたしたちのようにゆっくりと後にしたのだった。
参考
西野カナ. (2014). Stand Up.
https://music.youtube.com/watch?v=uiGgnTfi_vQ&si=CzsYq_-UoARhuNGL
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