第28話 鬼のメイド長

「そんな人が何故、今ヴェイマーズ家のメイド長を?」


 エスリンの疑問は当然だった。誰もがそう思うはずだ。

 すると、当の本人がやってきた。


「そうねぇ。次の世代に託したかったからかしら」

「次の世代にですか」

「えぇ。確かに今のファークラス王国軍の戦技は私が考案して指導したものだけど、あれが正解ではないの」


 メイド長はかつての記憶を探るように、どこか遠い目になっていた。


「国を守る技術に停滞があってはならないの。どこかで私の戦技に疑問を持って、変えてくれる人が必要なのよ」

「それで引退を決めたんですね……」


 それは非常に重い決断だっただろう。そう、エスリンは考える。その地位は誰もが欲しい地位だっただろう。それを簡単に捨てられるほどの胆力。

 これこそがメイド長という人柄なのだろう。



「そろそろ嘘つくのもいい加減にしなさいメイド長」



 シルビアがぴしゃりと言った。


「貴方、『もう戦技考えるの面倒だから、貴方のところで働かせてください』って言って、ヴェイマーズに来たんじゃない」

「うふふ。もーシルビア様ったらネタばらしが早すぎますよ」


 メイド長がクスクスと笑った。

 エンヴリットもシルビアの言葉に頷いたところを見ると、彼女の言葉は本当だったのだろう。


「私もメイド長から話をされた時、驚いたよ。何せ第一声が『もうこの地位飽きたから辞めるわね』だったからな」


 エスリンは思わず時間の返却を要求してしまった。


「少しでもメイド長のことを考えていた時間を返してください」

「あらエスリン、私のことを考えてくれてたの? 嬉しいわ」

「からかわないでくださいよメイド長。……フラウリナはこのことを?」

「えぇもちろん知っているわ。だから良く戦いを挑まれたものよ」

「相変わらずのバトルジャンキーですね」


 次の瞬間、物陰からフラウリナがひょこっと顔を出した。


「えぇバトルジャンキーです。バトルジャンキーなので、いつも貴方との決着を所望しているのですよ。エスリン・クリューガ」


 フラウリナの瞳はどろりとした、怨念にも似たような感情が込められていた。


「貴方とエンヴリット第一師団長が戦っているのを見ていました。ずるいです。エンヴリット第一師団長と戦えるなんて……」

「フラウリナ、見てたかい? 私は命を狙われていたんだよ?」

「命のやり取りなんて、ヴェイマーズ家は日常茶飯事です。特別な状況なんてありません」

「うん、何も見ていないことがよく分かったよ」


 エスリンはちらりとエンヴリットを見る。


「エンヴリット、フラウリナと戦って欲しいんだけど」

「それは別に構わないが」

「! 構わないのですか!?」


 了承の言葉を聞いた瞬間、フラウリナが双剣を抜いていた。

 しかし、エスリンは思い出す。先程、エンヴリットが少し前に言っていた言葉を。


『……いや、こちらから出向こう。ヴェイマーズ家で抜剣したんだ。本来ならその時点で、メイド長に殺されてもおかしくなかったからな』


 エスリンがそれを思い出したのと同時に、メイド長の雰囲気が変わっていた。


「フラウリナ? 屋敷内での抜剣はご法度。そうよね?」


 メイド長が片手でフラウリナの首を掴み、持ち上げていた。何という筋力だろう。そのまま首をへし折れるのではないかと思うほどだ。

 宙吊りにされている間、フラウリナは額に脂汗を浮かべていた。


「も……申し訳、ございません」

「フラウリナ、そんなに体力を持て余しているのなら、久々に私と身体を動かしましょう」

「!? あ、ありがたいお言葉ですが、一人で訓練をして、発散させます」

「ううん。遠慮しなくていいのよ。久々にフラウリナの動きを確認しておきたいところだし」


 そのままメイド長はフラウリナを連れて行った。


「エスリン・クリューガ。覚えてなさい」

「とばっちり過ぎて、笑いが出ちゃった。……追いかけた方が良いのかな」


 シルビアはやんわりと止めた。


「良いのよ。メイド長とフラウリナのコミュニケーションの一種よ」

「肉体言語ってやつですか」

「フラウリナは元々この家に盗みに入ろうとした子でね。メイド長が軽く捻ったら、なんて言ったと思う?」

「殺す、とか言ってそうですね」

「『あんたを必ず倒すから、戦い方を教えてほしい』よ。その頃から戦いに関するモチベーションが高かったのかしらね」


 余裕で想像できる姿に、思わずエスリンは変な笑いを浮かべてしまった。

 エンヴリットがシルビアの言葉に続く。


「メイド長、嬉しそうだったな。久々にシゴキ甲斐のある子が来たとな」

「ようやくメイド長のことが分かってきた」

「エスリン、せっかくだから見てきたらどう?」


 願ってもないチャンスだったので、エスリンは早速二人のところへ向かうことにした。

 残ったのはシルビアとエンヴリットだけだ。


「ずいぶん賑やかになったな、ヴェイマーズも」

「そうね。メイド長と二人だったときのことを考えると、本当にね」

「そうだ、言い忘れていた。我らは明日、周辺の犯罪グループを手当たり次第、奇襲することにした」

「急ね。それほどに急いでいるの?」

「あぁ。貴族が関わっているかもしれない以上、迅速にケリをつけたい」


 エンヴリットは懐から書類を取り出し、シルビアへ渡した。


「こうしている間にもいくつか犯罪グループを押さえている。その中でポロっと出てきた家名やキーワードをまとめた。……頼まれてくれるか?」

「監査業務ならもちろん。こっちも明日から動いてみるわ」


 しばらくこの件は終わりそうにないな、と書類に書かれている単語の数を見ながら、シルビアは思った。

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