第23話 名乗り

 フラウリナは非常にやりづらさを感じていた。剣を振るい続けても、全く手応えなし。

 手を変え品を変え、あらゆる角度から攻撃を試みるが、スパルスの盾によって弾かれてしまう。


「闘牛を相手にしているような気分だな。ほうらこちらこちら」

「……その盾ごとぶち抜いてみせますよ」


 フラウリナはちらりとエスリンの方を見るが、まだ戦っていないようだ。様子見のつもりなのか。

 なにか言葉をかけたかったが、今は戦闘中。フラウリナは集中することにした。


「っぁ!」

「おっと」


 フラウリナは攻めた。右の剣で足元を狙い、左の剣は真上から振り下ろす。一手だけ早く、左の剣がスパルスの身体を傷つける。


「ほぉ……! 速いじゃないか。反応しきれなかったよ」

「盾で防がれるのなら、それ以上に速く貴方を斬るだけです」


 そう言いながら、フラウリナは跳躍。その勢いで左の剣を突き出した。だが、スパルスはそれをしっかりと弾いてみせた。

 フラウリナの攻撃はまだ終わらない。彼女は盾を踏んだ後、スパルスの背後に回り込んだ。


「ぐっ。軽やかなレディじゃないか……!」


 初めてスパルスは剣を防御に使用。フラウリナの剣を一度弾き、そのまま盾で殴りつけた。勢いを殺しきれず、何度か転がるフラウリナ。

 スパルスは追撃をすべく、走った。


「少々甘く見ていたようだ」


 スパルスが剣を突き出した。それに対し、フラウリナはしゃがみ、双剣を交差させ、それを迎え撃つ。

 剣同士がぶつかり合い、鈍い金属音を発した。ぎりぎりとした拮抗状態。

 状況はスパルス有利。体格とフラウリナの体勢の悪さを存分に攻めることにした。


(悪く思うなよレディ。これは殺し合いなんでね)


 このまま押し切り、地面に倒し、首を掻っ切る。これがスパルスのプランだった。

 一瞬浮かんだ勝利のビジョン。


 しかし、フラウリナの次の言葉で、それが揺らいだ。


「私もです。少々甘く見ていました」


 フラウリナがスパルスの剣を大きく弾いた。

 次の瞬間、スパルスは目を疑った。


「いない……? どこだ……ッ!」


 突然身体に感じた冷たい感触。斬られたのだと、そう感じるには少し遅かったかもしれない。

 次第に全身から同じような冷たい感触が襲いかかり、やがてそれらは痛みと変わる。


「ぐ、おぉ……!?」

「スパルス・マレクダー。貴方は幸運ですよ。メイド長から直々に教わった剣術をその身で味わえるのですから」


 スパルスは切り刻まれている中で、かろうじてフラウリナの姿を捉えた。

 彼女は身体をコマのように高速回転させ、あらゆる角度から斬撃を与えているのだ。回転で高まった勢いは凄まじく、今更盾で防いでも逆に弾かれてしまうだろう。


(おいおい……こんなの聞いてないぞルリキュールの旦那)


 スパルスはカルラの方をちらりと見ると、彼女と目が合った。互いに言いたいことは分かったらしい。


(はっはっはっ。先に逝くぞカルラ)


 スパルスは辛うじて前方へタックルを敢行し、無理やりフラウリナの攻撃を中断させた。

 あらゆるところを斬られ、満身創痍のスパルス。対してフラウリナはまだまだ余裕そうだ。

 スパルスは大きく深呼吸をし、そして叫ぶ。



「傭兵コンビ〈マレクダー夫妻〉が夫、スパルス・マレクダー! 名乗れよレディ!」

「ヴェイマーズ家戦闘メイド、フラウリナ・シュトルベックです」



 フラウリナとスパルスが最後の攻撃を行った。スパルスは盾を構え、フラウリナは双剣を振りかざす。

 交差する。一瞬の間の後、崩折くずおれたのはスパルスだった。


「ごっ、はっ……! なぜ、だ……!」

「……私にとって、殺さずに制圧するのは簡単すぎるってことですよ」


 フラウリナはエスリンの方を見ながら、どこか得意げにそう言った。


「手当をするのならどうぞご自由に。ですが、これ以上ヴェイマーズ家へ手を出すつもりならトドメを刺します」

「はっ。それ言われて降参しない奴いるのか? あーあ、依頼金返還だよ畜生、大損だよ」


 スパルスはカルラの方を向き、叫ぶ。


「おーいカルラ。依頼失敗だ、これ以上戦うのは無駄だぞ」

「ちょっと黙っててくんな!」


 エスリンとカルラはまだ一度打ち合っていない。互いに様子を見ている状態だった。


「さっき目を合わせた時点で、それは分かっていたさ。だけどね、私の傭兵としての血が騒いでいるんだよ。エスリンちゃんを倒せってね」

「正直、カルラさんの気持ちはよく分からないです。けど、私は向かってくる敵は絶対に倒すと決めているんです」


 エスリンはそう言いながら、カルラの元へ歩き出した。

 カルラの槍が繰り出される。体重の乗った、実に素晴らしい槍さばきである。

 対するエスリンは瞬きすることなく、剣を動かし、槍を叩き落としてみせた。


「カァァァァ!」


 カルラは身体を回転させ、エスリンの横腹目掛け、槍の柄を振るった。しかし、エスリンの剣によって、それは阻まれた。


「ハァァ!」


 今度は頭上からの殴打を試みるが、エスリンはしっかりと弾く。弾かれた勢いを味方につけ、再び穂先で貫こうとするも、エスリンは剣の腹でそれを止めてみせた。


「エスリンちゃん、よく化物って言われないかい?」

「それは言われませんが、〈焔眼えんがん〉とは言われますね」


 その言葉に〈マレクダー夫妻〉の目が大きく開かれた。


「……殺し屋界隈最強の人間。まさかエスリンちゃんだったなんてね……」


 カルラも意を決し、叫ぶ。



「傭兵コンビ〈マレクダー夫妻〉が妻、カルラ・マレクダー! 名乗りなエスリンちゃん!」

「ヴェイマーズ家のメイド、元〈焔眼えんがん〉エスリン・クリューガ」



 二人の戦いもクライマックスを迎えることとなる。

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