第11話 謎の人さらい集団

 エスリンとメイド長は二手に分かれた。

 エスリンは路地で何があったかの確認。メイド長は通りがかった主婦へ警備兵を呼ぶよう頼み、麻袋を担いだ男たちを追った。


「これは酷いな」

 

 路地の真ん中で、男性が倒れていた。出血が酷いのか、血だまりがゆっくりと広がり続けていた。

 エスリンの視線が男性の背中へ向く。刃物で刺されたような傷が確認できる。彼は背後からあの男たちに襲われたと見て、間違いないだろう。


「大丈夫です。今、警備兵が来ます。目を閉じないで」


 エスリンはハンカチを傷口に当て、止血を試みる。彼女の見立てでは、かなり危険な状態だった。少しでも意識を手放せば、そのまま……。


「――」

「どうしました?」


 男性が口を動かしていたので、エスリンは耳を近づけ、聞き取ろうとする。


「坊ちゃま……クリング坊ちゃま……私がつ、いて、いながら……」


 男性の意識を維持させるのも兼ねて、エスリンは話を聞いてみることにした。


「何があったんですか?」

「クリング坊ちゃまが、屋敷を抜け出して遊びたい、と……だから、私もついて、そうしたら……」

「ここで襲われたって訳ですか」

「あぁ……坊ちゃま。きっと彼らは、最近噂の……人さらい集団、なのだろう」

「人さらい集団? 奴らは何か言ってた?」

「『金を取れそうなガキ』、と言っていた……間違い、ないウッ!」

「ちょっと、大丈夫?」

「貴族の子供を……誘拐し、身代金を要求する、クズたち、あぁ……目の前が暗い、寒い」


 本格的にやばい。エスリンは路地の向こう側を見るも、まだ警備兵は来ない。

 焦りが、彼女を襲う。何も悪いことをしていない人間の命が消えていこうとしている。



 ――貴方は、あとどれくらい自分を殺さないといけないの?

 ――お姉ちゃん、そんなにつらそうなら、お仕事やめちゃえば?



 いま死のうとしている男性と、かつて殺したあの貴族の母娘が重なって見えたような気がした。


「死んじゃ駄目だ! まだ生きていないと! クリング君を助けるんでしょ!?」

「クリング坊ちゃま……あぁ、誰でも良い。誰か、勇敢な方、クリング坊ちゃまを――」


 エスリンは男性を仰向けにし、目を閉じさせる。その後、警備兵が来た。

 最初は血に濡れたエスリンを怪しんでいたが、丁寧な説明をすることで、ようやく信じてもらえた。


「それでは失礼します」

「ちょっと待って。君はこれからどうするの?」

「そうですね、勇敢な方・・・・になって来ます」


 警備兵に後を任せ、エスリンはひとまずメイド長との合流を目指す。



「エスリン、ここよ」

「メイド長」



 メイド長とはすぐに合流できた。深追いはせず、大まかな移動ルートとその先に何があるかを確認してから、撤収してきたためだ。


「どうだった?」


 得た情報を一通り説明すると、メイド長は形の良い顎に指を添え、何かを考え始めた。


「なるほど人さらい、か。こういうのを偶然と言うのかしらね」

「メイド長、どうしたのですか?」

「ううん。それはそうと、一度ヴェイマーズのお屋敷へ帰りましょう」

「このまま追撃しないんですか?」

「そうよ。シルビア様へ許可をもらわないと」

「そんな時間があるんですか?」


 すると、メイド長は首を横に振った。


「エスリン、貴方は間違えているわ。そんな時間作るのよ、私達は何? ヴェイマーズ家のメイドよ」

「っ」

「その意識の有無が、シルビア様の今後の活動に影響を及ぼすかもしれないわ。改めておいてね」

「分かり、ました」


 

 ◆ ◆ ◆



 エスリンとメイド長は屋敷に着くと、すぐにシルビアの執務室を目指した。

 ノックすると、シルビアから入室の許可が出た。

 

「メイド長、お疲れ様です」


 執務室にはフラウリナもいた。彼女はメイド長へ敬意を込めた表情を向け、エスリンへ憎しみを込めた表情を向ける。


「シルビア様、報告したいことが」

「許可するわ。話しなさい」


 メイド長の説明を聞き終えたシルビアは、椅子の背もたれに体重をかける。


「――なるほど。人さらい、か」


 シルビアとフラウリナが意味深に顔を見合わせる。


「シルビアさんは何か知っているんですか?」

「いい質問ねエスリン。知っているどころじゃないわ、ちょうどそれについてフラウリナに調べさせていたところなのよ」

「メイド長、これを」


 フラウリナがメイド長へ資料を手渡した。エスリンも一部もらおうとすると、フラウリナは資料を渡そうとしない。


「『フラウリナ様、どうかこの卑しい私めにお恵みください』と言えば、あげますよ」

「フラウリナ様、どうかこの卑しい私めにお恵みください」


 感情たっぷりに懇願すると、フラウリナの目がすぅっと細くなった。


「貴方にはプライドというものがないのですか?」

「あいにく品切れなんだ。そういう良いものは今まで殺してきた人たちにあげちゃったからね」

「……やはり貴方は私の敵です」


 そう言うと、フラウリナは勢いよくエスリンの手のひらへ資料を乗せた。


「二人とも、本当に仲良さそうね」

「シルビアさん、見間違いですよそれ」

「シルビア様、冗談にも限度というものがあります」


 その通りじゃないか、シルビアは喉元までそんな言葉が上がってきた。

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