第10話 メイド長からの問い
カティザーク家の監査が終わった翌日。
エスリンはフラウリナに胸ぐらを掴み上げられていた。
「エスリン・クリューガ。貴方が伝説の殺し屋〈
「そう。そうだから、まずは手を離そうか」
メイド長がエスリンの援護をする。
「そうよフラウリナ。そのままではエスリンが死んでしまうわよ」
「ちっ。運が良かったですね、エスリン・クリューガ」
「もう良いかしら?」
一部始終を眺めていたシルビアは手を叩いて、じゃれ合いの終了を伝える。
「改めて情報共有をさせてもらうわ」
そう言って、シルビアは今回の件とエスリンのことを話し出す。
カティザーク家の監査が事実上、失敗した事。現場に〈ニックリア平原の怪人〉と呼ばれたラフロが現れた事。エスリンが殺し屋界隈最強の〈
シルビアが大事にしていることは、情報共有。知っているのと、知らないのとではまるで話が違う。そのため、シルビアは何かあれば随時報告していたし、フラウリナとメイド長にもそれを徹底させていた。
「それにしても驚きました。まさかエスリンがあの〈
「私 は 圧 倒 さ れ て い ま せ ん」
「まーフラウリナは負けたくない年頃だよね」
エスリンが笑うと、フラウリナの目つきが変わった。
「挑発ですか? 挑発ですね。ですが、残念です。その程度の煽りを真に受ける私ではありませんよ」
「おいおい、その言葉は剣抜く前に言ってもらおうかぁ」
エスリンの両手はそれぞれ、フラウリナが抜こうとしている双剣の柄頭に伸びていた。
「くっ。離しなさいエスリン・クリューガ。そして私に斬られなさい」
「メイド長ー。この子、説得してくれませんか」
「あらあら。フラウリナ、シルビア様の前ですよ。自重しなさい」
「お言葉を返すようですがメイド長。私はまだエスリン・クリューガに負けっぱなしなのです。これ以上、侮られるようなことは我慢できません」
「もう、フラウリナったら」
ため息交じりにメイド長はフラウリナへ近寄る。
「また特別訓練がしたいのかしら?」
「……命拾いしましたね、エスリン・クリューガ」
強気な口調ではあるが、すぐにエスリンから離れ、直立不動の体勢になっているフラウリナだった。
過去に何かがあったと、容易に想像がつく。しかし、エスリンはそれ以上の追求を止めた。
「エスリン、ちょっと買い出しに付き合ってくれないかしら。良いですよね、シルビア様」
そこで口を挟んだのはメイド長だった。
「許可するわ。あぁフラウリナは待ちなさい。貴方には別件でお願いしたいことがあるわ」
「分かりました。全力で遂行してみせます」
「さっ、行くわよエスリン」
メイド長に連れ出され、エスリンは王都へ外出した。
特に何を買うかも聞かされていないが、エスリンは黙って後をついていく。
「ごめんなさいね、フラウリナは昔から血の気が多いの」
「大丈夫です。それくらいじゃなきゃ、ここの仕事は務まらないんですよね」
「えぇ、そうね。ここの仕事は世間から見れば、過酷の部類に入るわ」
メイド長は笑いながら、言葉を続ける。
「現に、ヴェイマーズ家も昔はもっと戦闘メイドがいたんだけど、今では私とフラウリナだけになっちゃったからね」
「辞めていったんですか?」
「うーん、正確な表現ではないかも。なんせ、戦死をしたり、精神異常を患ったり、ヴェイマーズ家の情報を渡さないために自決したり……だからね」
「聞かない方が良かったですね」
「ううん。いずれ知ることだもの」
買い出しに来ていた街は賑やかだった。だが、エスリンとメイド長の間には、静けさが漂っている。
メイド長は立ち止まり、エスリンへ向き直る。
「正直、私はまだ貴方を警戒しているの。あの〈
その言葉に対し、エスリンはただ頷いた。
「そのうえで聞かせてちょうだい。貴方はシルビア様の味方でいてくれるの?」
「メイド長、前にも私は言いましたよ」
揺らぐことはない。エスリンは改めて言った。
「私はシルビアさんに名前をもらった時から、あの人の味方になると決めました。メイド長たちと同じように」
覚悟は眼で分かる。メイド長はエスリンの眼をじっと見つめていた。
メイド長にとって、シルビアは命以上の存在。それが脅かされる可能性があるのならば排除する――そこまで彼女は考えていた。
「今までの言葉を撤回したうえで、謝罪するわ。ごめんなさい、そして改めて歓迎するわ。ようこそヴェイマーズ家へ」
「よろしくお願いします。あ、ですが殺しはやりませんので、それだけは覚えておいてくださいね」
「ふふ、もちろんよ。貴方の運用はしっかり考えているわ」
今までの緊張感が始めから無かったかのように、場の空気が解けていく。
だが次の瞬間、少し離れたところにある路地から、複数人が飛び出してきた。
「ちんたらするな! さっさと行け!」
エスリンとメイド長の視線は、男の一人が担ぐ麻袋へ注がれる。その麻袋は何やら動いているように見える。
確実に何かが起こった。
エスリンとメイド長は一瞬、アイコンタクトをした後、それぞれ行動に移した。
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