5章 光と闇の選択

 ついに、薫子たちは迷宮の最深部に到達した。そこには、巨大な扉が立ちはだかっていた。

 扉の前には、一枚の紙が置かれている。薫子がそれを手に取ると、不思議な文章が記されていた。


「よくぞここまで到達した。さあ、扉の向こうには、光と闇が待っている。光の先には『生』が、闇の先には『死』がある。さあ、どちらを選ぶのか。それがあなたの答えとなる」


 仲間たちと顔を見合わせる薫子。

 ガブリエルは、神秘的な微笑を浮かべている。

 カイトの表情は、複雑だ。

 長い沈黙の末、ガブリエルが口を開いた。


「私は、『闇』の道を行こうと思う」


「ガブリエルさん……!? どうしてなの!?」と薫子が問う。


「ガブリエル、待ってくれ!」


 カイトが必死の形相でガブリエルの腕を掴んだ。


「私たちはここまで一緒に歩んできた。闇ではなく光の道を選んでまた現世でも共に歩もう!」


 薫子も涙ながらに訴えかける。


「ガブリエルさん、あなたとの絆は私の宝物です。お願いです、私たちと一緒に生きる道を歩んでください!」


 しかし、ガブリエルの意志は揺るぎないものだった。

 彼は優しく微笑み、二人の手を握った。


「カイト、薫子、ありがとう。君たちとの旅は、私の人生で最も意味のある経験だった。だからこそ、私は自分の信念に従わなければならないんだ」


 ガブリエルの瞳には、強い決意の炎が宿っている。


「私は、死の先にある新たな世界を信じている。それが私の役目なんだ。君たちには、生きる道を歩んでほしい。そして、いつか必ず、また会おう。人生とは、光と闇の狭間を歩むことなのかもしれないね」


 そう言い残して、ガブリエルは闇の中へと歩み始めた。

 カイトと薫子は、彼の背中を必死に引き止めようとするが、ガブリエルの意志は揺るがない。彼は決然と、闇の中へと消えていったのだった。


「ガブリエル……!」

 薫子が思わず手を伸ばすが、もう遅い。

 ガブリエルの背中は、もう小さな点となり、やがて完全に消えてしまった。


「ガブリエルさん……!」

 薫子ががっくりと膝をつき、涙を流す。

 カイトも悲しみに暮れ、目を伏せていた。


「ガブリエルさんは、いつも私たちを導いてくれた。優しさと知恵に満ちた、かけがえのない存在だった……」


 薫子は言葉を紡ぐ。


「そうだ、彼との出会いは、僕の人生を変えた。真理を追究する姿勢、人としての在り方。ガブリエルから学んだことは計り知れない」


 カイトも思い出を語る。


 二人は、ガブリエルとの日々を振り返った。

 苦しい時も、喜びの時も、彼はいつも仲間の支えとなってくれた。


 その温かな眼差し、力強い言葉。

 ガブリエルの姿が、走馬灯のように二人の脳裏をよぎる。


「ガブリエルさんの選択を、私は受け入れます。だって彼には彼の信念があったんだから……」


 薫子は涙をぬぐった。


「ああ。彼が残してくれたものを、僕たちは胸に生き続けるんだ」


 カイトも力強く頷く。


 ガブリエルとの別れは、悲しみに満ちていた。

 しかし、彼が残した想い出と教えは、二人の心の中で永遠に輝き続けるのだった。


 やがて、カイトが前に進み出た。


「僕は、『光』の道を選ぶよ。まだ見ぬ真実を、追い求めたい」


 カイトは決然とした表情で光の中へと歩いていった。


「また逢おう。ありがとう、薫子」


 取り残された薫子の脳裏に、今までの記憶がよみがえる。

 家族との楽しい思い出、初恋の甘酸っぱい経験、挫折と苦悩、そして自らの信念を貫く努力……。

 人生とは、そのすべてが自分を形作ってきた大切な要素なのだと気づかされる。


 そして、この迷宮での体験。

 初めは戸惑い、恐れていた。

 それでも、ガブリエルやカイトと共に歩んできた日々は、かけがえのないものだった。

 真理を探究する、尊い仲間との絆。

 薫子は、この絆こそが、自分の心の支えになっていたことを悟るのだった。


(私は……私は……)


 迷いを振り切るように、薫子は歩み始める。

 ゆっくりと、しかし確かな足取りで。

 そして、光の中へと、その身を投じた。


(私は、やっぱり生きる! 自分の意思で、人生を歩んでいく。たとえ、その道が過酷であっても!)


 光に包まれながら、薫子は心の中で誓うのだった。

 仲間に教わった、かけがえのない心の財産を胸に、生きる道を歩み続けると。


 やがて光が薄れ、新たな世界が薫子の前に広がった。

 それは、病院の一室だった。

 彼女は、ベッドに横たわっている自分の姿を見つめていた。


「薫子!? よかった……! 目が覚めたのね!」

 母の声が、涙ながらに響く。


 薫子は、静かに微笑んだ。

 迷宮での出来事は、夢ではなかった。

 魂を揺さぶる、真実の体験だったのだ。


 病室のベッドに横たわる薫子の姿は、まさに満身創痍といった様相だった。

 交通事故による衝撃で、彼女の体のあちこちには骨折や打撲の痕がある。


 頭には包帯が巻かれ、顔には大小様々な傷が残っている。

 右腕と左足はギプスで固定され、自由に動かすことができない。

 呼吸をするのもつらそうだ。


 しかし、薫子の瞳は驚くほど澄んでいた。

 その奥底には、強い意志と希望の光が輝いている。


「お母さん……私、これから新しい人生を歩むわ。自分を信じて」


 力強く告げる薫子。

 空から、優しい光が差し込んでいた。


(ガブリエル、カイト……ありがとう。あなたたちとの絆が、私を強くしてくれた)


 薫子は、仲間への感謝の気持ちを心に刻んだ。

 そして、新たな一歩を踏み出すのだった。

 人生の、そして自分自身との対話を続けながら…。


「やっぱり生きてるって素晴らしい……」


 勇気と希望に満ちた眼差しで、薫子は未来を見つめた。

 迷宮での経験が、彼女に尊い生きる力を与えたのだ。

 人生の荒波を越えて、真の自分を見出すために。

 新たな旅路の始まりであった。

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