いろり

めいき~

いろり1

「ねぇ、梨野先輩。こんな所に本当にお店なんてあるんですか?」


僕は、今日会社の梨野先輩に誘われて飲み屋に行くという話で待ち合わせしてタクシーに乗り込んだ。




正直、梨野先輩から誘われた事は嬉しかった。

怒鳴らないし、しょーがないなーといつもフォローもしてくれる。




何より、可愛い。




「もうすぐだって♪」そう言って、腕を絡めてくる。


ちなみに、まだ一滴もお酒は入ってない。


「先輩、いつもそうやってますけど。息がかかっちゃいますよ」


途端に、手を口にかざしたりしながら。はぁ~と息を吹きかけて、鼻を引くつかせ。



「臭くないよ?」




これである、もう少し自覚を持って欲しいと溜息を零した。



そうこうしているうちに、タクシーは止まった。



(古民家……)



そう、特に看板も無く。灯りがぼんやりとついているだけの古民家だったのだ。


「先輩、ここ本当に店なんです? どっからどう見ても古民家の一軒家じゃないですか」


「ここであってるよ♪ ここが、後輩君に紹介したかったお店。いろりで~す、私の癒し。私のオアシス」


「実家とかじゃ無いですよね?」


「もー、疑り深いなぁ。入るよ♪」


「後、藤村です。後輩君じゃないです」


ジト目で抗議する、僕に藤野先輩は少し口を尖らせた。




今時珍しい引き戸を動かすと、独特のガラガラとした音がした。


(今時、手動かよ!)


と心の中で藤村はつっこんだ。


「たのも~」


先輩がそういうと、随分年を取った着物の女性が梨野先輩を見て口元に手を当てた。


「まぁまぁ、いらっしゃい。あら、後ろの男の子はここは初めて?」



どうやらお店の人らしい、着物なのに首から社員証が下がっていて随分とアンバランスだなと思った。


「会社の後輩君~」梨野先輩がものすごくいい加減に僕を紹介すると、お店の人らしき女性は微笑みながら中へと案内した。



「後輩君、ここは穴場だから。なるべく会社の人には言わない様にね」


急に真剣な眼差しになると、口元に人差し指をあててそんな事を宣う。お友達とか彼女とかつれてきんさいとか言いながらにししと笑った。


「彼女は居ません、つか女の人と飲みに来たのが今回初です。友達も少ないし、皆家飲みバッカりですよ」


その瞬間、鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔をした後。


「家飲みも悪くないんだけどね、私もここを知るまでは家飲み派だったし」



あがろあがろと、手を引っ張っていく。



少し廊下の木目が古臭いが、いい雰囲気を醸し出していた。


障子がずっと続いていて、障子の影を見て確かにここは飲み屋なんだと理解はできた。



店の人がゆっくりと障子戸をあけて、こちらですと案内してくれた。


「囲炉裏……」そう、部屋の中央に見えたのは囲炉裏だった。


「初めてのお客様もいらっしゃるようなので、当店の利方法を説明させて頂きますね」


「はい、お願いします」と条件反射的に僕は言ってしまっていて。先輩は、笑いをこらえていた。



「当店では、この中央の囲炉裏を使ってお客様が楽しみながらお酒を楽しむシステムとなっております。調理もお客様にやって頂きますので、その分お安くさせて頂いております」


思わず、ん?と思ったが取り敢えず最後まで聞こうと向き直る。



「オーダーストップは九時半ですので、ご容赦下さい。飲食以外にも様々なサービスを取り揃えております」


そういって、先輩と僕に手渡されたメニューをみて頷いた。


僕が頷くのを確認して、お店の人はごゆっくりとだけいって出ていき静かな部屋に先輩と僕の二人が残された。



「後輩君、何頼む?」もう紫色の薄い座布団の座椅子に座ってくつろいでる先輩がいて思わず、ずっこけた。


「先輩、僕はここのメニューを知らないんで。後、藤村です」


そういえば、そうだったわとカラカラ笑いながら。



「とりあえず、日本酒がお薦めかな。後、魚系は凄くおススメ♪」

「どうしてです?」


頼めばわかるわよと笑う先輩に、首を捻りながらも「判りました」と言った。


「じゃ、そこの平鉦を鳴らして」と指を指した場所に獅子舞で使われる平鉦がおいてあるではないか。軽く鳴らしてみると、「は~い」と、さっきの着物の女性が入って来た。



「ご注文お決まりですか?」


「取り敢えず、この山廃(やまはい)とヤマメを二人分頂けますか?」


そういって、しばらくすると着物の女性と他の店員さん達がヤマメが泳いでいる木桶やら包丁やら串なんかを丁寧に並べて置いていき。



「お酒は、すぐにお持ちしますよって先に初めてて下さい」と笑顔で消えていった。


残された僕は、先輩の方を見るが。先輩は腕を肘までまくって「後輩君、ヤマメ取って」と包丁とまな板を置いてスタンバイしていた。


その時、自分が説明中に聞いた違和感が確信に変わった。



「調理って、そっからやるんかい!」

「大丈夫だって、今日は私がやってあげるから♪」


誰かさそって来るなら、後輩君がやらなきゃダメよ。なんて、ウィンクしながら先輩が笑っていた。


今まさに元気に、木桶の中で泳いでいるヤマメを睨みながら。


「どうやって、とれば良いんです?」「こう、手でがばっと?」


「とった事ないです……」「ガンバレ、男の子」


も~だらしないな~~とかいいながら、本当に生きているヤマメを素手でガバッと掴む。


後はもう、魚に切り込みをいれて内臓やら何やらを取り出し串をさして囲炉裏の近くにブスっとさす。


「次のヤマメ頂戴~」と先輩が手で催促したので、半分ヤケクソになって桶の周りをべちゃべちゃにしながら格闘しようやくヤマメを一匹つかまえて先輩に渡した。


先輩は何事もなかったかのように、同じ手順で魚を少し開いて内臓を取り出し串をうって囲炉裏のふちにさした。


そこで、日本酒をいれた徳利を店員さんがもってきて。「はぁ~、随分頑張りましたね」とのありがたいお声を頂戴し「タオルを貸して頂けますか?、後できれば網も」と僕が言うと「ほらなぁ、梨野ちゃん。初めての人は網使うもんなんやで」と言われた。



「私は、使わなかったわよ?」その様にあっけらかんという先輩に思わず、ムッとなる。

(手でガバッとじゃないって)


囲炉裏の上から下がる鉄なべに、店員さんが持ってきた徳利をゆっくりと入れながら、そんな事をのたまった。



「はい、これお塩です。ヤマメ食べる時に使ってください」

店員さんは塩の入ったいれものをゆっくりと置くと、「お客さん肩とか足はどうします?」ときかれた。


先輩は、「肩をお願いできますか?」と少し色っぽく店員さんにいうと。

店員さんも、慣れた様に「梨野ちゃんいっつも肩頼むけど、大丈夫なの?」と心配そうに、言った。



「あの、すいません。肩とか足ってなんの事ですか?」と僕が店員さんに尋ねると、店員さんは丁寧に説明してくれた。


いわく、ヤマメというのは一時間から二時間かけて焼くので。その時間で、肩や腰や足なんかのマッサージをしてくれるそうだ。なんて贅沢なと僕は感動したが、値段をみて僕は断念した。


先輩が肩をもんでもらいながら「ぉ~生き返るぅぅぅ」と変なおっさんの様な声をあげているのを見ながら僕は他のつまみになるものを探した。


「ぬか漬け?」ふと、僕の手がメニューのそこでとまった。


「後輩君、ぬか漬けとは渋いねぇ」

「藤村です、先輩これどうするんです?」


先輩が、肩をもんでもらいながらこっちをみてにこりと笑った。


思わず、どきっとする様な表情だった。


「焼くの、囲炉裏で」「ぬか漬けですよ?! え? 焼くの?」


「そう、焼くの。後輩君……、これを食すと戻れなくなるわよ」


そう、まるで先輩はピュアな男の子を見つけて手にかけようとする魔女の様な表情で僕に言った。


思わず、ごくりと喉がなり。思わず、そのぬか漬けが安かった事もあり「ぬか漬けお願いします」と店員さんに注文していた。


「はい、しばらくお待ちくださいね」そういって、先輩の肩をもんでいた店員さんが去っていく。


すると、先輩が僕の背後にするすると移動し。


「私が、少しサービスしてあげる」そういって、僕の肩をもみ始めた。


「お客さん、こってますね~」そんな声を作ってまでのりのりでやらなくても。



そんな事を、思わなくも無かったが囲炉裏の灯りに照らされて。


ゆっくりと、疲れが抜けていくそんな気がした。



<続く>

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