2話:凪の試練


・風(ふう):


主人公のカラス。巣立ちしたばかりの新米で、「冒険隊」に配属された。社会の荒波に揉まれながら奮闘する


・キャプテン:


風が幼い頃に親代わりをしていた、父親のように頼りがいのある上司カラス


・ハヤテ:


冒険隊の先輩カラス。お調子者で無鉄砲だが行動力があり、彼の洗練された飛行能力は村でもトップクラス


・凪(なぎ):


ハヤテと同期の凛とした女の子カラス。本来、女性は家を守るのが慣習だが、彼女の洞察力をキャプテンに認められ、冒険隊に選ばれた




――――――――――




 新たに加わった「冒険隊」での挨拶を終えたふうは、さっそく“なぎのテスト”を受けることになった。


 キャプテンからの急な指示に風は戸惑い、ぽかんとしていた。


「えっと、なぎさん…」と風は言って、彼女の表情を伺った。先ほど、凪の淡々とした自己紹介を聞いて、風は彼女に対して苦手意識を覚えていた。「よろしくお願いします…‼」


 空中で吹く冷たい風の音はやけにうるさく、ふうの緊張感がいっそう高まった。


「はい」となぎは簡潔に答え、毅然きぜんとした態度で羽ばたき続けた。その反応を受けて風は困惑した。


 ハヤテは上空から風たちのやり取りを見下ろして、クスクス笑っていた。


「おい、ふう!」と彼は言った。「なぎはきつい性格だから、気をつけろよ」


 それを聞いた凪は黙ったままハヤテに鋭い視線を向けた。


 ハヤテは慌てて目を逸らし、そのまま逃げるように高く舞い上がった。「おー、怖い怖い!」


 キャプテンはせき払いをして、「凪、あとは頼んだぞ」と言った。


「了解」となぎは凛とした表情で答え、そのまま羽ばたき続けた。


 キャプテンは試練の詳細を風に伝えないまま、さらっと方向転換した。「ハヤテ、行くぞ」


「オッケー!」と彼は元気に答え、ふたりは川沿いを飛んで行った。


 キャプテンは最後に振り返り、風の顔を見て暖かい笑みを浮かべた。


「現実の厳しさに立ち向かい、強くなれ」彼はふうに聞こえないくらいの声量で言い残した。


 キャプテンとハヤテは川のパトロールに向かい、その姿は遥かな空に飲み込まれた。父親代わりだったキャプテンと離れた風は、心細い表情を浮かべていた。


 凪はふうが羽ばたく音だけで彼の位置を把握しながら先導し、駅前にある20階建ての商業ビルに降り立った。そこの屋上からは、360度に広がる街全体のパノラマを見渡すことができる。


「ここからの景色を見てみなさい」と凪は言った。「私たちが守るべき街よ」


 そこには息を呑むほどの絶景が広がっていた。駅前の繁華街、高層ビルが立ち並ぶオフィス街、閑静かんせいな住宅街、緑豊かな山々、川の穏やかな流れ、そして点在する複数の学校。


 風は世界の全てを見渡しているかのような気分になり、思わず圧倒されていた。


「すごい眺めだ…」と風は感嘆の声を漏らした。


 彼の純粋な表情に、凪は思わず笑みをこぼした。しかし、風は景色に夢中で気づいていない。


 なぎは咳払いをして、「あなた、視力はどれくらいなの?」と風に尋ねた。


「人間でいうと視力8くらいです」と風は答えた。


「へぇ」と凪は感心したように言った。「私と同じくらいね」


 早朝の駅前を歩く中年男性のくしゃみが、カラスの鋭い聴覚を刺激した。


「ところで」と凪は続けた。「今日は何曜日か分かる?」


「えっと…」風は困惑した表情を浮かべ、下を向いた。「わかりません…」


 なぎはため息をつき、退屈そうにクチバシで毛づくろいをした。まるで冷めたガールフレンドがデートの喫茶店で髪をくるくる巻きながらスマホをいじっているようだった。


「曜日くらいは把握できてると思ったけど」と凪は言った。「まあいいわ。まず今日は月曜日。そしてこのエリアでは月曜と木曜が家庭ごみの日なの。つまり、私たちカラスの生きるかてが豊富ってわけ」


「なるほど」と風は真剣な表情で答えた。「覚えておきます」


「家庭ごみの日は、カラスの群れにとって生存に直結する重要な情報よ」と凪は言った。


 日の出の鋭い光が彼女を神々しく照らし、ふうは思わず凪の美しさに見惚れていた。


「どうしたの?」と彼女は言って、んだ翼で風の体に触れた。「まったく、男ってやつは…」


 彼のよこしまな考えはなぎに見透かされていたらしい。さすがの洞察力である。


「そろそろ行くわよ」と言って彼女は羽ばたき、今のビルより低い7階建てマンションの方に下降した。


 風は激しく全身を振って気持ちを切り替え、凪の後を追った。

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疾風の冒険隊 道端の椿 @tsubaki_michibata

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