顔が見えない君と顔が見えない僕
維七
第1話 出会い
その出会いを例えるなら砂糖たっぷりのクリームと痺れるほどスパイシーな香辛料。
胸焼けするほど甘美で、喉が裂けるほど刺激的。
彼女との出会いは俺にとってそれほど衝撃的なものだった。
◇
(飯島ってどれだよ…)
教室の出入り口から中を覗いて飯島を探す。
忘れ物を届けに来たはいいが顔がわからない。
顔を覚えていないとかではなく。
誰の顔にも靄がかかったように認識できない。
掠れた肌色にしか見えないのだ。
だから人を覚えるには髪型や仕草、持ち物で覚えている。
覚えてはいるがよく間違える。
(聞くのが早いか…)
その時、傍から教室に入ろうとする人影が視界のはじに見えた。
ちょうどいいと思って声をかけた。
「あの、ちょっといい?飯島って…」
顔を見た。
衝撃が走った。
顔がなかった。
いいや、顔どころか頭がなかった。
「飯島くん?あそこだよ?どうしたの?」
「あ、と、忘れ物を…」
しどろもどろ。
手に持った教科書を見せて答えた。
「わかった。渡しといてあげる!」
その子は教科書を受け取った。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして!」
[(≧∀≦)]
スマートフォンの画面に顔文字を表示してその子は去っていった。
(なんだったんだ…)
何故か鼓動が早くなるのを感じた。
(いやいや!なんだよ!)
思わず近くの子に尋ねた。
「ね、ねぇ!今の子、顔がなかったけど!」
突然話しかけられた子は驚きながら答えてくれた。
「え?ああ?知らない?デュラ子だよ。デュラハンなんだって」
本名は忘れちゃった、と肩をすくめていた。
(デュラハン…)
顔が認識できない俺が初めて認識できた子は顔どころか頭がなかった。
◇◇
クラス替え。
俺にとっては迷惑極まりない行事。
人の覚え直し。
新しいクラスメイトだけならまだしも春休み明けに髪型を変えたりされればもはや誰なのかわからなくなる。
廊下に張り出されたクラス名簿を見て教室に向かう。
教室の扉には座席表が張り出されている。
(奥から2列目の一番後ろの席か)
確認して教室の中に入る。
自分の席の方を見た。
もやがかかったように認識できない顔が並ぶ中、異質なものを見つけた。
(あの子だ!)
心臓が跳ねた。
しかも前の席だ。
ゆっくりと近づく。
下手に視線を送らないように。
自然に話さないと。
「あ!君が後ろの席の佐川くん?」
「そうだよ」
「一年間よろしくね!」
[( ´ ▽ ` )ノ]
「よろしく。えーと、デュラ子さん?」
「私のこと知っててくれるんだ!嬉しい!」
[(≧∀≦)]
「本名はなんていうの?」
「斎藤まことっていうの。覚えてね?佐川くんの下の名前は?」
「陸って言うんだ」
「陸くんね!」
陸、と名前で呼ばれて少し鼓動が早まる。
「うん、そうだよ。まことさん」
「ちょっ!名前で呼ばないで!照れる!」
[(//∇//)]
「ダメだったの?」
「苗字かデュラ子って呼んで」
「じゃあ斎藤さん」
「何かね?」
「そのスマートフォンで顔文字出すのは何?」
「これ?私は顔がないからね。表情がわからないでしょ?だからわかりやすく出してるの」
「なるほど。そう言うことだったのね」
表情を見せるという発想がなかった。
「大変じゃない?」
「うーん、慣れちゃったからなー。でも的確な顔を瞬時に選ぶのは難しい」
事もなさげにそう言った。
「陸くんはこんな顔だね」
[・ー・]
「何それ!」
思わず笑った。
「やった!初めて笑ってくれた!」
「何それ」
顔を逸らす。
(表情ってずるい)
頭のないデュラハンの斎藤まことは佐川陸にとって初めて表情を見て会話できる相手になった。
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