神殺しの姉を追い求めて

アリサ眠

第1話 帰るべき場所

「この時代の魔法は終わった」


その日、皆は口々にそう呟いた。


雨の中、僕はただ死に塗れた彼女の鮮やかな顔を見てただ、ほんの少し安堵していた。

「死に直面してもなお、貴女は美しいのか」



その日に人々はどよめいていた。それは魔法を使える者だけではなく、一般人やその子供までもがだ。


それほど僕の前にいる貴女は...








彼女との出会いは今日という日のような雨ではなく、花が乱れるような、天国に近いと言える日だった。


幼く、獲物も狩れない僕が力尽きようと花畑に体を埋めていたら彼女は足音一つ立たずに側にいた。


「お前は...飢えているのか?」


当たり前だった。見れば分かるものを何故聞くのか。


「食欲のことだけではない。」


何を言ってるいるのか分からない。幼い狼が、人生を舐めているような僕が知るはずもない。


「そうか。では飢えを愛せるか。そして学べるか。」


飢えを愛せるか?そんなことできるわけがない。飢えは敵だ。それさえなければ僕は苦手な狩りをしなくて済むし、こんな不快な思いもしなくて済んだ。


「少しは学べていそうだな。だが。これを食べろ」


そう言って彼女はパンを差し出す。


「そう急いで食おうとするな、と言いたかったがお前は獣か。」


食べるのに急ぐもないだろう。


「どうだ?美味いか?」


何故それを聞く。嫌味か?


「素直に答えてくれたら良い。美味いか?」


ああ。とても美味い。


「そうか。それはそのパンと私のおかげでだけではない。空腹がもたらしたものだ。」


どう言うことだ?


「寒い季節を経験したことはあるか?」


ああ。真っ白い物が降っていた。


「では今はどうだ?素晴らしい季節だと思わないか?」


あったかくて、眠るのに適している。


「そうだろう。冬があるから春が恋しいのだ」


難しくてあまり分からない。


。私も、お前も。」


そう言うものなのか。


「何もないなら私について来い。」




彼女について行くと小さな木の家が見えた。


「これから色んなことを教えてやる」


僕は何をすればいい。


「...ただ学べば良い。私はお前に学ぶこと以外、望まない。好きに生きろ」




それからどれほどの春、冬が過ぎただろうか。彼女は魔女だった。そのため容姿はいつも美しかった。


彼女は約束通り色んなことを教えてくれた。

人間のことや魔法のこと。そしてくだらない童話に遊び。


料理が下手な彼女に変わって僕がやるようになった。最初は失敗ばかりで、そんな僕を見て彼女はただ笑っていた。


僕は彼女に笑っていて欲しかった。


だが死は紛れもない約束である。彼女はそれを悟り、僕にある魔術をかけた。それは人間になる魔術だった。


「どうしてこれを?」


ベットで寝そべっている彼女は頬を撫でながら

「私は明日、死ぬ。お前はここから飛び出し、自由に生きろ」

「...ここから離れたくない」

「私がお前と過ごす間に教えたことは沢山あるが、その中にひっそりと教えていたものがある」


唐突な告白に動揺して、答えられず沈黙の状態になってしまう。


「それはだ。それがあるだけで人生は大きく変化する。そしてここは生まれ育った場所だ。」

「...僕にそれを探せと」

「ああ。」

「貴女がいないのなら意味がない」

「子供みたいなことを言うな。これも世の摂理なのだ。」



そして今日、彼女は約束通り亡くなった。

彼女をあの世から連れ戻そうとも考えたが、それは彼女が望むのだろうか。

きっと貴女なら天国にいるだろう。


僕は人混みを避け、家に帰る。

彼女は僕に言わなかったことが何個かあった。それは彼女が偉大な魔女であったこと。そして神と人間の争いに負け、傷を負っていたこと。そのために亡くなったのかもしれない。


誰もいない部屋に帰るとすぐさま飛び出したくなった。だが堪えなければ行けなかった。

彼女が亡くなる直前に書いただろう手紙には二つのことが書かれていた。


「お前に私の名前をやる。ミリフォン家として生きろ。そして下の名前はセロだ。とすれば私に恨みがある人物たちがお前を狙うだろう。だからある物を渡しておく。そしてそれを手にしたら家に霧の魔法をかけておけ。帰る場所は残しておくべきだ。そして最後に、


お前は自慢の息子だ。」


泣きそうになるが堪える。神々と争った彼女はそれらから恨みを買っているに違いない。すぐにでもこの場所を隠さなければ。


言われた通り彼女の書斎に行き、彼女が愛していた本棚の後ろを引っ張る。すると数十センチの隙間ができ、中には二つの剣が入っていた。


これは彼女が使っていたものだろうか。いや魔術使いの彼女がこれを使うとは思えない。もしかしたら預かり物や貰い物、そして誰かの遺品なのかもしれない。


二つの剣を携え、家に霧の幻楼をかける。


どこに向かうべきだろうか。僕は帰るべき場所を探さなければならない。だが僕には知識や経験が少なすぎてどこにあるのか、そして何を行えば良いのか分からない。


ただ今は旅をしよう。


「近くに王国があったはず...」


地図を広げ確認する。とりあえず今はそこに向かおう。


草原に出ると風の音と共に背後に誰かの気配を感じるようになった。だが振り返っても誰もいない。


だが確実に見られている。君が悪くて走るとそれも着いてきているようだ。だだっ広い草原だから障害物もなく、辺りを見渡せるのに誰も見えない。これが外か。


「あの魔女の養子か?」

声がはっきりと聞こえ、振り向くと黒いコートを着た男性が立っていた。


「お前は誰だ」

「俺か?俺はただとある"神"の使いだ。命がお前を連れてくることなんでな。来てくれるか?」

「断る」

「そうか。残念だ。」


一瞬にして剣先が顔、鼻を横切る。


「くそっ!」

「もう少しで目までいってたなぁ」

「殺してやる」

「もう遅い。傷口に毒が回り込んでいる。もう数秒すればぶっ倒れているだろうな。」


その言葉の通り眠気が暴れて襲ってくる。


「絶対に許さない...」

「俺には言うな」


視界には何も映らなくなった。

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