メロンクリームソーダと彼女
夜海野 零蘭(やみの れいら)
メロンクリームソーダと彼女
私の名は岸浦吉郎、齢は63だ。
昨年、35年以上連れ添った妻が他界して、現在は27歳になる息子と共に喫茶店「クリームソーダ」を経営している。
息子の姉にあたる長女がいたが、別の地方に嫁に行ってしまった。
この喫茶店は、地元の小さな駅前にある唯一の喫茶店だ。息子の俊郎は、「クリームソーダ」を継ぐ意志があって日々勉強をしながら働いている。
あるとき、俊郎がこんなことを聞いてきた。
「父さん…死んだ母さんとは、どうやって出会ったんだ?あと、店の名前はどうしてこれになったの?」
「そうだな…話すと長くなるが、いいか?」
「いいよ」
ここからは、私と亡き妻・佳世の話だ。
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この喫茶店が開業したのは、私がまだ大学に通っている頃だ。私の父がいた頃は、「喫茶キシウラ」というごく普通の店名だった。
愛される店になるように、父は経営の傍らでメニューやコーヒーの淹れ方などを勉強していた。
私はその頃、店を継ぐことに関心はなかった。しかし、うちの店によく通い詰めている常連の女性が気になっていた。
それが、同じ大学に通っていた佳世だった。
佳世は、うちの店のメロンクリームソーダが大好きだった。時々、店に来ては父にクリームソーダを頼んでいた。
「試験勉強に疲れると、このお店のクリームソーダと一緒にナポリタンも頼みたくなっちゃうの」
「佳世ちゃん、いつもこのお店を贔屓にしてくれてありがとう。父さんも喜ぶよ。」
「こちらこそ、いつも美味しいメニューをありがとう。」
そうして日々を過ごしていくなかで、私から彼女に好意を伝えて交際が始まった。佳世は学内一の美人なお嬢様とも言われて、私などでは交際できないと思っていた。だが、今となっては勇気を出して気持ちを伝えてよかったと思っている。
私と佳世は、大学卒業後もカフェで度々会っていた。大学卒業後は、私は食品メーカー、佳世は婦人服メーカーに就職していた。社会人になると、お互いに辛いことも多いが励まし合っていた。
そんな折、父からこう言われた。
「吉郎、佳世ちゃんとお付き合いが順調なら、籍を入れて夫婦でお店を継いでみないか?お店の名前も、ひねりのあるものに変えてよいぞ」
「え、いいのかい父さん?」
「もちろんだ。しっかりして別嬪さんの佳世ちゃんなら、きっとお前とお店を支えてくれるさ」
私も佳世の両親に挨拶をして、承諾を得られたので籍を入れた。とはいえ、2人共ずっと社会人として働いてきたので、喫茶店の経営に関しては素人だった。
「吉郎、佳世ちゃん。私がしっかりと経営やメニューを教えるから、しばらくはよく見て勉強してくれ」
「はい、わかりました。お父さん」
佳世は熱心に料理やドリンクについて学んだ。大好きだったクリームソーダの味も、見事に再現してくれた。
「佳世が入れたクリームソーダ、お客さんに人気あるよ」
「本当に?嬉しい!これからも喫茶店の頑張ろう、吉郎さん。」
しばらく父のもとで勉強をして、店の名前を「クリームソーダ」にして経営を引き継いだ。佳世は途中で産休・育休に入ったが、体調が落ち着いている時はお店を見に来ていた。育児中の忙しい時でも、お店の手伝いをしてくれたときもあった。子どもたちも、両親が喫茶店経営をしているのを見て育ってきた。
そうして忙しくしているうちに、あっという間に月日は流れた。佳世は呼吸器疾患にかかってしまったが、それでも店を手伝っていた。しかし、ほどなくして入院を余儀なくされてしまった。治療を続けるも、それからお店に戻ることはなかった。
佳世は、亡くなる前にこのような遺言を残してくれた。
「私、今でもあの喫茶店が大好きよ。あのクリームソーダの味は忘れない。ありがとう、吉郎さん…」
その日、病室から見えた空は清々しいほどの青空だった。
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「そうなんだ。母さん、そんなことを…」
「母さんはこのお店のクリームソーダが大好きだったんだ。だから、この店名にしたんだ」
俊郎は少し考えた顔をしたが、しばらくしてこう口を開いた。
「ここは、父さんと母さんの思い出が詰まったお店なんだな。そして、俺も姉ちゃんも頑張って店を運営している両親をずっと尊敬してた。俺、『クリームソーダ』をずっと守り続けるよ。将来奥さんをもらっても…」
「看板メニューのメロンクリームソーダも、残してくれる母さんも喜ぶよ。」
「もちろんだとも。父さんと母さんのおかげで、この店があるんだから。」
息子もきっと、この『クリームソーダ』を地元から愛される店にしてくれるだろう。そう願わずにはいられない、夏の日だった。
メロンクリームソーダと彼女 夜海野 零蘭(やみの れいら) @yamino_reila1104
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