第10話 廃線を走る不思議な列車

冬の寒さが厳しくなり始めた12月初旬、町を覆う灰色の空から小雪が舞い始めていた。怪異解明団の5人、智也、美咲、颯、香織、太郎は、放課後の図書室に集まっていた。窓の外では、白い雪が静かに降り積もり、町全体が冬の装いに包まれつつあった。

智也が黒縁メガネを直しながら、深刻な表情で切り出した。

「みんな、最近の噂を聞いたかい?町はずれの廃線で、真夜中に謎の列車が走っているらしいんだ」

美咲が驚いた表情で尋ねた。彼女の長いポニーテールが揺れる。

「えっ、本当?でも、あそこもう何年も前に廃線になったんじゃ...」

香織は冷静に付け加えた。彼女の声は、図書室の静寂にぴったりと溶け込んでいた。

「でも、単なる噂かもしれないわ。まずは情報を集めるべきね」

太郎は既に何かを考えているようで、メモを取りながら言った。

「よし、僕は調査用の機器を準備するよ。何か手がかりをつかめるはずだ」

5人は調査を開始することに決め、それぞれの役割を決めた。智也と香織は地元の古老や鉄道マニアから情報を集め、美咲と颯は廃線の歴史を調べることになった。太郎は機材の準備を担当することになった。

翌日から、5人は放課後になるとすぐに調査活動を始めた。智也と香織は地元の老人会館を訪れ、古老たちから話を聞いた。一人の老人が、震える声で語り始めた。

「あの廃線にはな、50年前に大きな事故があったんじゃ。雪の日のことだった。列車が脱線して、多くの人が亡くなった。それ以来、真夜中になると列車の音が聞こえるという噂が絶えないんじゃよ」

智也と香織は、その話を熱心にメモに取った。同時に、二人の顔には不安と興奮が入り混じった表情が浮かんでいた。

一方、美咲と颯は町の図書館で古い新聞記事や資料を調べていた。埃っぽい資料の山に囲まれながら、二人は必死に情報を探し続けた。

美咲が古い新聞を広げながら声を上げた。

「颯、見て!ここに事故の記事がある。1973年12月24日、クリスマスイブの夜に起きたんだって」

颯が身を乗り出して新聞を覗き込んだ。

「すごい...80人以上の死者が出たって書いてある。でも、原因についてはあまり詳しく書かれてないな」

太郎は自宅の工房で、調査用の機器を準備していた。彼の部屋は、様々な電子部品や工具で溢れていた。夜遅くまで作業を続け、ようやく赤外線カメラと高感度の音波測定器を完成させた。

数日後、5人は再び図書室に集まった。外では雪が激しさを増し、窓ガラスを叩く音が聞こえていた。

智也が収集した情報を共有した。

「どうやら、この事故は単なる悲劇以上の何かがあるらしい。古老たちの話では、事故の後、関係者たちの態度が妙に変だったらしいんだ」

香織が付け加えた。

「そうよ。そして、事故の詳細な調査報告書が公開されていないの。これは少し不自然だわ」

颯は興奮を抑えきれない様子で言った。

「これは間違いなく、調査する価値があるぞ!きっと、何か大きな秘密が隠されているはずだ」

美咲は少し不安そうな表情を浮かべながら尋ねた。

「でも、私たちが行って大丈夫かな?幽霊とか...いたら怖いよ」

太郎が自信に満ちた様子で答えた。

「大丈夫、僕の機器があれば何かあってもすぐに分かるはずだ。それに、みんなで一緒なら怖くないさ」

5人は、その夜に現地調査を行うことを決めた。


夜9時、5人は自転車で町はずれの廃線跡地に向かった。真冬の夜気が頬を刺すように冷たく、息が白く霧となって漂う。薄暗い月明かりの下、廃線の枯れた線路が不気味に伸びていた。

智也が低い声で言った。

「みんな、気をつけて。何か異常があったらすぐに知らせるんだ」

5人は線路沿いを歩き始めた。太郎の機器が微かな電子音を発し、その音だけが静寂を破っていた。雪が靴の下でキュッキュッと音を立てる。

突然、遠くから列車の音が聞こえ始めた。5人は息を呑んで、音の方向を見つめた。

美咲が小さな悲鳴を上げた。

「きゃっ!本当に列車の音が...」

颯は興奮を抑えきれない様子で叫んだ。

「すごい!これが幽霊列車の音か!」

霧の中から、古びた客車が姿を現した。それは昭和の頃の列車のようで、窓からは薄暗い光が漂っていたが、中に人影は見えなかった。列車はゆっくりと5人の前で停車した。

扉が不気味にきしむ音を立てて開いた。5人は互いの顔を見合わせ、恐怖と好奇心が入り混じった表情を浮かべていた。

香織が慎重に尋ねた。

「どうする?中に入るの?」

太郎は機器を確認しながら答えた。

「異常な反応が出ている。でも、危険信号は出ていないよ。むしろ、中に入ったほうが詳しいデータが取れそうだ」

智也が決意を込めて言った。

「行こう。この謎を解明するチャンスだ。でも、みんな気をつけて。何かあったらすぐに逃げ出すんだ」

5人は恐る恐る列車に乗り込んだ。内部は驚くほど保存状態が良く、昭和の頃の雰囲気がそのまま残っていた。座席は誰も座っていないのに温かく、どこかノスタルジックな雰囲気が漂っていた。

美咲が周りを見回しながら呟いた。

「まるで、タイムスリップしたみたい...」

突然、列車が動き出した。窓の外の景色が変わり始め、見たこともない風景が広がっていく。霧に包まれた不思議な森や、幻想的な光に満ちた街並みが次々と現れては消えていった。

颯が興奮して叫んだ。

「おい、外を見ろよ!こんな場所、現実にはないぞ!僕たちは、別の世界に来てしまったのかもしれない」

智也は冷静さを保とうと努めながら言った。

「みんな、落ち着いて。きっと何かの仕掛けがあるはずだ。太郎、機器の反応はどうだ?」

太郎は機器を操作しながら答えた。

「うーん、不思議なんだ。現実世界の電磁波とは全く異なる波長を検出している。でも、危険な兆候は見られないんだ」

5人は各車両を探索し始めた。そして、驚くべきことに、かつての事故の生存者や、行方不明になった人々の霊と遭遇した。

最初に現れたのは、年老いた紳士の霊だった。彼は悲しげな表情で5人に語りかけた。

「君たちは生きているのかい?どうしてこの列車に?」

智也が震える声で答えた。

「はい、私たちは生きています。この列車の謎を解明しようと...」

その瞬間、様々な年代の霊たちが次々と姿を現し始めた。子供、大人、お年寄り、様々な霊が5人を取り囲み、それぞれの物語を語り始めた。

一人の若い女性の霊が涙ながらに語った。

「私は婚約者に会いに行く途中だったの。でも、この事故で二度と会えなくなってしまった...」

そして、車掌らしき人物が現れ、5人に説明を始めた。

「この列車は、事故で亡くなった人々の想いが具現化したものだ。現実世界と霊界の狭間を走っているのさ。君たちのような生きた人間がここに来るのは珍しいことだ」

香織が尋ねた。

「じゃあ、私たちはどうすれば元の世界に戻れるんでしょうか?」

車掌は厳しい表情で答えた。

「降りる駅を選ばなければ、永遠にこの列車に乗り続けることになる。しかし、間違った駅で降りれば、二度と現実世界には戻れない」

5人は恐怖に包まれた。太郎が必死に機器を操作し始めた。

「みんな、現実世界との繋がりを感知したぞ。これを頼りに脱出を試みよう!」

しかし、霊たちの中には5人の脱出を阻もうとするものもいた。彼らは悲しみと怒りに満ちた表情で、5人に訴えかけた。

「どうして帰ろうとするんだ?私たちと一緒にいてくれ」

「そうだよ、寂しいんだ」

智也たちは、霊たちの悲しみを理解しつつも、必死に説得を試みた。

智也が真剣な表情で言った。

「皆さん、お聞きください。まだ明らかになっていない真相がありそうなんです」

霊たちの間で驚きの声が上がり、車内の空気が一変した。一人の年配の霊が前に進み出て、震える声で尋ねた。

「本当かい?私たちの死には、まだ知られていない理由があるというのかい?」

美咲が優しく答えた。

「はい、そう思います。私たちは、皆さんの無念を晴らすために、真相を解明したいと思っています」

すると、様々な霊たちが口々に叫び始めた。

「頼む!真相を明らかにしてくれ!」

「真実を知りたい」

颯が力強く宣言した。

「約束します。僕たちは必ず真相を解明します」

車掌の霊が静かに言った。

「分かった。君たちを信じよう。だが、約束は必ず守るんだ」

智也が深くお辞儀をして答えた。

「ありがとうございます。そのために、私たちを現実世界に戻してください」

霊たちは自分たちと現実世界の人たちに真相を伝えることを条件に脱出を助けてくれることになった。

車掌が告げた。

「次の停車駅が、君たちが降りるべき場所だ。そこを逃せば、もう二度と戻れないかもしれない」

列車が現実世界に一瞬だけ戻る瞬間、5人は必死に飛び降りた。

冷たい雪の中に転がる5人。周りを見回すと、もう列車の姿はなかった。代わりに、廃線の風景が広がっていた。夜明けが近く、東の空がわずかに明るくなり始めていた。

美咲が涙ながらに言った。

「無事に戻れたんだね...」

智也が深呼吸をして答えた。

「ああ、でも僕たちの使命はまだ終わっていない。約束を守らなければ」

5人は互いの顔を見合わせ、固く頷いた。彼らの目には、真相を解明する決意の光が宿っていた。


その後、5人は精力的に事故の真相解明に取り組んだ。学校の課題や日常生活と両立させながら、放課後や休日を利用して調査を続けた。

彼らは古い新聞記事を丹念に読み解き、当時の関係者を探し出してインタビューを行った。最初は多くの人が口を閉ざしていたが、5人の真剣な態度に心を動かされ、少しずつ情報を提供してくれる人が現れ始めた。


ある日、5人は地元の古い喫茶店で、元鉄道職員だった田中さんと出会った。田中さんは当時、駅員として働いていた人物だ。最初は話すことを躊躇していたが、5人の熱心さに心を開いてくれた。

田中さんは震える手でコーヒーカップを持ちながら、静かに語り始めた。

「あの日は、確かに大雪の予報が出ていた。普通なら運休するところだったんだ。でも...」

5人は息を詰めて聞き入った。田中さんは深いため息をついて続けた。

「駅長が『この程度の雪なら大丈夫だ』と判断したんだ。多くの乗客がクリスマスイブに家族や恋人に会いに行くのを楽しみにしていたからね。その人たちの気持ちを考えて...」

智也が静かに尋ねた。

「でも、安全面での懸念はなかったんですか?」

田中さんは悲しげに首を振った。

「あったよ。私を含め、何人かの職員は運休を進言した。でも、駅長は『乗客の笑顔のために』と譲らなかった。結果的に、その優しさが悲劇を招いてしまった...」

この話を聞いた5人は、事故の背景にあった人間ドラマに心を打たれた。同時に、安全管理の重要性についても深く考えさせられた。

その後も調査は続いた。太郎は当時の気象データを詳しく分析し、香織は事故後の行政の対応について調べた。美咲と颯は遺族や地域の人々から話を聞き、事故が町に与えた影響を探った。

調査を進めるうちに、新たな事実も明らかになっていった。鉄道会社が事故後、情報の一部を隠蔽していたこと。そして、この事故を契機に、雪害対策や安全管理体制が大きく見直されたことなどだ。

約1ヶ月後、5人は図書館に集まり、これまでの調査結果をまとめた。窓の外では、再び雪が静かに降り始めていた。

智也が黒板に書かれた情報を指さしながら、静かに、しかし力強く語り始めた。

「みんな、ようやく事故の全容が見えてきたよ。この悲劇は、単純な人為的ミスだけでなく、複雑な要因が絡み合って起きたんだ」

香織が補足した。

「そうね。鉄道会社の雪の影響の見誤り、乗客への過剰な配慮、そして当時の安全管理体制の甘さ。これらが重なって、あの悲劇を引き起こしたのよ」

颯が怒りを込めて言った。

「くそっ、ちょっとした判断ミスがあんなに多くの命を奪うことになるなんて。でも、誰かを一方的に責めることもできないんだよな」

美咲は悲しげに呟いた。

「みんな、善意で動いていたはずなのに。結果的に取り返しのつかないことになってしまった...」


そして、事故から50年後のクリスマスイブ。5人は廃線跡地にある慰霊碑の前に立っていた。冷たい風が吹き、薄く雪が積もる中、彼らは緊張した面持ちで互いの顔を見合わせた。

智也が深呼吸をして、静かに話し始めた。

「みんな、長い調査お疲れ様。ついに真相を明らかにする時が来たね」

美咲が少し震える声で言った。

「ここに来ると、あの夜のことを思い出すわ。あの幽霊列車に乗った時の恐怖と、霊たちの悲しみ...」

颯が力強く頷いた。

「ああ、だからこそ僕たちがここで真実を語らなければならないんだ」

香織がノートを開きながら言った。

「それでは、最終的な調査結果をまとめましょう」

太郎も準備してきた資料を広げた。

「うん、科学的な分析結果も加えて、できるだけ客観的に伝えよう」

5人は慰霊碑の前に立ち、これまでの調査結果を静かに、しかし力強く語り始めた。

智也が口火を切った。

「私たちの調査で分かったことは、この事故が単純な人為的ミスだけでなく、複数の要因が重なって起きたということです。鉄道会社による雪の影響の見誤り、乗客への過剰な配慮、そして当時の安全管理体制の甘さ。これらが重なり合って、あの悲劇を引き起こしたのです」

美咲が続けた。

「多くの方が、大切な人に会いに行く途中だったことも分かりました。クリスマスイブという特別な日だったからこそ、運行を決定してしまった背景もあったのです」

颯が力強く語った。

「しかし、善意の判断が大きな悲劇を招いてしまった。安全を最優先すべきだったという教訓を、私たちは決して忘れてはいけません」

香織が静かに付け加えた。

「また、事故後の対応にも問題がありました。情報の一部が隠蔽されました」

太郎が最後にまとめた。

「一方で、この事故をきっかけに、雪害対策や安全管理体制が大きく見直されました。悲劇を繰り返さないための努力が続けられているのです」

語り終えた5人は、慰霊碑に向かって深々と頭を下げた。そのとき、かすかに列車の音が聞こえ、彼らの心に感謝の気持ちが伝わってきたように感じた。

智也が静かに呟いた。

「聞こえたかい?彼らの想いが、やっと届いたんだ」

5人は互いの顔を見合わせ、微笑んだ。この不思議な体験と調査を通じて、彼らの絆はさらに深まり、真実を追求し伝える大切さを学んだのだった。

そして解明団はこの真相をインターネットに公開すると世間で話題になり鉄道会社は謝罪をすることになった。

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