第6話  影を喰う鏡

 むっとする蒸し暑さの中、怪異解明団の5人は学校の古い倉庫を探検していた。智也、美咲、颯、香織、太郎の5人は、校舎の裏手にある小さな丘の上に建つ、赤レンガ造りの古い倉庫の前に立っていた。錆びついた南京錠を外し、きしむドアを開けると、埃っぽい空気が彼らを出迎えた。

智也が懐中電灯を取り出しながら言った。

「みんな、気をつけて。床が腐っているかもしれないから、慎重に歩こう」

5人は慎重に倉庫内に足を踏み入れた。薄暗い室内に差し込む一筋の光が、無数の塵を照らし出している。古い机や椅子、使われなくなった教材や体育用具が、雑然と積み重ねられていた。

美咲が鼻をつまみながら言った。

「うわぁ、カビ臭い。でも、なんだかワクワクする!」

颯は興味深そうに棚を覗き込んでいた。

「ねぇ、これって昔の卒業アルバムじゃない?すごく古そうだ」

香織は慎重に古い本を手に取った。

「こんなところに貴重な古書が...学校はこんな大事なものを知らないのかしら」

太郎は、持参した不思議な機械を取り出していた。

「よし、この部屋を測定してみよう。何か面白いものが見つかるかもしれない」

智也は黒縁メガネを直しながら、古びた木箱を開けた。

「みんな、何か面白いものは見つかったかい?この箱の中身は古い教科書ばかりだね」

美咲は棚の上の方を覗き込みながら、つま先立ちをしていた。突然、彼女は興奮した声を上げた。

「あっ!見て、あそこに大きな鏡がある!すごく古そう!」

5人は美咲が指さす方向に目を向けた。そこには、金色の装飾が施された大きな古びた鏡が、壁に立てかけられていた。鏡の表面は曇り、所々に小さな傷があったが、それでも威厳のある雰囲気を放っていた。

颯が鏡に近づき、慎重に表面を撫でながら言った。

「すごいな、これ。なんだか神秘的な雰囲気がするよ。この模様、見たことないような...」

香織が慎重に鏡を観察しながら、眉をひそめた。

「確かに不思議な感じがするわ。でも、こんな貴重そうなものをここに放置しておくなんて...学校の人たちは知ってるのかしら」

太郎が突然、目を輝かせて声を上げた。

「おい、この鏡を図書室の奥の空き部屋に運んで調べてみないか?きっと面白い発見があるはずだ!僕の新しい測定器で、何か特殊な波動が検出できるかもしれない」

智也は少し躊躇したが、結局は頷いた。

「そうだね。でも、持ち出す前に先生に許可を取ろう。勝手に動かすわけにはいかないからね。それと、図書室の管理人さんにも相談しないと」

5人は校長先生と図書室の管理人に相談し、鏡を一時的に図書室奥の空き部屋で調査することの許可を得た。重量があり、運ぶのに一苦労したが、全員で協力して何とか運び込んだ。そして、この部屋は普段使われていない小さな会議室で、怪異解明団の活動拠点として借りることができた。


数日後、5人は放課後に活動拠点の部屋に集まっていた。太郎は鏡の前で様々な機器を使って測定を行っていたが、特に異常は見つからなかった。

太郎が首を傾げながら言った。

「おかしいな。特に異常な反応は出ていないんだけど...」

そんな中、颯が不安そうな表情で立ち上がった。

「ねえ、みんな...僕の影、薄くなってきてないか?」

他のメンバーは驚いて颯の影を見つめた。確かに、通常よりも薄く、輪郭がぼやけているように見えた。部屋の照明を調整しても、颯の影だけが異常に薄いままだった。

智也が眉をひそめながら言った。

「確かに...でも、これって鏡のせいなのかな?他に何か変わったことはない?」

颯は首を振った。

「特に...ただ、最近少し疲れやすくなった気がする。でも受験勉強のせいかと思ってた」

美咲が心配そうに颯に寄り添いながら言った。

「大丈夫だよ、颯。きっと原因を突き止めて、元に戻す方法を見つけるから。私たちがついてるよ」

香織は鏡を凝視しながら、静かに言った。

「私たち、何か恐ろしいものをここに持ち込んでしまったのかもしれないわ」

その日以降、状況は急速に悪化していった。颯の影はどんどん薄くなり、ついには完全に消失してしまった。それだけでなく、彼の存在感も薄れ始めた。学校の他の生徒や先生たちは、徐々に颯のことを忘れ始めていった。


ある日、教室で衝撃的な出来事が起こった。担任の先生が出席を取る際、颯の名前を飛ばしてしまったのだ。

智也が手を挙げて言った。

「先生、颯の名前を呼んでいませんが」

担任の先生は困惑した表情で答えた。

「颯?そんな生徒はいましたかね...」

クラスメイトたちも首を傾げ、颯のことを思い出せない様子だった。怪異解明団のメンバーたちは、恐怖と共にこの状況を目撃した。

放課後、5人は急いで活動拠点の部屋に集まった。颯の姿がわずかに透けて見えるようになっていた。

颯が震える声で言った。

「みんな...僕、消えてしまうのかな...」

美咲が涙ながらに颯の手を握った。

「そんなこと絶対にないよ!私たちが何とかするから!」

智也が深呼吸をして、冷静に状況を分析しようとした。

「まず、これが鏡の影響だという確証はない。でも、他に思い当たる原因もない。徹底的に調査する必要がある」

しかし、彼らの努力も空しく、状況は更に悪化していった。颯の存在が薄れていくのと同時に、美咲の影も消え始めたのだ。

ある日の放課後、美咲が泣きながら活動拠点の部屋に駆け込んできた。彼女の姿がわずかに透けて見えた。

「み、みんな...私の影も...消えちゃった...そして、朝、お母さんが私のことを認識できなかったの...」

美咲の言葉に、部屋内の空気が凍りついた。残されたメンバーは恐怖に駆られたが、智也が深呼吸をして、決意を込めて言った。

「落ち着こう。必ず真相を究明して、颯と美咲を取り戻す。そのために、まず鏡の歴史を徹底的に調べよう。香織、図書館で関連する資料を探してくれないか?太郎は引き続き鏡の分析を進めて。僕は学校の古い記録を調べてみる」

それぞれが役割を分担し、必死の調査が始まった。数日後、香織が図書館で見つけた古い新聞を広げながら報告した。

「ここに、50年前の記事がある。『謎の失踪事件、古い鏡に関連か』...これ、私たちが見つけた鏡のことかもしれない。当時も、数人の生徒が突然姿を消し、周囲の人々からも忘れ去られていったらしいわ」

太郎は地元の古老から聞いた話を共有した。

「おじいさんが言うには、その鏡には悪霊が宿っているらしい。影を食べて、人々の存在を消し去るんだって。でも、誰もその話を信じなかったから、鏡は倉庫にしまわれたままになっていたんだ」

智也は学校の古い記録を手に取りながら言った。

「50年前の記録には、確かに数名の生徒の名前が突然消えている箇所がある。でも理由は書かれていない...」

そんな中、香織の影も薄くなり始めた。彼女は自分が次の犠牲者になることを悟り、残された時間で必死に調査を続けた。そして、ついに重要な情報を発見する。

香織が震える声で言った。

「智也、太郎...私の時間がもうないわ。でも、鏡を封印する方法を見つけたの。これを...」

彼女は古い巻物を広げ、複雑な呪文と儀式の手順を説明し始めた。

「この儀式には、五芒星の紋様、特別な香、そして...純粋な心を持つ者の血が必要よ。でも、最後の部分は危険すぎる。別の方法を...」

しかし、説明の途中で彼女の姿が薄れていき、声も聞こえなくなっていった。智也と太郎は、香織が消えていく様子を、なすすべもなく見守るしかなかった。

智也は拳を握りしめ、決意を新たにした。

「太郎、我々がこの呪いを解くしかない。香織が残してくれた情報を元に、儀式の準備をしよう」

太郎も頷いた。

「ああ、みんなを取り戻すんだ。それに、これ以上の被害者を出してはいけない」

2人は急いで必要な道具を集め始めた。五芒星の紋様を描くためのチョーク、特別な香を調合するための材料、そして儀式に使う白い布。しかし、最後の要素である「純粋な心を持つ者の血」については、どうすべきか迷っていた。

智也が深刻な表情で言った。

「血を使うのは無理だな、傷つけて血を出すのは痛いだろうし…何か代わりになるものはないだろうか...」

太郎が突然、目を輝かせた。

「そうだ!純粋な心...それは必ずしも人間のものである必要はないかもしれない。例えば、幼い動物とか...」

智也も頷いた。

「そうか、それならペットショップで小さなハムスターを買って...いや、待てよ。それも生き物を傷つけることには変わりないな」

2人は頭を抱えて考え込んだ。そして、ふと智也が言った。

「太郎、純粋な心を持つ者の『想い』を集めるのはどうだろう。例えば、幼稚園児たちの描いた絵とか」

太郎の目が輝いた。

「そうか!物理的な血ではなく、想いの結晶を使うんだ。それなら誰も傷つかないし、むしろ多くの人の力を借りることができる」

2人は急いで行動を開始した。地域の幼稚園を訪れ、趣旨を説明して協力を仰いだ。幼稚園児たちの元気いっぱいの絵などの品々を丁寧に集め、儀式に使う白い布に包んだ。

準備が整った夜、2人は活動拠点の部屋に集まった。鏡の前に五芒星の紋様を描き、特別な香を焚き、集めた「想いの結晶」を中央に置いた。

智也が深呼吸をして言った。

「準備はいいかい、太郎。これが最後のチャンスだ」

太郎は頷き、決意を込めて答えた。

「ああ、やるぞ。みんなを取り戻すんだ」

二人は香織が残した古い巻物を広げ、呪文を唱え始めた。最初は何も起こらなかったが、しばらくすると鏡の表面が波打ち始め、不思議な光を放ち始めた。

突然、鏡の中から無数の手が伸びてきた。それらは智也と太郎を掴もうとしていた。

智也が叫んだ。

「太郎、気をつけろ!」

しかし、警告が遅すぎた。太郎の足が鏡に引っ張られ始めていた。

「智也、助けてくれ!」太郎が叫んだ。

智也は咄嗟に太郎の手を掴んだが、鏡の力は予想以上に強かった。二人とも鏡の中に引き込まれそうになる。

その瞬間、集めた「想いの結晶」が眩い光を放った。その光は鏡から伸びる手を押し返し、二人を守るバリアのようになった。

智也は、まだ太郎の手を離さずに叫んだ。

「太郎、諦めるな!みんなの想いが私たちを守ってくれている!」

太郎も頷き、力を振り絞って鏡から抜け出そうとした。二人は必死に呪文を唱え続けた。

突然、鏡の中から悲鳴のような声が聞こえた。それは颯や美咲、香織の声のようだった。

「みんな!」智也が叫んだ。「どこにいるんだ!」

鏡の中から、かすかに返事が聞こえた。

「智也...太郎...助けて...」

その声を聞いて、二人はさらに力を込めて呪文を唱え続けた。部屋中が光に包まれ、鏡が激しく揺れ始めた。

そして突然、大きな音とともに鏡が粉々に砕け散った。その瞬間、三人の姿が部屋に現れた。颯、美咲、香織だ。彼らは混乱した様子で、周りを見回していた。

美咲が混乱した様子で言った。

「え...ここは...どこ?私たち、どうしてここにいるの?」

颯も首を傾げながら言った。

「なんだか、すごく長い夢を見ていたような...でも、詳しいことは思い出せない」

香織は眉をひそめながら、周囲を見回した。

「私たち、何かとてつもないことを経験したのね...でも、なぜだか詳細が霞んでいる」

智也と太郎は安堵のため息をつきながら、三人に駆け寄った。

「みんな、無事で本当によかった」智也が涙ぐみながら言った。

しかし、喜びもつかの間、彼らは新たな問題に気づいた。五人全員の影が、まだ完全には戻っていなかったのだ。薄い影が床に落ちているのが見える程度だった。

太郎が不安そうに言った。

「影...まだ完全には戻っていないみたいだ」

香織が静かに言った。

「きっと、時間がかかるのよ。私たちの存在が、この世界に再び定着するまでには、もう少し時間が必要なのかもしれない」

そして智也は砕け散った鏡の破片を見つめながら言った。

「この鏡の破片、どうするべきかな。もう二度と誰も犠牲にならないよう、しっかり封印して安全な場所に保管しないと」


翌日、学校に戻ると、人々は彼らのことを徐々に思い出し始めたが、記憶は曖昧なままだった。

「あれ?颯くんって、確かうちのクラスの生徒だったよね?」

「美咲さんも、うちのクラスだったね」

といった会話が、学校中で聞こえ始めたのだ。

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