第41話 あなたのためになら
「あーーーー……」
自分の席で頭を抱え項垂れる霧島。
「どうしたんだよ、この世の終わりみたいな顔して」
「売れっ子プロデューサーが落ちこぼれプロデューサーになんの用よ……」
「やさぐれてんなーー、だから言ったろ。今のままじゃヤバいって」
辻は缶コーヒーを側に置く。
「……アンタ熱でもある?どうしちゃったのよ気色悪い」
「あそこの自販機で当たったんだよ。どうやら俺はついてるらしい。少しでもその運を分けてやろうと思ってな」
「あっそ。ならお言葉に甘えてアンタの運全部喰らい尽くしてやるわよ」
すると霧島は缶コーヒーを一気に飲み干す。
「フッ……」
「なに人の顔見て笑ってんのよ」
「別に。あ、そういえばさっきメイク室でお前ん所の演者とスタッフ達が騒いでるところを見かけたんだが、うたのおねえさん結婚するらしいな」
「は!?……そうなの。知らなかったわ」
一瞬飲み干したコーヒーが逆流しそうになるがギリギリの所でそれを堪える。
「しかも相手はウチの局のお抱えスポンサーでもあるILSOKの御曹司ときた。このままいけば超がつく玉の輿だな。」
「幸せならなんでもいいわ」
「ならお前もそれ使ってついでに幸せになっちまえばいいだろ」
「?」
言っている意味がいまいち理解できない。
「間抜けだな。だからお前はいつまで経っても凡人プロデューサーのままなんだよ」
「喧嘩売ってる?……」
「番組終わらせたくないんだろ。だったら手段選ばずプライドを捨てるしかない。あんまり褒められた方法じゃないがな……」
「どういう意味よ」
「はぁ……しゃあねえな」
辻は霧島の耳元に行くと小声で囁く。
「!……それ本気?」
「大事なのは俺が本気かどうかじゃない。お前が本気になれるかどうかだ」
最初こそ戸惑いの表情が見られた霧島だったが辻が帰る頃には覚悟が決まり曇りは無くなっていた。
「あの、話ってなんです?」
撮影終わり内密で槇乃を呼び出した霧島。
「結婚するらしいわね」
「な、なんでそれを!…」
「おめでとう」
「いや、まだ別にそうと決まったわけじゃないですし……」
「あ、そうなの」
少し落胆する様子を見せる霧島。
「ええ。でもどうしたんです?いきなりとってつけたように」
「番組が終わるわ」
「え!?……なんでですか、まさかあの男のせいで」
「違うわ。まぁ、完全に否定も出来ないけど、でもそれだけが理由じゃない」
神妙な面持ちでまじまじと槇乃を見つめる霧島。
「な、なんです?……」
「私はこの番組を愛してる。そしてプロデューサーとして番組を守る責任がある。勿論それに携わってる演者やスタッフも同じよ。だから今から言うことは矛盾してるわ」
「?……」
「番組を守る為に結婚してちょうだい」
「え?、ど、どういう事ですか」
「結婚相手ILSOKの御曹司なんでしょ。貴方から彼にウチの番組のスポンサーになってくれるよう話をしてほしい」
自分でもとんでもない事を言ってるのは百も承知だ。私もそれを辻から初めて聞いたときは耳を疑ったし最低だと思った。
だから今の私はもっと最低だ。最低にならなきゃこの番組は守れない。
「ちょ、ちょっと待ってください。あのいきなりで話についていけないっていうか」
「大きなスポンサーがつけば上も番組廃止を考え直しせざるを得なくなる。もう、これしか方法が残ってないの」
すると霧島は目の前で頭を地面につけ深く土下座をする。
「!!」
「本当にごめんなさい。恨んでくれて構わない。だけど私にはもうこうするしか出来ない……」
私は直ぐに全てを察した。
私と霧島さんとの付き合いは意外と長い。私がこの業界に入ってオーディションを全落ちして、諦めようかと思っている時に決まったのがこの仕事だった。
それから霧島さんはいつも第一にこの番組の事を考え、次に演者やスタッフの配慮を欠かさない。そんな夢の様な人だと私考えていた。
そんな人が、たかが一つの番組を守る為に頭を下げている。
だったら私が出来ることは一つだけだ。
「頭上げてください」
「……」
「私もこの番組が大好きです。そしてそんな番組に出演するきっかけを作ってくれた霧島さんには感謝しかありません。だから恨んでもいいだなんて言わないでください」
「……」
それでも頭を上げようとしない霧島を槇乃は無理やり頭を上げさせる。
「貴方にそんな顔されちゃ私が困るんですよ!貴方の選択が私の背中を押したんだ。それを私に後悔させないで下さい」
「槇乃…」
「霧島さんには本当に感謝してます。お陰で迷いが吹っ切れました。私は玉の輿に乗ってついでに番組も危機も救えちゃう。一挙両得ってやつですよ!」
大袈裟なほど笑ってみせる。
「……」
「安心して下さい。私の彼、いや旦那?私にぞっこんですから私が一言言えばすぐに出資してくれるはずです」
「本当にごめんなさい……番組は絶対に終わらせない」
「ええ。これからも期待してます。今までありがとうございました」
満面の笑顔で感謝を述べる女の瞳はどこか寂しそうだった。
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