第37話 最高の魔王様

「ねぇ、ポンコツ」

「ポンコツじゃない。魔王だ。優菜」


「…魔王。アンタ、光之さんと知り合いなの?」

「知り合いじゃない。ただの宿命のライバルってやつだ」


 別の言い方をすれば腐れ縁。奴との縁が腐って散ることはないだろうがな。 


「は?」

「気にするな。とにかくこれで問題は解決された。思う存分その幼馴染と最後かもしれない時間を楽しめるぞ」


「そこまで考えてくれてたの?」

「当たり前だ。会っても話す時間がなければ一緒だからな」


「でも、どうやって空港まで行くつもりなわけ。タクシー?電車?」

「そんなものよりもっと速い手段を使う」


 我は優菜の手を強く掴む。


「何があっても我の手を離すなよ」

「え」


「時空の狭間にでも置いてかれたら流石の我でも手の出しようがないからな」

「え、意味わかんないんだけど」

「行くぞ!」


 魔王は優菜の手を握ったまま転移の魔法を使う。

 目に前が急に光り輝いた気がして優菜は思わず目を瞑る。


「着いたぞ。ここであってるよな?」

「え、」


 声をかけられる改めて目を開けると、そこはもう空港内だった。


「えぇーーーっ!!」

「声が大きい。場所を考えろ」

「そんなこと言ってる場合!?どうなってんのよ!!これもマジックかなにか!?それとも超能力!?」


 完全に取り乱している優菜。以前霧島にも使ったがこんな反応はしなかった。性格か?それとも年齢に関する何かか。転移魔法一つでこうもリアクションが分かれるとは実に人間は面白い。


「どうでもいいだろう。それにそっちこそそんなこと言ってる場合じゃないんじゃないか?ここでぐずぐずしてると来た意味がなくなるぞ」

「……そうね。今は一回忘れる事にするわ。アンタのおかしなマジックに驚くのは初めてじゃないもの」


「マジックと魔法を一緒にするでない。…で、愛しの幼馴染は見つかったのか?」

「ん、探してるわよ。きっとまだここら辺にいるはずだから。……あ!」


「いたか!?」

「うん。でも、家族の人や他の友達も来てるみたい。そりゃそうだよねー。私だけがここに来るわけないもん」


 ようやく目当ての人物に出会えたというのに浮かない顔をしおって。


「まさかお主緊張してるのか。それとも周りがいるから恥ずかしいのか?」

「べ、別に、そんな事もないけど……ただ、ただちょっとタイミングが悪いというか……」


 図星か。この世界の人間は実に分かりやすい。嘘を吐くのが下手なくせになにかと嘘を吐こうとする。

 実に愚かだが、その絶妙な曖昧さこそが人間そのものなのかもしれない。

 曖昧で面倒でしかなかったけど、どこか放って置けなかったアイツのように。


「仕方ない。ここまで来たのに意味がありませんでしたは面白くない。今度は我が時間を稼いでやる」

「え、」


「しかし、チャンスは一度きりだ。これを逃せば次はない。やれるな?」

「う、うん!!こうなったら当たって砕けてやるわ」


「いい返事だ。ならば我も覚悟を決めよう。ちょっと離れていろ」


 優菜が距離を取り魔王1人になると、大きく息を吸い込む。

 そして思いっきり自分が出せる最大の大声で童謡を歌い始める。

 音程は外れリズムもめちゃくちゃだが、空港ロビー真ん中で1人楽しそうに歌って踊る魔王。


「え、えーー!!……(まさか、これ!?こんなんでどうしろって言うのよ)」


 すると、歌声と楽しそうに踊っている様子に周りが魔王の方に視線を向け始めた。


「なにあれ?」

「超音痴なんですけどーー。ヤバくない?」

「ママー。あの人ーー」

「こらっ。見ちゃダメよ!」


 評判こそ最悪だが確実に周りの視線を注目させている。


「でもアレどこかで見たことあるような。……あ、子供番組に出てる人じゃない?」

「あーー、確かに言われてみればそうかも。この前ネットで話題になってたし」

「あのひとーーまおおにいさんだよーー!!」

「え!?まおおにいさんって<いつララ>に出てるあのまおおにいさん!?」

「うん!!やっぱりそうだよー!!」


 1人の子供がが魔王のもとへ駆け出してくる。


「わー本物だー!!」

「いいところに来たな、少年よ!。一緒に歌うぞ」

「うん!!」


 魔王は身振り手振りで合図を送ると、子供も参加して一緒に歌い始める。

 人が増えたことで更に声は大きくなり目立つものに。


「何アレ、撮影?」

「行ってみようか?」


 どんどんと魔王の周りに人だがりができはじめる。

 すると優菜の幼馴染にいたご家族や友達もこちらに興味を示しはじめた。


「(今だ!!)」

「(うん!!」


 優菜はここぞと1人になった幼馴染の所へ駆け出した。


「優衣兎!!」

「!…優菜。どうして?」


 思いがけない人物の登場に驚く優衣兎。


「決まってるでしょ。会いに来たのよ!」

「でも昨日は仕事だから無理だって言ってたじゃないか」


「それは、なんとかなったのよ!てか、なんとかした。どうしても言いたいことがあったから」

「え、」


 アイツが海外に行くって聞いた時から決めてたことがある。いつか次会ったら絶対に言ってやるって。

 でも魔王に背中を押されて気が変わった。

 いつかなんてもう待てない。


「優衣兎。……好きよ」

「!!」


 これが最後になるかもしれない。それなら言いたいことは言わなきゃね。


「優菜。…俺も、」

「やっぱ待って」


「?」

「その続き、今はいいや」


 こんなこともしかしたら言わなきゃよかったって思うかもしれない。

 でもきっとこれが今の私の最高の選択肢。


「お楽しみは今度会った時までとっておくわ。今聞いたらきっと私、次会えるまで待ってられない気がするから」

「優菜……」

「だから、その期待裏切らないでよ。信じて待ってるから。運命の日まで」


 私にしてはらしくないくらいロマンチックよね。まるで誰かみたい。


「分かったよ。……だからそれまで待っててくれ。俺の気は絶対に変わらないから」

「うん。期待してる」


「…でもびっくりしたよ。優菜の口からそんな言葉が聞けるなんて」

「私も同じこと思ってるわ」


 これも全部あの魔王を名乗る変人の影響かしらね。


「ちょっと、そこのアナタ!!こんな所で何してるんですか!」


 遠くの方から警備員達が怒る声が聞こえて、振り返ってみると、複数の警備員達に取り囲まれてる魔王の姿が見えた。


「アイツ……」


「優菜よ!もうそろそろ限界だ!!」


 ちょっと、名前言わないでよ!皆こっち見るじゃん!私までおんなじと思われたらどうしてくれんのよ。

 ったく……。


「優菜。あの人と知り合い?」

「え、いや、知り合いっていうか、仕事仲間かな。一応私の後輩」


「そうなんだ」

「だけど私の恩人でもある。あの人がいなきゃ今私はここにいないだろうし、私の気持ちも伝えられなかったから」


「…優菜がそこまで言うなんて珍しいね。どんな人なの?」


 どんな人か……。その答えは決まってる。


「めちゃくちゃ変人でどこかほっとけないそんな面倒くさい最高の魔王様よ!!」

「……そっか!」


「今ので納得できるんだ」

「いや殆ど分からない。でも悪い人じゃないってことは伝わったから」


「優菜!!」


 再び魔王の叫ぶ声が聞こえる。


「だから大声で呼ぶなっつーの……!。ごめん、優衣兎。本当は最後まで見送りたかったんだけど私もう行かなきゃ」

「ううん。気にしないで。こうやって話せただけで僕は嬉しいから」


「……じゃあ、気をつけてね」

「うん。優菜も」


 そして優菜は去り際にもう一度振り返る。


「浮気すんなよ!」

「フフ。それはこっちのセリフだよ」


 2人は互いに頷くと2度と振り返ることはなかった。それぞれの進むべき道と戻るべき場所が出来たのだから。


「魔王!!ぐずぐずしない、さっさっと逃げるわよ!」


 少し離れた場所から魔王に声をかける優菜。


「いい顔だ。(さては上手く言ったみたいだな。だけどそうなると恋愛面でも我の先輩になったってことか……)クソったれがーー!!」


 魔王は人混みを強引に掻き分け警備員の静止を振り切ると優菜を連れ走り出した。


 そして我らは再び転移魔法を使いテレビ局へ帰還。

 勇者のお陰もあってか優菜はすんなりと撮影に戻ることができたようだ。

 そして、優菜が演じた役は多いに話題となり評価され、国民的女優への第一歩を歩むことになるのだがそれはもう少し先の話。


 ※※※


「ちょっと待ってください!!そんなの到底納得できません!!」

「既に決まったことだ。君にそれを拒否する選択肢はないのだよ」


 霧島の前には上司が数人。全員が役員クラスの大物で一度にこれだけの人材が揃うことは滅多にない。


「っ……どうして番組を終わらせなきゃいけないんですか!?理由はなんなんです……」

「考えてもみろ。ただでさえ今は若者や子供達のテレビ離れが深刻に進んでいてテレビ局は危機的状況に立たされている。その状況で視聴率の取れない子供番組などを放送しても未来は無い。そう判断しただけだ」


「しかし、」

「それに我が局は複数あるライバル局にも明らかな遅れを取っているのだ。このままでは局自体の存続まで危うくなる可能性もある。子供番組をやるくらいならその枠にドラマの再放送を持ってきた方が視聴率の安定化が測れるだろ。余計な経費も削減できるしな」


 決まった物事を淡々と話し続ける頭の硬そうな上司達。

 その様子に感情が爆発する霧島。


「だからって終わらせる必要まではないでしょ!!何故にそこまでこの番組を目の敵にするんですか!」

「口を慎め。霧島」


「嫌です。黙りません!私はこの番組を終わらせるわけにはいかないんです!!」

「黙れと言っている!」


 1人のハゲ散らかした男が机を強く叩き霧島を一喝する。


「霧島。お前は大きな勘違いしているようだ」

「どういうことですか……」


「先程も言ったようにこれは既に決定した事だ。それに君は納得できないと騒いでいるがそれこそおかしな話だと思わないか」

「は?…」


「我々は納得できるかと聞いてるんじゃない。納得しろと言っているんだ」

「っ!……」


 言い返そうとする霧島だったが複数の上司達の圧に負け思ったように言い出すことができなかった。


「来月行われる会見で正式発表だ。それまで余計な混乱を招かぬよう他言無用で頼むぞ」

「そんな……」


 その裏で理不尽な上司に対して猛抗議する霧島の姿を我らはまだ知るよしも無かった。

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