54 行動に想いが宿るなら
「ちょ、ちょちょちょっ!
「私は落ち着いているよ?」
いや、人間をデザート扱いする人が落ち着いているわけがない。
完全にご乱心になっている。
冷静さを失ってしまった羽金先輩は、あたしとの距離はほとんどゼロに近いくらい縮まっている。
「一旦、整理しましょう。状況が分かりませんっ」
「それは簡単だよ」
先輩の手が制服のスカートの中へ侵入し、あたしの足に触れる。
つまり直で肌に接しているという事で、その手が太ももの内側に滑っていく。
「ひゃっ!?」
反射的に変な声が出てしまう。
いや、ちがうよ?
ビックリしただけだから、別に他意はないから。
あたしは清純な少女だからっ。
「君が今考えるべき事は、私を受け入れるかどうかだけだよ」
い、いやいや……は、激しすぎますって羽金先輩。
原作でもここまでピンクを匂わす展開はなかったのに。
それと実は裏でこんな事もあったのか、あたしが引き起こしてしまった展開なのかは判断がつかないけど。
とにかく今この状況がエッチである事だけは分かる。
「でも、いきなりこんな……」
「無理強いはしないさ、嫌ならすぐにやめるよ」
あ、あくまで最終決定権はあたしに握らせてくれるらしい……。
いや、それなら断れば終わる話なのだろうけど。
だが、安易にそんな決断を下してもいいのだろうか。
このイベントを拒否する形で終えたら羽金先輩の気持ちはどうなってしまうのか。
あたしは羽金先輩を傷つけたくはないし、ヒロインの皆には幸せになって欲しいと心から思っている。
「君の勘違いを一つ正すならば……」
羽金先輩の瞳に迷いの色はない。
自分の信念を必ず遂行する人であろう事を、その眼光の鋭さが物語っている。
「私を救えるのは君だけだ、他の子じゃない」
「……な、ななっ」
もはやこれはほとんど告白ではなかろうか?
いや、告白と決めるにはまだ早い。
時に人は過ちを犯すもの、愛は盲目とはよく言ったものだ。
……あ、いや、それだとあたしが愛されている事になってしまうな。
と、とにかくっ、その狭くなってしまった視野をあたしが広いものに戻してあげないといけないっ。
「それは、まだ羽金先輩が
「うん、やっぱり分かっていないのは君のようだね。じゃあ、こう言い換えてあげよう」
羽金先輩は“んー”と唇を引き結んで数拍だけ間を置くと、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「私は君に救われたいんだ、他の人ならお断りさ」
「……えっと」
それは思いの外に強い口調だった。。
「救われようとしていない人を救う事は誰にも出来ないよね? だから君が言っている事は間違っているのさ」
「で、ですから、その気持ち自体が変わるとあたしは言っているわけでぇ……」
「少なくとも今の私はそう思っていないよ。いつ来るかも分からない空想に想いを馳せる程、私はロマンチストではなくてね」
先輩の言っている事が、酷く正しいようにも聞こえてくる。
「さぁ、君の答えはどうなのかな?」
「いや、先輩あたしは何も答えてないのに、ちっ、近いんですがっ」
いや、近いという表現すらもはや不適切、あまりに接触寸前すぎる。
それこそ、もう体が重なりそうな程に。
「間延びした問答は聞き飽きたな、答えを聞かせてもらおうか」
「……」
「沈黙は肯定と判断させてもらうよ」
大胆っ!
なんて思ってる場合じゃないっ。
この場を上手く収めるにはどうしたらいい?
いや、収めるという発想自体が間違っているのだろうけど。
それでもあたしは……。
「……分かりましたっ!」
「え、うわっ」
上から覆いかぶさろうとしていた羽金先輩を、あたしが両腕で抱き寄せる。
意表を突かれた先輩は驚いた声を上げながらバランスを崩す。
密着した体に心臓は跳ねるが、それすらも無視してあたしは先輩の頬に顔を寄せた。
「い、行きますからね、先輩っ」
「……え」
あたしは唇を交わす、その頬に。
本当に軽く触れる程度で、キスと言うにはあまりに情緒に欠ける動作だったけれど。
それでもあたしが先輩の肌の張りを感じるには十分で、先輩があたしの唇の柔らかさを知るには十分なものだったはずだ。
「ど、どうですかっ」
「……ど、どうとは?」
抱き寄せた腕を離すと、先輩は察したように自身でベッドを押し上げて上体を起こす。
見下ろされながら絡んだ視線は、わずかに揺れているように見えた。
「あ、あたしからキスしたんですから、これ以上はなしですっ。とりあえず今日はこれくらいにしときましょうっ」
「ど、どういう理屈だい、それっ」
ほとんどキスと呼べる代物ではなかったが、あたしは断固として言い張る。
あたしの純情をわずかでも捧げたのだから、先輩が向けてくれた思いに対する返答にはなっているはずだ。
それでも、ここまでだ。
あたしが応えられる好意は、ここが境界線だと思う。
「それとも絶対に最後までしなきゃ気が済まないんですか。あたし体目的はお断りですよっ」
「そ、そんなわないじゃないかっ」
「だったらそれを証明して下さい、あたしは素直に思いを伝えたんですからっ。エッチで伝える思いなんて、劣情が絡めば誰だって出来るじゃないですかっ」
そう、我慢こそが愛。
相手を想えば、自身の願いすらも時に捨てられるのが愛。
愛とは自己犠牲の上に成り立つのだっ。
……多分ねっ!
「な、なるほどね……?」
先輩は疑問はありつつも、あたしが言いたい事の意味は理解してくれたようだ。
恐らくつっこみ所満載の理論だったろうが、それすらも飲み込んでくれようとしている羽金先輩には器の大きさしか感じない。
「そうです、だからここまでです。あたしもちゃんと心の整理がついていないのに、これ以上は進めません」
「……ふぅ」
羽金先輩の溜め息の間は長かった。
「ちょっと強引な気もするけれど、君の言う事にも一理あるよ。そうだね、真摯な思いを伝えるには私も自制しないとね」
先輩は髪をかき上げながら面白そうに笑う。
さっきまで孕んでいた熱は霧散して、さらっとした空気に入れ替わる。
よ、よかった……納得してくれた……よね?
「でも、ここまでしてお預けだなんて……君も罪な人だ」
からからと笑う先輩の言葉に、他意がない事はすぐに分かる。
それでも、その場しのぎと思われても仕方ないと自覚があるあたしにとっては心に重みが掛かる。
それすらも、自身のせいである事も分かっているけど。
「す、すみません……」
「謝る必要はないよ。やっぱり予想通りに行かない君に、また興味が沸いただけの事さ」
そう言って微笑む羽金先輩を見て、もう到底引き返せない所まで来てしまっているのだと再認識する。
それでも、誰かを選ぶような事も出来るとは思えない。
誰かを選べば、誰かを見捨てる事になるのだから。
この物語で、バッドエンドは見たくない。
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