44 行動が変われば結果も変わる
「……はっ」
気付けば、意識が戻っていた。
ずっと心の中を支配していたモヤモヤから解き放たれ、あたしはすっきりとした開放感に満ち足りていた。
あの意固地で頑固な
「ようやく解放されたのね……」
これで悪女 楪柚希の心の闇は解き放たれた。
めでたしめでたし。
「どうしたの、ゆずゆず?」
「……ん?」
そして、あたしの体がぬくもりに包まれている事に気づく。
目の前には明璃ちゃんのつぶらな瞳と、その腕に抱かれているあたし。
なんだ、この状況。
「……あー」
そうか、そうだったね。
楪柚希は
さすがフルリス、悪女ですらも百合。
そしてそんな悪女も素直になってしまえば主人公の手に堕ちるのも時間の問題という訳だ。
「離してぇっ」
ぐいっとその腕の中から身をよじり、あたしは脱出を図るっ。
「え、ゆずゆず急にどうしたの?」
「あたしをゆずゆずと呼ぶんじゃないっ」
「な、なんでいきなり……!?」
あたしの態度に
その名で呼ばれていいのは、楪柚希であってあたしではないのだ。
ややこしいねっ。
「そんな幼い頃の呼び方を学院の生徒に知られたら、あたしが恥ずかしいじゃないっ」
これは呼ばせないための口実だけど、完全に的外れということでもない。
本当に恥ずかしさは感じている。
「とりあえず用件は済んだので、あたしはこれで失礼するねっ」
「で、でもさっきは“もう一人にはなりたくない”って……」
うおおおおお。
この口が言ったかと思うと恥ずかしさが込み上げる。
本当は楪柚稀が言っただけなのにっ。
あたしは一人でも平気な女なのだっ。
「それはあたしじゃない!」
「な、何言ってるの……?」
きっと今の明璃ちゃんにはあたしの正気を疑うレベルだろう。
だが、これが真実なのだから仕方ない。
君はあたしを攻略している場合じゃないんだよっ。
「ゆずゆず、さっきから変」
「だから、その名であたしを呼ばないでっ」
「じゃあなんて呼べばいいんですかっ」
「さっきまでの“
それを妥協点としましょうかっ。
「と、とにかく、あたしは
ってな感じで丸く収めようと思うのだけど。
「……むー」
明璃ちゃんがリスのように頬を膨らませて、分かりやすく不満の意を示していた。
「ど、どうしたの……?」
「小日向じゃないです」
「……いや、小日向じゃん」
あなたの名前は小日向明璃でしょ?
「さっきまで“明璃ちゃん”て呼んでくれました」
ええ……。
いや、言ったけどさぁ……楪柚稀がねぇ……。
「……ちょっと、昔を懐かしみすぎたよね」
「わたしはそれでいいと思います」
ずいっと距離を縮めてくる明璃ちゃん。
なるほど、譲る気は一切ないようだ。
「“明璃ちゃん”って呼んでくれないなら、わたしは“ゆずゆず”と呼び続けます」
こ、交換条件を出してきたよ……この子っ。
だが、さすがに“ゆずゆず”なんて親密度マックスな呼ばれ方すると他のヒロインさんとの関りにも影響が出そうだし……。
「分かったよ……明璃ちゃん」
背に腹は代えられない。
「はい、柚稀ちゃんっ」
はにかむ明璃ちゃんの笑顔は眩しいけど……。
ま、まぁ……大丈夫でしょ。
明璃ちゃんとの仲もある程度は深まった事だし。
これからヒロインとの物語に繋げていきやすくはなったよねっ。
◇◇◇
「もう暗くなってきましたねぇ」
当然だが、ヴェリテ女学院の生徒が帰る場所は寄宿舎を置いて他にない。
あたしは明璃ちゃんと帰り道を一緒する事になる。
夕暮れの陽も陰り、夜の帳が落ちそうになっていた。
「うん、はやく寄宿舎に戻ろう」
「ですねぇ、でも部屋に戻ったら一人なので寂しいんですよね」
明璃ちゃんのリアン――つまりルームメイトはいない。
それは今後の展開に当然繋がって来るので、まあ、待っててくださいよ。
「あ、そう言えば柚稀ちゃんもリアンはいないんでしたよね?」
「……え、う、うん」
確かにあたしにリアンはいない。
なぜなら楪柚稀は悪女で嫌われの身だったからだ。
そんな事よりも、あたしはこの会話の流れに危機感を感じているのだけど……。
「それならわたしと柚稀ちゃんがリアンになればいいんじゃないですかっ?」
ぱあっと笑みを浮かべて、両手を叩く明璃ちゃん。
やっぱりね、悪い予感的中!
「いやいやいやいや……だめだめっ!」
「え、何でですかっ」
口を三角形にして抗議の意を示してくるが、それは絶対にダメだ。
それではヒロインとのストーリーを阻害する事になってしまう。
「あたし部屋では一人じゃないと落ち着かないんだよねっ」
「それが許される学院じゃないんですよね?」
それが悪女ゆえに許されたのが楪柚稀なのだ。
「でも、実際一人でオーケー出てるしっ」
「それは以前の柚稀ちゃんの評判があまり良くなくて、学院側が考慮してくれた結果なんですよね?」
「ま、まぁね……」
「でももう柚稀ちゃんの学院での評判は良くなっていますよね? 生徒会演説もして、生徒会長と副会長とも仲が良いんですから」
「……いやぁ、それは、どうかなぁ……」
あたしは苦し紛れすぎるシラを切る。
あたしの良かれと思ってやってきた行動がここに来て裏目に出ている……!
まさかリアンになるための理由にもなってしまうなんて……これがシナリオを逸脱する弊害なのかっ。
「わたし、忘れてませんよ?」
ぴたりと、明璃ちゃんがあたしに肩を寄せてくる。
ち、近い近い近い……! ていうか接触してるよっ。
「な、なにがっ」
「わたしのこと“もう離さない”って言ってくれましたよね……?」
それ、楪柚稀が言ったんだけどねー!
こんな発言しといてリアンにならないとか、おかしい人だもんね完全にっ。
「で、でもリアンになるには生徒会と学院の許可が必要だからっ、あたし達で勝手に決められないからっ!」
それでも、あたしは心を鬼にして断固拒否するっ。
「どっちも今の柚稀ちゃんなら大丈夫じゃないですかっ!?」
ごもっとも!
「分かりましたっ。それならわたしが申請しておきますからっ、それでもダメな理由があって許可が下りないのであれば、それは学院側の判断なんですから納得しますっ」
「……」
「いいですよね、柚稀ちゃん?」
未だかつて主人公の笑顔にこれほど迫力を感じた事があっただろうか……?
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