43 答え
「
あたしは放課後、
「あ、は、はいっ」
こちらから声を掛けてくるとは思わなかったのか、明璃ちゃんは弾かれたように顔を上げる。
「……」
するとジーッとルナからの視線が集中し、謎の圧力を掛けられているのだが。
あたしはジェスチャーで“これは大事な用件だ”と雰囲気も合わせて伝える。
「……」
ぷいっとルナにそっぽを向かれるが、理解してくれたのだろう。
それ以上の言及もなく、ルナは席を立っていた。
「場所変えよっか」
とは言ってもこんな所では積もる話も落ち着いて出来ない。
二人になれる場所を探す事にした。
ヴェリテ女学院の敷地は広い。
校舎を出ても広大な敷地が広がっているが管理は行き届いており、場所によってはベンチも据えられていたりする。
少女たちは思い思いの時間をここで過ごす事もあるそうだが、
ちょうど誰もいない場所を見つけて、あたしと明璃ちゃんは腰を下ろす。
「あの、体調はもう大丈夫なんですか……?」
明璃ちゃんは恐る恐ると言った様子であたしに問いかける。
「もうだいぶ治ったよ。それにさっきはごめん、あたし変になっちゃって」
「あ、いえいえ、大丈夫なら安心なのですが。楪さんがわたしとは“仲良くなれない”と言っていたので驚きはしましたけど……」
「……その事なんだけどさ」
それはもしかしたら彼女の誤解が生んだ悲劇なのかもしれない。
明璃ちゃんがヴェリテ女学院に至るまでの過程を知れば、楪柚希の意見が変わる可能性は残されている。
「やっぱりさ、あたしは小日向のことまだ深く知らないからさ。もっと知らないと、応えられないって思ったわけ」
「……なるほど、そういう事でしたか」
本当の友人関係であれば、こんなステップを踏む必要はないだろうけど。
楪柚希と小日向明璃は事情が少し異なる。
二人には仲を取り戻すきっかけが必要だった。
「小日向はこの学院に来るまでは、何をしていたの?」
「何と言われると困りますが……。一般的な共学の学校に通っていましたよ?」
「そこでの生活はどうだったの?」
「お恥ずかしながら……今とあまり変わらないですかね。一人で過ごす事がほとんどでした」
あれだけ人に好かれていた小日向明璃がどうして一人でいるようになってしまったのか。
きっとそこに理由がある。
「そこでも馴染めなかったの?」
「ええ……わたしは浮いてしまったんです」
「何かあったの?」
明璃ちゃんは頬をかきつつ、はにかんで見せるが、その表情はどこか後ろ暗さを感じさせる。
「いえ、どこにでもある話ですよ。違う環境に行けば誰だってよそ者になります、なのにわたしは空気を読まずに誰彼構わず仲良くしようとしてしまって。それが受け入れられなかったんですね」
口調は努めて明るくいつものように話す明璃ちゃんだが、その内容は彼女の雰囲気には似つかわしくない重いものだった。
「それに、わたしの両親は事業に失敗してしまいましたから。それが皆さんにも伝わっていたので“都落ち”なんて言われ方もされちゃいましたね……」
それは原作の楪柚稀が、転入初日の明璃ちゃんを揶揄する言葉でもある。
同じような出来事を以前から味わっていたんだ。
「ですから、転入初日は学院の雰囲気に飲まれてしまったと言いますか……。両親と理事長が知り合いという事も手伝ってわたしは入学できましたけど、皆さんのようなお嬢様とは程遠い生活でしたから」
「……」
不可抗力。
彼女にとって抗いようもない力が働いて、その環境に身を投じざるを得なくなってしまっただけ。
それを責める事が誰に出来るだろう。
ずきずきと胸が痛んでいるのは、楪柚稀のものだろうか。
「辛くはなかったの?」
思わずそう尋ねると、明璃ちゃんはぶんぶんと強く顔を左右に振った。
「全然そんな事ないですよ、事業に失敗したと言っても両親はわたしの事をちゃんと育ててくれていますから感謝しかありません。環境に馴染めなかったのもあたしのせいなんですから、反省はあっても辛いなんて事はありません」
そうして彼女は笑う。
その笑顔が小日向明璃。
他者の価値観に揺るがず、でも寛容で、前向き。
そんな小日向明璃を見て、楪柚稀はかつての憧れを汚されたと感じていたらしいが。
本当にそうだろうか?
楪柚稀は彼女のように、 価値観の異なる環境に身を置いた事があっただろうか。
理不尽に晒された事があっただろうか。
楪柚稀は、拒絶してきただけだ。
全てを受け入れてきた小日向明璃とは対照的。
どちらが人としての器が大きいかなんて、比べるべくもない。
だから、楪柚稀は小日向明璃を見誤ってしまったのだ。
「……ご、ごめんなさい」
唇が震えている。
それはあたしの意志ではなく、もう一人の
「知らなかった……あたしは明璃ちゃんがもう昔の明璃ちゃんじゃないと思っていたから……でも、間違っていたのはあたしの方だったんだ」
「……やっぱり、“ゆずゆず”なの?」
転入初日、明璃ちゃんは確かにあたしの事を一度その名で呼んだ。
原作では呼ばれなかったその名は、あまりに楪柚稀の素行が悪すぎて、明璃ちゃんですら人違いと思わせてしまったのだろう。
自分の行いの悪さが原因で名前を呼んでくれなかっただけなのに、それにも憤りを覚えていた楪柚稀は本当にどうしようもないヤツだとあたしは思う。
「あたしは明璃ちゃんが昔のように輝いていて欲しかった。そうじゃない明璃ちゃんを見たくないと思って……でもそれはあたしの間違いだった、明璃ちゃんはずっと昔から変わっていなかったのに……」
「あー……あはは、やっぱりわたし成長してないってことかなぁ?」
今度は楪柚稀が大きくかぶりを振る。
「ううん、明璃ちゃんはずっと素敵になってるよ」
「えへへ……そう言われると困っちゃうんだけど。そういうゆずゆずは変わったよねぇ、最初見た時に面影は感じたけど全然違う人にも見えたから」
それが楪柚稀の積み重ねた時間。
「でも嬉しいな」
それでも、明璃ちゃんは楪柚稀の手を取った。
「ゆずゆずは、わたしのこと覚えてくれてたんだね?」
その言葉に、楪柚稀の胸が震える。
応えるように手を重ねた。
「うん、ずっと……ずっと覚えてた。本当はこうして会えるのをずっと楽しみにしていたの」
「よかったぁ……また仲良く遊べるね」
ぎゅっと、その手を強く楪柚稀が握る。
「うん……だから、もう離さない……もう一人にはなりたくないっ」
それが楪柚稀の本音だったのだろうか。
一人置いて行かれたように感じていた楪柚稀は、ずっと拗ねていただけなのかもしれない。
どうしようもない現実を受け入れて、それでも笑い続けた小日向明璃。
どうしようもない現実を拒絶して、憎み続けてきた楪柚稀。
歩みの違い過ぎる二人が分かり合うには、やはり言葉が必要だったんだ。
「わたしはここにいるよ、ずっと一緒だから」
そうして、小日向明璃の腕の中に抱かれる。
素直にそれを受け入れた楪柚稀の体は、溶けていくように力を緩めた。
心を許した二人は、その止まっていた時計の針をようやく動かす事が出来たのだろうか。
◇◇◇
『……ありがとね』
楪柚稀の声が聞こえる。
彼女は照れ臭そうに頬を染め俯きながらも、視線はあたしに向けていた。
それは有り得るはずのない心象風景の世界だった。
『あんたのおかげで、明璃ちゃんとまた仲良くなれた……感謝してる』
「いや、ほんと不器用すぎだって。メンヘラ
『うるさいわねっ、あんたにあたしの何が分かるのよっ』
今度は打って変わって、あたしに牙を剥き出しにしてくる。
忙しいヤツだな、ほんとに……。
「分かるに決まってんじゃん、あんたはあたしなんだから」
『……まぁ、それもそうね』
納得いったのかバツが悪そうに視線を泳がせる柚稀。
まぁ、このまま終わるのも締まりが悪いな。
「どう、柚稀」
『……何が?』
怪訝そうに眉をひそめる柚稀。
「明璃ちゃんと仲直りできて、嬉しい?」
その問いに柚稀は一瞬だけ目を丸くさせるが、すぐに口元を緩めた。
『……ええ、今までで一番幸せ』
そう言って花を咲かせるように笑う楪柚稀を、あたしは初めて見た気がした。
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