41 かつての二人
「……あ、
そこにいたのは幼い頃の
彼女は反応を伺うように、たどたどしく目の前の少女に話しかける。
「ありがとう、ゆずゆずも素敵な髪型だね」
そう答えるのは、同じく幼い頃の
柚希の褒め言葉を素直に受け取り、明璃も真っ直ぐに言葉を返す。
その関係性に不和はなかった。
いずれ仲を違うとは思えない、二人の在り方。
「そ、そうかな……い、一応手入れはしてるんだけど」
「そうなんだ、何してるの?」
「え、えっと……」
明璃の問いに、柚希はモジモジと恥ずかしそうに言葉を濁す。
純粋な興味と羞恥心。
彼女たちは心のままに自分を表現していた。
「あ、明璃ちゃん、こんな所にいたー」
そこに割って入るように、別の女の子が明璃に声をかける。
「あれ、どうしたの?」
「明璃ちゃんを探してたのー、いっしょに遊ぼー」
女の子たちは集団で、明璃を遊びに誘うのだった。
それを明璃は困ったように笑いながら柚希に視線を送る。
「それなら、ゆずゆずも一緒に入れてあげて?」
「ゆずゆず? 誰それ」
「ほら、すぐそこにいるよ」
明璃が柚希を指差して、皆の視線が集まる。
けれど、柚希はその視線に耐えかねて顔を伏せてしまう。
「あー、
少し肩透かしを食らったかのような、招かれざる客のような、そんな空気。
誰もが分かる歓迎されていない雰囲気に、柚希は足をすくめてしまう。
「あ、あたしは、いい、かな……」
その中に飛び込んで行けるほど、当時の柚希は強くなかった。
引っ込み思案で自分を表現出来なかった幼い彼女は、周囲に馴染めなかったのだ。
そんな彼女に出来たのは周りの空気を読んで、一人でいる事だった。
「だってさー、本人が拒否してるんだから残念だけど仕方ないよねー」
軽快なトーンと嬉々とした口調。
喜んでいるようにしか思えない相手の反応に、柚希は胸の痛みを覚える。
自分の行動が正解だと思ったのと同時に、自分が求められていない事実を突きつけられるのは苦しかった。
「だからほら、明璃ちゃん行こ」
そして、明璃は誰からも好かれる中心的人物だった。
常に周囲から求められる明璃が、柚希には眩しくて仕方なかった。
「うーん、ごめんね。わたしはゆずゆずと先に約束しちゃったから、また今度にするね?」
「……えー?」
打って変わって本当に納得のいかない残念そうな声を上げるクラスメイト。
同様に柚希もまた、明璃の発言に困惑した。
「ほら、行こ?」
「あ、うん……」
明璃に手を引かれ、二人はその場を駆け出した。
遠く離れた公園に着いた二人は、ベンチに座る。
弾む鼓動に胸を抑えながら柚稀は尋ねた。
「明璃ちゃん、良かったの?」
「何が?」
「皆と遊ばなくて」
「ゆずゆずと遊んでるよ?」
「あたしと遊んでも良い事ないんじゃ……」
他人との関りを上手くとれない楪柚稀と一緒にいても周りから浮くだけではないか、と柚稀は心配していた。
「関係ないよ、友達と遊んでるんだから」
屈託のない笑顔を明璃は浮かべる。
「友達……」
その聴き馴染みのない言葉を面と向かって言われて、柚稀は照れくさそうに俯く。
「あれ、ちがった?」
「う、ううん……友達になれたら嬉しいな」
「もう友達だよ」
「う、うんっ」
楪柚稀を唯一認めてくれたのが、小日向明璃だった。
誰よりも明るく素直で人の輪の中にいる明璃が、その外にいた柚稀を求めてくれたのは彼女にとって大きな喜びだった。
幼い頃の楪柚稀にとって、小日向明璃は自分が欲しくても持てない物を全て持っている尊敬の対象だったのだから。
だが、そんな二人の時間は長くは続かなかった。
「え……明璃ちゃん、転校しちゃうの?」
「うん、両親の都合でそうなっちゃった」
「そんな……」
柚稀にとって、それは何よりも辛い別れだった。
しかし、子供である彼女達にとってその別れを回避する術はない。
悲しみに暮れる柚稀を、明璃は笑顔で励ます。
「またいつかきっと会えるよ」
「……そうだよね……悲しいけど、その時を楽しみにしてるね」
「ありがとう、ゆずゆず」
「……うん」
奇しくも、その別れが楪柚稀を変えるきっかけにもなった。
「あはは、見てよ。また一人になっちゃった楪さん?」
「ほんとだー、かわいそう」
「……」
かつて明璃を遊びに誘った女の子たちは、明璃を失った柚稀をあざ笑うようになった。
「明璃ちゃんにちょっと気に入られたからって調子に乗ってたよね?」
「ほんとほんと、あなた一人じゃ誰も見向きもしないのに」
それは少女たちの一方的な押し付けだった。
柚稀は、明璃と一緒にいた時間を楽しんでいただけに過ぎない。
けれど少女たちから見れば、かつて一人で佇んでいた少女が明璃と一緒にいるのは妬みの対象だった。
「明璃ちゃんも、あなたが嫌で転校したのかもよ?」
「うわ、それほんと?」
「……」
いつもの柚稀なら、また俯いて黙ってやり過ごした事だろう。
だが、その時の柚稀の決断は過去の自分を否定するものだった。
「……うるさいのよ」
「「え?」」
「あんた達の下らない妄想に、あたしを付き合わせないでくれる?」
「「……」」
「どっか行きなさいよ、気安く話しかけないで」
態度を一変させた柚稀に、少女たちは面を食らってしまう。
「な、なによ。やっぱり調子に乗ってるじゃない、行こう」
「う、うん……」
それが楪柚稀の決断。
彼女はやはり人と向き合う事に関しては不器用だったけれど、それでも自分を偽る事をやめた。
あるいは楪柚稀を孤独にした周囲の環境が彼女を攻撃的な人物に変えてしまったのかもしれないが。
それでも決断するに至ったのは、明璃という存在がもたらしたものだった。
「明璃ちゃん……」
楪柚稀はその憧れを胸に抱き、それだけを信じて強くあろうと突き進んだ。
◇◇◇
数年後、彼女達はヴェリテ女学院で再開を果たす。
「こ……小日向明璃と言います。よろしくお願い致します」
教室の壇上で転入生として現れたのは、かつての輪の中心にいた小日向明璃ではなかった。
「……え、嘘でしょ」
少なくとも楪柚稀にはそう映った。
背を丸め緊張している面持ちでたどたどしく話すその姿は、柚稀にとっての明璃ではなかった。
思わず嘘と否定したくなるほど、柚稀にとっての理想が崩れる瞬間だった。
そうして、明璃は柚稀の隣の席に座る事になる。
「あ、あの小日向明璃です……よろしくお願いします」
「……っ!!」
再開を果たした明璃は、柚稀を“ゆずゆず”と認識していなかった。
そこにいたのは、かつて自分を救ってくれた小日向明璃ではなかったのだ。
周りの視線と自分の立ち位置ばかりを気にしている、かつての楪柚稀を想起させるような人物像。
憧れだった人が、最も認め難い過去の自分と同じような人間になっている。
その事実が、柚稀にとっては何よりも耐え難かった。
「は? 誰あんた?」
「……え、あの、こ、こひなた……」
「知らないわね、そんなヤツ」
楪柚稀は、変わってしまった小日向明璃を認められなかった。
そうして彼女の心は物語が進むにつれ“失望”と“憎悪”に支配され、悪女の道へと進んで行く事となる。
根底にあったのは小日向明璃に対する憧れであり尊敬であったはずなのに。
彼女は最後まで自分の感情を、誤った方法でしか表現するしか出来なかった。
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