40 心の奥にあったもの
「ぐぬぬ……ルナがあそこまで無関心だったなんて」
でも、あの調子では無理強いをしたら逆効果になってしまう気もする。
無理は禁物。
「それにこれだけで諦めるわけにもいかない」
当然だが、フルリスは百合ゲーなのでマルチエンディング。
各ヒロインの専用ルートが用意されている。
今はひとまず意識を切り替えて、他のヒロインさんにアプローチを掛けてみるしかないよね。
「ともあれ、あたしだけで行っても駄目だ……」
あたしの失敗は一人で話を進めてしまった事だろう。
やっぱりこういうのは本人がいないと、相談する側もされる側も説得力が変わって来る。
というわけで、あたしは
「……あ、いたいた」
食堂の隅に一人ぽつんと座っている明璃ちゃんを発見する。
ヴェリテ女学院はカーストを表にこそ出さないが、確実に上下関係を意識して暮らしている生徒がほとんどだ。
そのコミュティは強固に形成されていて、そこに入るのも出るのも至難の業。
転入生である明璃ちゃんがアウェイになるのは必然だった。
でも本来の明璃ちゃんなら、ヒロインと一緒にいる事がほとんどだったんだよなぁ。
……ああ、これもあたしのせいだと思うと罪悪感が。
心のモヤモヤを振り払うように歩き出す。
良くも悪くも最近の
「ここ、席いい?」
「えっ……あ、は、はいっ!」
慌てる明璃ちゃんの反応をよそに、あたしは対面の席に座る。
「め、珍しいですね。
ゆ、柚稀ちゃんて……。
そ、そうだったな……。
この子、あたしのこと名前で呼ぶようになったんだ……。
違和感はあるけど、気にしないようにしないと。
「うん、ちょっと
「わっ、そうだったんですかっ」
ぱっと顔を明るくする明璃ちゃん。
反応が良すぎて、こっちにまでハッピーオーラが押し寄せてくる。
「柚稀ちゃんも何か食べます? ご飯まだですよね?」
「え、ええ……まぁ……そうしようかな」
いつもは一人遅くに来ているのだが、確かにこのタイミングであれば一緒に食べる方があたしとしても楽だ。
「そうですよねっ、それじゃ行きましょうっ」
「え、あのっ、ちょっ」
明璃ちゃんがあたしの手を引いて立ち上がる。
受付の方にメニューを伝えればいいだけなのだが、何がどうして一緒に行く必要があるのだろう。
「さあ、どうぞ」
「あ、うん……」
よく分からないが明璃ちゃんは嬉しそうにあたしに注文を促す。
何がそんなに笑顔にさせるのかは分からないが、来たからには注文をしないといけない。
「えっと、このAセットを一つ……」
「はい、かしこまりました」
後は担当の方が運んできてくれるので席に戻る。
「えへへ、初めて柚希ちゃんとご飯をご一緒出来ますね」
席に座ると明璃ちゃんが声を弾ませる。
「それでそんなに笑ってるの?」
「はい、嬉しいですからっ」
……いい子すぎる。
後光が差している錯覚すら覚える。
この純粋無垢な明るさにヒロインはやられるんだな。
とは言え、今はそのオーラをあたしに向けても仕方がない。
「ご飯の時は普段、一人なんだ?」
「ええ……まだ学院に馴染めているとは言えないので、わたしですから仕方ないんでけどね」
しょぼんとうなだれる明璃ちゃん。
ご、ごめんね……。
間接的にそれはあたしのせいでもあるので、罪悪感が心を締め付ける。
「そうだよね、一人は寂しいよね」
「え、あ、はい」
だから、そんな明璃ちゃんにあたしはヒロインとの結びつきを作らないと行けない。
「だからね、あたしは小日向が一人にならないように手伝いたいと思っているの」
「……ゆ、柚稀ちゃんっ」
感動しているのか、瞳がうるうると涙ぐんでいるようにも見える……。
あの、これマッチポンプだから、そこまで喜ばれるのも心臓に悪いんだよね……。
「ありがとうございますっ、わたしは柚稀ちゃんがいればもう寂しくありませんっ!」
「わ、ちょっ、ちょっとっ」
テーブルの上に体を乗り出して、あたしの手を両手で握ってくる明璃ちゃん。
「ちょっと小日向、ここ食堂っ。はしたないから、怒られるっ」
「あ、すっ、すみません……」
指摘してようやく着席する。
まさかそこまで感情を高ぶらせるとは……。
「ていうか、あたしじゃなくてね。他の人を紹介しようと思うの、それなら寂しくないでしょ?」
「え……どうしてそうなるんですか?」
「ど、どうしてって……だから友達が増えればそれだけ寂しく思う機会は減るわけで……」
「でもわたしは柚稀ちゃんがいれば大丈夫ですよ?」
「……なんでそうなるっ」
「逆にどうして柚稀ちゃんがそんな事するんですか? わざわざそんな事しなくても柚稀ちゃんがお友達になってくれれば十分じゃないですかっ」
ああーっ。
ルナにも同じこと言われてたなぁっー。
あたしの戻したい方向性をあたしが邪魔しているっ。
でも、それはあたしの行動が起こした結果であって……あたしのゲシュタルト崩壊!
だ、だが、諦めるわけにはいかない……小日向明璃……君はヒロインと結ばれなければならないんだっ。
「あたしの話は一旦置いといてだね……」
「置いときません」
「……ま、まずはあたしの話を聞いてだね」
「いえ、柚稀ちゃんはわたしの話を聞くべきです」
「……なんで?」
「前から思っていたんですけど、柚稀ちゃんって変ですよね?」
「……まぁ、変だろうね。元素行不良娘だから」
悪女からモブを目指し、今は恋のキューピッドを目指している。
うん、変だね。
「はぐらかさないで下さい。柚稀ちゃんは人と関わっているはずなのに、どこか近づかないようにもしています、それって矛盾しています」
「む、矛盾……?」
「ええ、そうです。
前者は楪柚稀の追放ルート回避のためにとった行動であって、後者はこれ以上物語に関わろうとしない為の動きなんだけど……。
それが変と呼ばれれば、そうなのかもしれないが……。
「ですからっ、わたしにはそんな変な事をする必要はありませんっ。普通に仲良くなって、仲を深めていきましょうっ!」
「え、えっと……」
い、いいのか……?
あたしは普通に皆と仲良くなっていいのか……?
そんな葛藤の中に、少なくともヒロインではなく主人公である明璃ちゃんとは仲良くなっても問題ないじゃないかという気持ちが大きくなってくる。
そもそも、ここまで言ってくれてるのに断る方が失礼って言うか……。
「じゃあ……小日向とは――」
――仲良くしよう、と言いかけて。
「いたっ……」
頭の奥がバチリと火花が散ったような痛覚が走る。
同時に大量のイメージが脳内を駆け巡っていく。
「だ、大丈夫ですか、柚稀ちゃんっ」
心配して手を差し伸べてくれた明璃ちゃんの手を、あたしはするりと躱していた。
「だ、ダメだ……」
「え?」
「あたしは小日向と仲良くなれない……」
楪柚稀、彼女の深淵に触れたあたしはその暗い感情を拭い去る事が出来なかった。
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