30 ヒロインはあちらですけど


「ねえ、ちょっともういいんじゃない……!?」


 明璃あかりちゃんに手を引かれ生徒会室を飛び出したが、その勢いのまま廊下を歩き続けていた。

 もうここには誰もいないのだから止まっていいと思うんだけどっ。


「あ、すいません」


 ぴたりと足を止める明璃ちゃん。

 あたしもようやく休む事が出来た。


「ど、どうしたのいきなり。あんないきなり生徒会室を出たりして……」


 羽金はがね先輩の行動には驚いたが、その反応としては過剰のような気もする。

 何が明璃ちゃんをそうさせたのだろう。


「あんなの黙ってられないじゃないですか」


 ぷくりと頬を膨らませて恨めしそうな目で訴えかけてくる明璃ちゃん。

 その反応にあたしはぴんと閃いたものがあった。


「もしかして……嫉妬?」


「え、あ、いや、その……!」


 この反応間違いない。


「なるほどね、急にあたしに近づいてきた羽金先輩に嫉妬したんだね?」


「……」


 ふふ、図星で何も言えなくなったな。

 そりゃそうだ。

 ヒロインが目の前で悪女と接近しているのだ、主人公として気持ちがいいはずがない。


「でもアレは羽金先輩の悪戯だと思うから、あまり気にしなくていいよ」


 これは責任者を行っていたあたしとの関係値があったゆえに起きた出来事だろう。

 そんな目くじらを立てるようなものではないはずだ。


「……ゆずりはさんって、意地悪ですよね」


「え、どこがっ」


「無自覚も時には罪だと思うんです」


「え、小日向こひなたがそれ言うの……?」


 彼女こそ無自覚系主人公としてヒロインを手玉にとってきた人物だと言うのに。

 しかし、当の本人は何の事か分からないようであたしにジト目を向け続けている。

 まあ、これで気付けるようなら無自覚系主人公とは呼ばれないのだから当然なんだけど……。


「ま、まぁ……それはいいとして。羽金先輩と話してみてどうだった?」


 ヒロインとの出会いの感想を聞かせてちょうだい。


「最悪でしたっ」


「な、なんで……!?」


「理由を言わないと分かりませんか?」


「だって“可愛い”まで言われたんだよ? あの羽金先輩にだよ、良かったじゃんっ」


 君はそろそろヒロインとの親睦を深めるべきだ。

 あたしがしっかり軌道修正したのだから、その路線に乗って欲しい。


「誰に言われても嬉しいわけじゃありません」


 ヒロイン以上に言われて嬉しい人なんていないでしょぉ……。

 どうしてしまったんだこの子は一体。


「じゃあ誰に言われたら嬉しいのさ」


 可愛いと言われて嬉しい人とそうじゃない人がいるなんて。

 なんて贅沢な悩みなのだ。

 誰なら合格なのか言ってみなさい。


「例えば、その……楪さん、とか?」


「……ん?」


「いえ、ですから、楪さんに言われたら喜びますけどねぇ……?」


「……ほう」

 

 目線を泳がせながら、どこか頬を染めながら、唇を突き出してモゴモゴ言っている。

 この反応は間違いない、照れている。

 本音を言っている雰囲気がビンビンに出ている。

 羽金先輩は嬉しくないのに、あたしには嬉しいと言う。

 これは今、何が起きているのか……?


「小日向よ」


 ガシッと両肩を掴むと、ビクンと跳ねる。

 その反応も過剰に見えなくもない。


「な、なんですか?」


「攻める相手を間違えちゃいけないよ……?」


 これは推測だけど。

 ゆずりは柚稀ゆずきは今、明璃ちゃんの中で悪女ポジションを脱却し、ヒロインに昇格してしまっている可能性がある。

 なんせあたしは追放ルートを逃れるために、各ヒロインには嫌われないように、学園の生徒からも嫌われないように配慮してきた。

 生徒会選挙を経て、楪柚稀に対するヘイトはかなり落ち着いたように思う。

 となればだ、この楪柚稀というキャラクターがどういう扱いになるのかは不明瞭になる。

 ヒロインとの関係性が乏しくなっている明璃ちゃんが、あたしをヒロインと勘違いして接近してきてしまう可能性は大いに考えられる。


「そういう楪さんこそっ!」


 ガシッと今度は明璃ちゃんにあたしの肩を掴まれる。

 お互いに肩を掴み合う、変な構図になっていた。


「楪さんはどうなりたいんですかっ、色々な人と仲良くして何が目的なんですかっ」


「あたしの目的……?」


 そんなのは当初から決まっている。

 主人公と各ヒロインに嫌われず追放ルートを回避する。

 そして、この目でフルリスの百合を見届ける事だ。

 これを明璃ちゃんに分かるように伝えるなら。


「程々の関係?」

 

 これ以上、言いようがないなっ。


「……他に深い感情はないって事ですか?」


「ないよ」


 ヒロインとしての好感度はあるけども、あたし個人での対人関係としてはこれ以上は求めてないっ。


「じゃ、じゃあ……わたしの事はどう思ってますか……?」


「応援してるよ、頑張って」


 だから早くヒロインと親密になってくれないかなっ。

 あたしがこの物語に望むのはそれだけだよっ。


「応援してくれるんですねっ、ありがとうございますっ」


 ぐっと肩を掴まれている力が強まる。

 なんか、距離も近づいて来てる気がするんだけど……?

 明璃ちゃん、どういうつもりかな?


「そ、そろそろ……離してくれない? 距離も近いし……」


「ではまず名前呼びから始めましょうっ」


「……ん?」


「そろそろ、お互いに名前呼びでいいと思うんですよねっ」


 “小日向”と“楪さん”

 これは作中統一された二人の呼び方だ、変更はない。


「さあ、ちゃん……わたしの名前呼んでくださいっ」


「……いやいや」


 なにしれっと名前で呼んでるのっ。

 ヒロインと仲良くなって欲しいのにどうしてわたしとばっかり距離を詰めようとしてくるのかなっ。

 その行動力をヒロインに発揮して頂きたいっ。


「さあ、言ってください……」


「離せ、ぁ……」


「まだそんな抵抗しますかっ」


 いくらあたしが心の中で“明璃ちゃん”呼びであろうと、彼女があたしと仲良くなる必要はない。

 君はあくまで主人公なのだから、ヒロインと仲良くしてちょうだいっ。


「言わないと、力づくで抱き着きますよ」


「なんの脅しそれっ」


 よく分かんないけど、とりあえずよくないっ。

 そういうのはヒロインとして下さいっ。

 くそおお、どうしたら、どうすれば……。


「今更……もう遅いっ、明璃ちゃんが自分勝手にあたしを置いて行ったから、結局一人になっちゃったんでしょ! ……って、え?」


「……え、柚希……ちゃん?」


 テンパったせいか、よく分からない発言が飛び出した。

 そのせいで明璃ちゃん呼びにもなってしまっていた。

 その事に驚いたのか、明璃ちゃん本人も呆然としてしまっている。


「え、えへへ、な、なんちゃってー? それじゃね、小日向ー?」


「あ、ちょっと……」


 するりと明璃ちゃんの腕から抜け出して、あたしは敵前逃亡を図る。

 唖然としている明璃ちゃんは何か言いかけたものの、追いかけて来ようとはしなかった。

 あたしはあたしで咄嗟に出た言葉に違和感を抱きつつも、ひとまず難を逃れた事に一安心するのだった。

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