17 余波


 いやぁ……しかし、金髪の少女 羽金はがねうららがここで現れるとは。

 原作では生徒会選挙に初登場するため、ここで遭遇するとは予想していなかった。

 これも楪柚稀あたしが責任者をやった影響なのかな。

 考えても答えは出ない。


「……何よ、随分上からの物言いね羽金麗」


 羽金先輩がその姿を消すと、千冬ちふゆさんは真っ先に不満を口にするのだった。

 物騒すぎる。


「ちょっ、千冬さん。まずいって」


「何がマズいのよ」


「とりあえず敬称を忘れてるよ? ここヴェリテ女学院」


「貴女にだけは言われたくないね」


 確かに。

 じゃなくて。


「羽金先輩はあたしたちのこと応援してくれてたじゃん」


「それが、貴女は悔しいと感じないの……?」


「え……?」


 歯がゆそうにしている千冬さんだが、何か悔しがるような要素があっただろうか。

 思い当たる節はない。


「“応援”なんてものはね相手を下に見なきゃ出来ない行為なのよ」


「いや、実際に下ですやん……」


 年齢、実績、実力、カリスマ性……言い出したらキリないと思うんだけど。

 あ、いや、だからと言ってヒロインとしての魅力に優劣はつけてないけどね?

 ヒロイン力は別物だから。


「少なくとも今現在は同じ立候補者、横並びなのだから上からの物言いは許されないわ」


「いや、上級生だし」


「上級生としての振る舞いとしては尊大すぎるわ」


 分かるような……分からないような……。

 でもあの方も別次元のお人ですし。


「とりあえず千冬さんのプライドが異常に高い事は分かったかな?」


 とにかくこの子は負けず嫌いなのだ。

 原作では生徒会長に羽金麗、副会長に涼風千冬が当選。

 その後も当然なんやかんやあるわけだけど……まさかこの段階から敵意剝き出しとは。


「……ふん。どうせ私が下らない事にこだわっていると思っているのでしょう?」


「いやいや、それが千冬さんの魅力じゃん?」


 クールで知的なのに、胸の奥底には燃え滾る情熱と意地が隠されている。

 そんなギャップが貴女の魅力じゃないんですか。

 これが分からんようではフルリスのファンとは言えないね。


「……貴女は、時々当たり前のように誉め言葉を使ってくるから反応に困るわ」


 その言葉の通り、どこか毒気を抜かれた様子の千冬さん。

 うーむ。

 悪女としての楪柚稀と、フルリスファンのあたしとのキャラがあっち行ったりこっち行ったりするせいかな。

 でも、そこの塩梅って難しい。

 好きな物は好きなのだから仕方ない。

 ちなみにあたしは箱推しなのであしからず。


「あたしは真実しか言わないぜ」


「そういうのが軽薄でうすら寒いのだけれど」


 ふふん、そういう罵倒ですらご褒美だと言う事に気付いていないな?

 フルリスファンを調教してきた千冬さん本人が、そんな事も知るはずもないのだが。




        ◇◇◇




 翌日の事である。


「くすくす」


「あれ、あの人よ」


 朝、教室に向かおうと廊下を歩いていると、何やら人とすれ違う度にコソコソと噂されていた。

 今までは遠ざけられたり、道が勝手に空いたりなんて事は日常茶飯時だったけど。

 こんなに奇異な目で見られたり、笑われたりする事はなかった。


「……うん、困ったな」


 思っていたよりメンタルに来るぞ……これ。

 街頭演説はその場のテンションでどうにでもなれ精神だったけど、平常時にずっとこれは辛い。

 あたしは早足で教室へと向かうのだった。







「ご、ごきげんようです……ゆずりはさん」


 席に着くと、隣の明璃あかりちゃんが朝の挨拶をしてくれる。

 ええ子や。


「ごきげんよう、小日向こひなたさん」


「ええっ!?」


「あら、どうなさいました?」


「なんか、楪さんが普通に挨拶を返してくれてますしっ。しかも“さん”付けで呼んでくれてますっ!」


 ごめんなさい……今まで素っ気ない反応しかしてこなかったあたしを許して欲しい。

 あたしは今、懺悔をします。


「小鳥のさえずりのように朗らかに挨拶してくれる人って、大切ですよね……」


 こんな大事な事に気付かないだなんて。

 今まで主人公がどうとかヒロインがどうとか、そんな事ばかり気にしていた。

 そのせいで、本当に一番大切な事を見失っていた気がする。

 あたしと関わってくれる人、そんな身近な人たちを大事にすべきだったのだ。


「ま、マリーローズさん……ゆ、楪さんがおかしくなってます……」


 すると明璃ちゃんが前の席のルナの肩を掴んで揺さぶっていた。

 さすが主人公と言うべきか、仲もそんなに深まっていなさそうなのにいきなり触れたり出来るのはすごいと思う。


「ユズキがおかしいって、なに……?」


 若干、鬱陶しそうにしつつも振り返るルナ。

 あたしの方を見て小首を傾げる。


「ごきげんようルナ、今朝もいい天気ね」


 こうしてあたしの事を遠巻きに見ないで、噂話もしないで、真っすぐ見てくれる。

 これだけで何と素晴らしい事か。

 あたしには感謝が足りないのだ、感謝が。


「ご、ごきげんようユズキ……。どうしたの、いつもより丁寧な挨拶?」


「ええ、昨日はあたしの事を心配してくれたでしょ? そんな人との挨拶を邪険に扱う事は出来ないわ」


「……えっと」


 ルナは目をぱちくりとさせて言葉を詰まらせていた。

 朝って話すのも億劫な時ってあるしね。

 あたしが余計な気を使わせ過ぎたのかもしれない。


「コヒナタ……ルナの頬をつねって」


「え、ええ!? どうしてそうなるんですかっ」


 すると今度はルナが明璃ちゃんに話しかけていた。

 仲睦まじいって素敵だねっ!


「これは夢……ユズキがあんな優しげに話しかけてくるなんて」


「そ、それは失礼ですよっ。楪さんは優しいですよっ」


「そうだけど、態度は別。そのギャップがいいんだけど」


「た、確かに、そうですね……。わたしも違和感は感じましたし……」


 そして、ルナと明璃ちゃんはお互いの頬を触り合っこしていた。

 いいね、肌を触れ合うくらい仲って素晴らしいねっ。

 百合だねっ。


「い、痛い……現実」


「で、ですね……ってことは楪さんが不思議な状態になっているんですね」


 二人の触り合っこは終わったようで、お互いに頬をさすっていた。

 何してるのかな?


「ゆ、ユズキ……やっぱりツラい事があったんじゃない?」


「昨日は気丈に振る舞ってましたけど、本当は精神的に参っているんじゃないですか?」


 すると今度は二人があたしに語り掛けてくる。

 ツラいこと、精神的に参っているか……。

 そうだね。

 きっとそうなのだろう。

 朝の出来事であたしの心の平穏が乱されたのかもしれない。

 我ながら、千冬ちふゆさんの応援すると誓ったばかりなのに情けない。


「大丈夫、あたしが弱いのがいけないだけだから……もっと強くならないと」


「うん、やっぱりユズキ壊れてる」


「ですね、これは緊急事態です」


 うん?

 二人ともあたしの話を聞いてくれてるかな?

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