04 除け者同士


 休み時間。


「ダメだ、とにかく離れないと」


 廊下に出て、あたしは主人公とヒロインから距離を取る。

 事もあろうに、明璃ちゃんとルナは対抗心を燃やし始めていた。

 笑えない、全然笑えない状況だ。

 咲くはずの百合が、あたしが原因で燃えているだなんて。

 そんな事が許されるはずがない。


「誰から離れるの?」


「え」


 振り返ると、白銀の髪をなびかせたアイスブルーの瞳を持つ美少女が立っていた。

 身長差がありすぎて、あたしが見下ろされている。


「なんでいるのかなっ!?」


 ルナ・マリーローズがあたしの背後を取っていたのだ。

 何が目的だっ。


「離れたいと願っているのに近づいてしまう……これって運命?」


 ルナは、ぽっと朱に染まった頬を指先で撫でる。

 やめて、そういう仕草は妖艶で魅力度マックスだから。

 見惚れちゃうじゃないっ。


「あたしのこと尾行してたんでしょ」


「そんな事しない」


「じゃあ何であたしの後ろにいるのよ」


「ユズキがルナの前にいたんだね」


 ぐぬぬ……。

 全く物怖じせずに言葉遊びで言い返してくるこの胆力。

 さすがヒロインと感心するべきか、厄介と警戒するべきか。

 判断に困る。


「とにかく、あたしはと一緒にいたくないの」


「また名前で呼んでくれたね」


「話を聞けっ!?」


「ルナ感激」


「簡単に喜ぶね!?」


 あれれ、フルリスのキャラクターたちってこんなに会話成立しない子ばかりだった?

 物語の中心人物はこれだけ個性に溢れているものだったろうか。


「あたしはあんたと絡む気はないの」


「どうして?」


「どうしてって……」


 主人公とヒロインの百合のお邪魔虫になりたくないし。

 万が一に破滅エンドに向かうような展開になるのも避けたい。

 ルナと近づく事は、百害あって一利なしなのだ。


 とは言え、そんな事を面と向かって言える訳もなく……。


「英国生まれで首席のお嬢様に隣にいられると、あたしのキャラが薄まるのよ」


 ヴェリテ女学院は、品行方正な令嬢が多く集う。

 それは入学に際する敷居の高さや、名家の子女ゆえの教育指導の徹底ぶりに起因しているものが大きい。


 とは言え、そこに人間が集まる限りヒエラルキーは存在する。

 少女たちには、必ずその背後にある家の大きさが透けて見えているのだ。


 そこに国外の規格外なイレギュラーが参入するとどうなるか?

 過ぎた力は抱えるよりも、放出する方が時に楽なもの。

 ルナ・マリーローズは悲しくもそういった存在だった。


 あたしもそんなモブの意見に同調する事にしたのだ。


「ふふ、ジョークは苦手なんだねユズキ」


「え、冗談なんて言ってないけど」


「そんなフェイクに引っかかるほど、ルナは馬鹿じゃない」


「は、はぁ?」


 あたしはモブ女子ムーブしかしていない。

 ルナにそれを否定するような材料はないはずだが。


「ユズキはそんな世間体、小さな事を気にするような人じゃない」


「な、なんで分かるのよっ」


「“転入生のコヒナタは没落した家、お情けで編入できた半端者”……それが共通認識」


 それは主人公である小日向明璃こひなたあかりの学院でのポジションである。

 あれ? だがルナは今はまだ孤独で寂しさに飢えている少女のはず。

 クラスメイトの情報を得る状況にないはずだが……。


「なんでそんな事知ってるのよ」


「周囲に耳を傾けていたら自然と聞こえてくる。ルナ、話す人いないから」


「ぐふっ」


 さらっと自分から孤独アピールしないで欲しい。

 不憫な扱いのルナに涙が浮かびそうに……。


「だから、そんなコヒナタが困っているのを助けようとしたユズキは他の人とは違う」


「……」


 ぐ、ぐぬぬ。

 困った、予想外にルナは周囲の情報をキャッチして状況を正しく整理出来ている。

 勉強だけの秀才ではなく、処世術に対する柔軟性もあったのだ。 


「あ、あんたに面倒ごとを押し付けたかっただけよっ」


「それを口実にルナと仲良くなりたかったんだよね?」


「どうしてそこで急に知能指数が低くなるのかなっ!?」


 あたしとルナの話になった途端、論理が消滅。

 ルナの願望だけが前面に出てくる。

 どうなってんだっ。


「……あんたと転入生、け者同士で慰め合っていたらいいのよ」


 どうだ。

 明璃ちゃんもルナも、学院のはぐれ者として憐れまれている。

 そんな事を面と向かって言われて良い気持ちにはならないだろう。


「うん、そうだね仲間だね」


「うええっ!?」


 ルナがまた更に一歩近づいてあたしの手を両手で包んだ。

 ていうか、近い近い近い……!?

 すんごい甘い香りもするんだけど……!?


「ていうか、なんであたし!? 転入生とあんたの話をしてんだけどっ!?」


「“除け者同士”……それってユズキもそうだもんね?」


「……え」


「ユズキは尊大な態度のせいで学院のクラスメイトから遠ざけられている“除け者”」


「……あぁ~」


 まずい、あたしはルナ・マリーローズを甘く見過ぎていたのかもしれない。

 この子は他者などおらずとも、ちゃんと周囲の状況を理解出来ているのだ。

 

「そ、そんなあたしと手を取り合う必要はないんじゃない?」


「ううん。きっとユズキもこの学院に馴染めないから、偉そうにする事で自分を強く見せるしかなかったんだよね?」


 うおおおお。

 しかも“楪柚希”に対する解像度はあたしよりも高ええぇえ。

 あたしは楪柚稀をただの舞台装置としてのお邪魔虫としか思ってなかったよっ。

 この子の背景とか考えた事なかったよっ。


「同じ、“除け者同士”……だね?」


 ニコッと小首を傾げながらあたしに微笑みかけるルナ。


 やめてぇえええええぇえっ。

 そんな可憐な笑顔をあたしに向けないでぇええええ。

 尊すぎるでしょぉぉおおおおっ。


 “除け者同士”


 こんなネガティブな言葉を肯定的に使ってくれるヒロインいらっしゃる?

 おりませんわよねぇっ!!


 これがフルリスの良さなのっ。

 ただのお花畑じゃない、現実の非情さと少女の可憐さが合わさるから百合は花開くのよ。

 ただ、それはあたしじゃないのっ。主人公とヒロインとの間で咲かせてほしいのっ。


「その仲間意識を、転入生に向けてあげてっ!」


「そうやってユズキは他人に気を配る……やっぱり優しいんだね」


 一番重要な所で話が通じないいぃぃぃっ。


「もういい、とりあえず手を離してっ」


 こっちの心臓がもたないからねっ。


「スキンシップは親愛の証」


「そっちの一方的なスキンシップだけどねっ!?」


 どうしよう、成績優秀で柔軟性もあるはずなのに、あたしとの会話は成立しない。

 あるいはこれも計算のうち?

 もうスケールが大きすぎてあたしじゃ読めないっ。

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