煙草とタバコ
金星タヌキ
第1話 煙草
少し重いガラス扉を グッと 押し開け
1時間半ほどの 高速運転中は 身重の妻を気遣って 車内では火を点けることはしなかった。
某県 北部のサービスエリア。
8月の朝10時半。
緑の樹々に囲まれているとはいえ アスファルトの照り返しは ジリジリとパーキングに停められた乗用車やトラックを 灼き上げ 鳴り響く蝉の声は 高速道を走る車の排気音を掻き消さんばかりの勢い。
昔に比べれば ずいぶん喫煙者も減った。
さして 広くもない喫煙スペースには 先客が1人だけ。
微かな靄のように漂う紫雲は その若者のものらしい。
ガラス張りのスペースの周りを囲むように取り付けられた手すりを背もたれ代わりにして立つ 長身黒服の若者の右手には 半分ほどの長さになった紙タバコ。
そして 左手には セブンスターのパッケージ。
……セブンスター。
学生の頃は嘉則も吸っていた有名な銘柄だったが 最近の嘉則は1mgの軽い煙草を吸っていた。
健康のためにというのが理由だったが 禁煙 減煙と
嘉則も胸のポケットから パッケージを取り出し 切り口からライターを抜き 煙草を1本咥える。
……カチッ カチッ
……カチッ カチッ
手慣れた動作で 百円ライターのフリント部分を回転させるが 点火しない。
2時間前 自宅のベランダで吸ったときには 確かに点火したのだが。
……ガス切れ。
うかつだった。
もちろん 少し歩けば ライターはSAの売店やコンビニで購入することができる。
ただ SAの本館まで歩き もう一度 この喫煙スペースに戻ってくるのは 少々億劫だ。
そんなことを 思いながら 嘉則は喫煙ルーム内を所在なげに見渡す。
一部分始終を見ていた若者が 声を掛けてくる。
「――あのォ 良かったら 火ぃ 貸しましょうか?」
「……えっ? ああ…… すまないな……」
若者は スッと近づいてくるとポケットから出した銀のジッポを
――カチャンッ――
と 鳴らし オイルライターの炎を嘉則の方へと差し出す。
嘉則は右手に手挟んだ煙草を炎に近づけ 吸い口を咥えて1mgに点火する。
――カチャン――
若者は 手首を返すような動作でジッポを消火し ポケットにしまう。
そして 嘉則に会釈をすると グッとガラス扉を押し開け 蝉の声が響き渡る 灼熱のパーキングへと去っていった……。
………。
……。
…。
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