鬼と悪魔と私の矜持

神田(kanda)

鬼と悪魔と私の矜持


切られ役には、切られ役の矜持があるのだよ。



「ハッ...!!」

そこで私は目を覚ます。私は今日も夢を見た。最高の夢だ。お師匠様とお話する夢だ。私がこの世に生きていられる、唯一の呪縛のお言葉の夢だ。

服を着替えて朝食を作る。今日は大仕事だから、いつもよりも少し奮発した朝ごはんである。


バスに乗り、電車に乗り、少し歩いて、今日の仕事場に到着する。

「おはよーございまーす!!」

勢いよく挨拶すると、皆さんも大きな声で返してくれる。うーん、実に心地がよい!

「おはようございます、佐藤さん。体調はどうですか?」

私の愛しのマネージャーの西田さんが声をかけてくれた。

「もちろん大丈夫ですよ~!今日は大仕事ですからね。」

「ふふ、そうね。貴女にとっては今日こそが...」

と、そこまで言うと西田さんは、ニタァとした顔つきになって、フフフフと笑いだした。

「西田さん、大丈夫ですか?」

「ああ、すいません。あまりにも楽しみにしていたものですから。」

「ふふ、楽しみにしててください!」

「ええ、それでは、また。」

西田さんは軽く会釈をして、他の場所へ駆け足で向かっていった。ふと、辺りを見渡すと、みんな私のことをチラリと見ていた。みんな知っているのだ。だからこそ、あらかじめ見て、何とかしようとしているのだ。私にはもう、見慣れた景色であった。



撮影が始まるまで、あと少しである。最後の台本確認を行うと同時に、ここまでのシナリオを思い出す。

私は、主人公たちヒーローに立ちはだかる悪の組織の女幹部役で、ラスボスの手前でやられる。ヒーローたちの戦力を限界まで削いで、そして、無様にやられる。ずっと傲慢にヒーローを見下し続けていた私は、最後にはみっともない姿をさらして、恥さらしとして死んでいく。

ああ、なんて素敵な役なのだろう。

なんて素晴らしい役なのだろう。

震えが止まらない。

「佐藤さーん!準備お願いしまーす!」

「はーい!いきまーす!」

さあ、行こう。



「追い詰めたぞ!今日こそ貴様を、倒す!」

「いいでしょう...かかってきなさい!」

ヒーローたちとの戦いを繰り広げる。私は決して彼らを殺そうとして戦っては、いけない。あくまでも遊ぶように、すべての一瞬のその時のために。

「ぐはああぁ!」

ヒーローたちに追い詰められる。

身体はもう、ろくに動かない。

ヒーローたちは、私に銃口を向ける。

最後の止めを刺そうとしているいるのだ。



さあ、ここからが、私の時間だ。

一旦目を閉じ、そして開ける。

そこにあるのは、モノクロの世界。

私の本来の世界。

私はこの世にいてはいけない存在。

鬼と悪魔と、そして私。我らはただ一つ、唯一ただ一つの矜持を共有する。私たちが、私たちとして存在するための矜持をだ。

もう、世界に色はない。



ああ、どうしたのかね、ヒーロー諸君。

止めを刺すのだろう?

何をそんなに震えているのだね?

私は何も喋らない。

口から唾液と血のりを吐き出し、

服はぼろぼろ、呼吸もまともにできていない。

されど、

悪の瞳を我が目に宿し、

鬼の怒りを我が身に乗せて、

悪魔の狂喜を我が心で遊ばせ、

私の普通をここに表す。

その引き金の重さを知らせる。

正義も悪も、どちらも等しく醜いものだということを、ここに示す。


これが私の矜持である。


パァン...!!と、発砲音が響く。

今、カメラは私を捉えている。

私だけが見えている。

彼らの、正義のヒーローのその顔を。

ああ、これで私は......!!!




「.........んゅ?」

「あ、おはようございます佐藤さん。」

「あー、また、気絶しちゃいました?」

「ええ、そうです。」

「毎度毎度すいません本当に......」

私は西田さんに頭を下げる。

「ああ、いえいえ。そんなの気にしないでください。最っっっ高の悪役でしたよ。」

「ふふ、ありがとうございます。」

「さてと、それじゃあ、いつものごとく、撮影は一旦中止になったので、十分休んだら、好きなときにご帰宅なさってください。」

「あー、はい。分かりました。ありがとうございます。」

西田さんは部屋から出て行った。パタンッと、ドアが閉まる音が、私の耳によく響いた。

「ふー、今回もやり過ぎちゃったかなぁ...」

毎回毎回、私の最後の撮影にあてられて、何人かの人は倒れるか、飲み込まれてしまう。

「でもまぁ、これで、いいんだよね。師匠。」

決して、誰かに危害を及ぼしたいわけじゃない。むしろ、逆なのだ。誰にも危害を及ぼしたくないからこそ、こうなのである。


ああ、今回も、いい真実であった。

これが私の矜持である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鬼と悪魔と私の矜持 神田(kanda) @kandb

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ