二年A組は特別なクラス

 体育館での始業式は全く記憶に残らないありふれたものだった。

 少なくともりょうは何も感じず、かみ殺す欠伸あくびあふれる涙で、早く終わらないかと思い続けた。そしてようやく教室に戻った。

 始めに学級委員の選出が行われた。女子は高原和泉たかはらいずみが立候補して、対立候補もなく簡単に決まった。

 どうも彼女がA組の学級委員を毎年務めているようだ。支持者も多く、対立候補が出て投票になったとしても高原和泉が選出されることは間違いないようだった。

 そして男子は立候補がなかったため、担任の指名で小磯晋平こいそしんぺいに決まった。

 その二人の司会で席替えが行われた。

 小山内おさないと離れることができて遼はひと息ついた。

 せいは、遼がA組になったことを喜んでいたが、遼はその価値をまるで理解していなかった。

 居心地は今のところ可もなく不可もなく、まとまったグループがある一方で、ひとりでいる生徒もいて、初日はこんなものだろう、このまま誰とも関わらずにいれたら良いな、と遼は思った。

「改めて、担任の倉敷くらしきです」と四十年輩の女性教師がホームルームを始めた。

 学級委員の二人はそれぞれの席につかされた。

「一年生は高等部入学生と内部進学生が別々でしたが、この二年生から混合クラスになります。このA組も成績優秀者十八名ずつを集めて編成されました。全員が昨年度総合成績五十位以内の生徒です。この点が他のクラスと全く異なる特徴です」

 生徒にエリート意識を植えつけるためにそんなことを言ったのか、担任はためらいもなくクラス編成のやり方を暴露した。

 学年三百名のうち上位五十位以内に入る者だけで作られたクラス。御堂藤学園には特進クラスはなかったが、A組だけは成績で生徒を選んでいる、という噂があった。さきほどせいから聞かされた話だ。それをあからさまに打ち明けたことになる。上位五十名のうち三十六名をA組が奪った形になるのだ。

「先生」と発言する女子生徒がいた。「学年総合成績五十位以内の生徒でこのクラスを作ったとうかがいましたが、上位から順に集めたわけではないようですね。総合成績十位以内の生徒が何人か他のクラスになっていますが、何か理由があるのでしょうか?」

 お下げ髪の眼鏡女子。始業式が公式行事であるために制服は女子校時代の伝統的セーラー服、髪は黒髪でお下げ髪、三つ編み、シニヨンのどれかにすることが校則で定められていたから、女子はみな似たような格好になっていて見分けがつかない。ついたところで遼が知る生徒ではなさそうだったが、その生徒は静粛なホームルームで積極的に発言した。

 それに対して担任の倉敷は答えた。

「一部の生徒は成績優秀であっても他のクラスに入ってもらいました。同じクラスで切磋琢磨してのびる生徒もいれば、そうでない生徒もいる。むしろA組から外れることで奮起する生徒もいるという意見があり、今年は単純に優秀者をA組だけに集めるという編成をやめた、と説明しておきましょう」

 だったら成績優秀者でA組を作ったと言わなければ良いのに、と遼は思ったが、もちろん口にはしなかった。教師が下手なことを言うから疑問に思った生徒が口を挟むのだ。

 この件に関してこれ以上意見が出ることはなかった。他人に興味を持たない遼だったが、耳をすませていなくても声は聞こえてくる。

「『S組』を解体したかっただけじゃないの……」という女子のつぶやきが聞こえた。

 「S組の解体」その意味を知るのは後になってからだった。

 その後、恒例の自己紹介があったが、遼は興味がないからいつものように考えごとをしていた。自分の番が来ても、氏名と「趣味は読書」と簡単に答えただけだ。他人とは必要最低限の関わりしか持たない。それが遼のスタンスだった。

 クラス委員の選定では、図書委員に手を上げた。他の委員をやらされるより図書室にこもっている方が良いという判断で、珍しく積極的に立候補したのだが、対立候補もなくすんなりと図書委員になれた。

 それどころか、クラス委員は次々と決まり、なり手が少ないとされる美化風紀委員ですら立候補する者がいて、これなら敢えて図書委員に手を挙げなくても良かったのではと遼は思った。優等生クラスというのも嘘ではないのだろう。

 そして始業式を含めた初日は終わった。

 用もないのに教室に残らない。遼は鞄を背負い、外へ出ようとしたところで女子生徒に声をかけられた。学級委員になった高原和泉だった。

香月かづき君、はじめまして――だよね?」にこやかに話しかける高原はすでに主導権を握っていた。「せいちゃんとはよくお喋りするんだけど、お兄さんと同じクラスになれて嬉しいよ」

「あ、そうなんだ」

「メアド交換して欲しいんだけど、良いかな?」

「あ、ああ、慣れてないので時間がかかるけど……」

「それなら、任せてよ」

 遼がおもむろにスマホを取り出すと、高原は手際よくメアド交換やらSNSのグループ作成などを行った。新しくクラスメイトができるとすぐにそうしているようだ。学級委員を長年しているだけあってコミュニケーション能力の高さは尋常ではなかった。

「ありがとね、これからもよろしく」

 ニコッとウインクして次の生徒のもとへと移って行った。顔が広く、すでに大半の生徒のメアドは登録しており、新しく登録が必要なクラスメイトはわずかなようだ。

 その中で真っ先に遼に声をかけたのは、遼がすぐに教室を出ようとしていたからに他ならない。

 遼以外の生徒、例えば小山内おさないなどは高原とコンタクトをとりたくて待っていたくらいだった。

 そうしたことを瞬時に判断して優先順位をつけ、最初に遼に声をかけたようだ。他人に興味がない遼でも高原のことは印象に残った。

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