時間の流れ

天川裕司

時間の流れ

タイトル:時間の流れ


愛する人が、ほぼ不治の病とも言われる難病に侵された。

「百合子ぉ!百合子!」

妻はすぐ病院に搬送され、それから闘病生活が始まったのだ。

あの、長い長い、闘病生活が。


看護婦「掛川さんですね?ちょっと良いですか?」

俺は主治医に呼ばれ、今後のことを聞かされた。


主治医「旦那さんですね?これから大変です。覚悟しておいてください」


この「覚悟」というのが、本当に現実的に、重くのしかかってくる。

でも、

「絶対に助ける!絶対に守ってやる!百合子」


俺の愛する人はこの百合子だけ。

百合子は幼い日に両親を亡くし、身内もおらず、

そんな孤独のどん底にあった時に俺と出会った。


こいつが頼れるのは俺だけ。

また俺が頼れるのもこいつだけだ。

愛する者同士と言うのはそういう仲になるのだろう。


(闘病生活)


「先生!先生!お願いします!百合子を、百合子をどうか助けてやってください!!お願いします!」


病院という場所はあるのだが、

俺と百合子とドクターのその3人だけの世界。

他にも人はたくさんいたのだが、

俺と百合子と主治医との3人だけの世界。

その3人だけの世界が延々続く。


俺は神様に祈るようになった。

とことんどんな時でもいつでも祈るようになった。

そして主治医が来ると現実に立ち戻され、

百合子がいる病室に入るのが怖くなる。


そのことの連続。そのことの繰り返し。

俺はやがて精神が疲労をきたし、心身ともに衰弱していった。


2週間、4週間、5週間、7週間、10週間、

11週間、15週間、36週間、80週間…。

この闘病生活が始まる前にそんな数字を聞かされたら

気が遠くなっていたろうか。


でも現実に1人で闘ってるのはあいつだ。

周りはその援助、後方支援、サポートしかできない。

ドクターでもそうだ。

俺はどんどん疲弊していった。


大丈夫ですか?

看護婦やドクターから何度も何度もそう聞かれた。

大丈夫じゃないなんて言えない。

絶対負けたくない。負けてなんかいられない。

でもつらい。


それから3年が過ぎ、4年が過ぎた。

医者は「よく保(も)っている」と言ってくれてる。

そして「出来る事なら助けたい」、

「最後まで最善の手を尽します」と言ってくれる。

感謝なことだ。


例えば今世界で起きている戦争…その戦場では、

そこで銃弾に倒れたり病魔に襲われたりした時、

環境があんな状態ながら

こんな手厚い治療なんて全くしてもらえず、

人知れず、本当に人知れず、

誰も知らない所で死んでいくのだろう。

そんな事もふと思わされる。

こんな時、普段考えない事を考えさせられる。

思わない事を思わされ、感じなかった事を感じさせられるのだ。


妻はその点から言えば確かに幸せだ。

だけど面と向かって「幸せだよね」とは言えない。

当然言えない。

「意識が無いまま、何にも感じずに、恐怖も不安も苦しみも何にも感じずに、天に召されたい」

妻ならそう言うかもしれない。


普段、人が言わない事・人に言えない事など、

いろいろ考えた。そして…


「……もういいです。もうやめてください。もうこれ以上、妻を苦しめないでください。私の愛する人を、これ以上は…」


ドクターと看護婦がある日、すごい治療を持ち出してきて、

俺は到底それを受け入れることができなかった。

妻の体をもっといじめて切り刻む…そのように聞こえたからだ。


淡々と患者の苦しみや肉体を食い散らかしていく病院…

そのフレーズを或る歌で聴いたことがあったが

あれは本当だとその時にまた思った。

自分の事じゃなく、他人の事で初めてそう思ったんだ。


だから、もう妻の延命治療はやめてもらった。

可哀想すぎる。悲しすぎる。つらすぎる。

もういやだ。もういやだ。もういやだ。

これまで、散々、その延命治療をしてもらってきていたんだ。

もういやだ。


そして妻は亡くなった。

妻が俺の心の中で言ってくれたように、天に召されたんだ。

そのことだけを心の糧にして、

俺は今後、絶対にもう結婚をせず、妻だけを愛する。

当たり前の事。当然の事。それ以外に無い。


でも…

「俺は、なんてことを…」

「自分が妻を殺した」はっきりそう思うようになってしまった。

病理学的に法的にどうこう言われたってそう思う。

そう思わざる得なくなってしまった。

精神を病んだ人の末路はこんな感じ?

ごく自然にそうなってしまう…?


そんなある日の事、俺は不思議な人に出会った。


「もしそう思うなら、心から改心するなら、もう一度、あの病室へ戻してあげましょうか?そう、あの奥さんが眠っている場所です」


その人はそう言って、俺を誘ってきた。

少し怖かった。躊躇した。

その躊躇した心を見逃さずにその人はこう言う。


「…本当は『もういい』『やめてあげて下さい』と言った言葉の正直に、もう疲れた…だからもういい、その本音も混じっていたんでしょう」


「え…」


「私に嘘は通用しません。どうするか、あなたが今ここで決めて下さい。強制はしません。あなたの人生ですから」


その人の顔をぼんやり眺めて、見つめていた時、心を決めた。

あいつのもとに帰ろうと、心を決めた。

気づけば、その不思議な人に出会って5年の歳月が過ぎていた。

それからまた2年躊躇して、俺はあいつの部屋に戻った。あいつの病室。


その部屋のドアを開け、格闘が始まった。

周りの何かとの格闘ではなく自分との格闘。


動画はこちら(^^♪

https://www.youtube.com/watch?v=ZTVIfEhPX7U

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時間の流れ 天川裕司 @tenkawayuji

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