化生に堕ちる

固定標識

 鳩 

 鳩が口をきいた。地面をつつく傍らに、くちばしはぴったりと閉じたまま口をきいた。

 甲高い声は、しかし鮮明に鼓膜をつっつくものだからどうやら幻聴ではないらしい。けれどもならば現実であると呑み込めるほど愚かでもなかった。

 鳩はどうやら我が母の意向を伝えに来たらしい。

 私に絶縁の令を下し、このような身に追いやった母の言葉を我が脳髄に差し込もうと言うのだ。彼(鳩)は延々喋っている。どうやら無駄なことまで喋っているように思われた。どの部分が無駄であったかは判然としない。けれども、無駄にしか思えなかった。

 私の脳は鳩の言葉を見ていなかった。ただ半球型の肉の塊が視線を絡ませていたのは鳩の輪郭であった。

 kuと腹が啼く。

 丸々とした胴体は裂いて喰らえば桃の味は清流のように行き渡る。その血はまさしくピジョンブラッドに舌に絡みつき甘美な赤に頬を染めるだろう。羽を奥歯に挟めば西洋の風が。デザートにくちばしを嚙み砕けばそれはもう骨身にしみた味がするはずだ。

 私は飢えていた。

 存在しない声帯から無駄を無益にも垂れ流すそれを私の爪が掠めたのは、まったくの意識外のことだった。


 鳩は不味かった。鉄の味が歯から染み込んで脳を犯してゆく。

 けれども止まらなかった。私は飢えていた。

 

 鳩の全身を飲み干した。

 一滴だって残しはしない。

 ピジョンブラッドの沁みた指は肉に埋もれるようだった。十人の棒が行き場を失って、太った虫に入れ替わる。次に何を掴もうとすればよいのかわからなかった。ただ頭の中にまで血の色が染みていたこと、そしてそれが元からであったこと、更に鳩を喰ったことが何事かの契機として私を噛み砕いたことは理解された。

 鳩の毒が効いて来た。

 私の体毛は色を失った。青白く光るみたいに細くなってゆく。そして細くなった分、その数を増したようだった。白カビのようだと思って舐めると、塩辛く不味い。

 舌はずっと不快な味に顔をしかめていた。故に空気を求めて舌を突き出す。籠ったピジョンブラッドの臭気は、しかし口内を支配する悪魔のような雑味からは少しだけマシに感ぜられて、その瞬間私は初めて鳩を喰らったことに感謝した。神の使いであると首を垂れ、手を合わせた。彼が母からの使いであることなど、とうに頭からは消していた。

 月が昇るころ、私の全身は獣の体毛に包まれた。私は吠えた。

 脂の冴えた青白い毛皮はほろほろと血の珠を零した。

 次の使いは何者だろう、

 舌は唇をまさぐった。






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