酒カス

okirakuyaho

酒カス

お前は酒におぼれた男を好きになったことはあるか?

本当にろくでもないことになるからおすすめしないぞ!


なにせ、時間の許す限り飲んでいるからな、お酒臭くてたまったもんじゃない。

こっちはお前に会うために仕事を早く抜けだしてきているのによ……あいつは、俺のことなんか気にするそぶりもない。


まぁ、でも...。屈託なく笑う彼の笑顔を見てしまうと、そんな怒りもどこかへ飛んでいったもんだ…。


そう言うと先輩はウイスキーのロックを一気に飲み干した。そのあとに続く言葉は強烈なアルコールとともに飲み込んで消えた。


先輩が久しぶりに飲みに誘ってくれて、胸が高鳴った。

この一瞬のために、ずっと待ち続けていたんだ。どんなに忙しい業務も、代り映えのしない毎日も頑張れた。


でも、先輩の話を聞くうちに、その期待は少しずつ薄れていった。

枝豆をぽりぽりしながら適当に相槌をする。


彼氏と別れた先輩はこうしてたまに俺にだけ話してくれる、先輩の秘密。かつてお互いに思いあっていたというのに、いなくなった悲しみは、誰かに打ち明けることでしか癒しがないとでもいうように。


「それで、今日は先輩のおごりですよね?」

「おごりもなにも、そのつもりで来ているからよ。好きなだけ飲んで食べようや」

「俺、先輩と食べるご飯大好きなんですよね」

「それはおごってもらえるからってか?」

「いいえ、こうして先輩のことを知ることができるからですよ」


お酒を飲む手が一瞬動揺した気がした。先輩の目が、一瞬だけこちらを見てから逸らされたように感じた。


「先輩から聞く元カレさんはあまりいい人ではなさそうですが、どこを好きになったんですか?」


先輩はどうして元カレを好きになったのだろうか。

普段の先輩の話を聞く限りお酒におぼれているように見えていたが、特別な何かがあったのだろうか。


「なーに、あとから酒カスだったってだけで、気づいたらそいつと一緒にいたいと思ってたんだよ」


酔いもだいぶ回っているだろうに、そう話す先輩は何とも言えない美しさがあった。

その瞳の奥にはなにが隠されているのだろうか、知るすべもない。


「で、付き合ったらこうじゃなかったと」

「いやいや、そう悪いものでもないぞ?こうして、お前と一緒にお酒を飲めるようになっているからな。俺もお前と一緒にいるときは気が楽で楽しいよ」

「……そうですか」


先輩は気づいているのだろうか。意外と抜け目のない先輩のことだから、もう知っているのかもしれない。

それでも、俺は先輩の無骨な手に自分の手を重ねたいと思う。

かつて付き合っていた人はもういない。

この人は今、誰のものでもない。

なら、次は俺が先輩の隣に立ちたいと願っている。


元カレのここが良かった、ここが悪かった、そんな話はよく聞く。でも、何がきっかけで別れたのか、先輩は話さない。どんなに酔っていても、そのことだけは語らない。


でも、それでいい。先輩と今を共有することで、少しでも先輩に近づける気がするから。それが、今の俺にとって何よりもかけがえのないことなんだ。


「先輩今日も二件目行きますよね?」

「いや……明日も仕事があるから……」

「そういわずにほら、立って。できる後輩なので先輩がつぶれても介抱しますから」


今日も二件目に行ってぐでんぐでんになった先輩を介抱するんだ。彼の体温を感じながら、いつかこの手をつなぐ日を夢見て。


「そうはいってもなぁ」

「二件目は自分がおごるんで」

「すみません!お会計お願いします! おいどうした、二件目行きたいんだろ?ほら、行くぞ」


たまには先輩の手のひらで踊るのも悪くないか。今度はもっと高いお酒頼もうと誓いながら、夜の帷へと消えていった。

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