八十九話 とあるモブ男の勘違い

 俺たちの学年にはものすごく可愛い女の子がいる。

 男女共に分け隔てなく接し運動神経が良く快活で、勉強もそこそこ出来るし純粋で穢れを知らないサイドアップにした黒髪がトレードマークの女の子……長名おさな しおりという名前だ。


 友達も子たちも可愛い娘揃いで、時たま彼女らのいる教室を通ると楽しそうに談笑している姿がよく見える。



 そんな長名さんだが、多分俺に気があると思うんだ。だってこの間 俺に声をかけてくれたし、しかも移動教室の際に彼女とぶつかった時のことだが、俺が持っていた教科書を落とした時に拾ってくれた。

 わざわざ挨拶してくれたり教科書を拾ってくれるなんて、他の連中にそんな顔は見せないだろう、やっと俺の事を見てくれる女の子を見つけた。


 どいつもこいつも俺に対してまともに関わってくれないけど長名さんはそうじゃない。

 確かに俺は勉強なんてほどほどにしかできないし運動だって苦手だ。

 それでも人の魅力ってそういうことばっかじゃなくて、やっぱり内面にこそあると思う。長名さんはソレをよく理解しているんだ。



 だから俺にだって笑いかけてくれるんだろ?

 それにきっと彼女のことを理解してあげられるのは俺だけだ、周りの関係を気にして正直になれない女の子にできることは一つ!


 こちらから声を掛けてやることだ!



 故に俺はそのタイミングを狙っている。できるだけ周囲の人間たちから離れ、またあまり立ち入らない場所。

 そこで色々と話をして連絡先を交換しよう、彼女はきっと俺を求めているから早く家に連れていかないと可哀想だ。



 そんなある日、俺は一人で歩いている彼女を見つけた。その背中を見つけた俺は、申し訳ない気持ちになる。


 待たせすぎたんだ、だからこうやって俺についてきて欲しいとアピールしている。

 だからせめて、その想いに応えてあげないと!

 俺だけが長名さんのことを満たしてあげられるのだから!



 そう思ってしばらく歩いていると、彼女を見失ってしまった。

 あぁそうか、やっぱり……


 他の人に見られないようにするためには隠れないといけないから、身を隠した彼女を見つけないといけないってわけだね。

 愛する人に見つけて欲しいだなんて、なんて健気で可愛い女の子なんだ。


 でも大丈夫だ、必ずその想いに応えてあげられるからね。



 そう思って長名さんを見失ってしまった場所を中心にあちこち探していると、パッとしない男が通り過ぎていく。

 確かアイツは彼女と同じクラスの名前も知らないヤツじゃないか。彼女とは遥かにかけ離れた男。

 可哀想なヤツだな、俺と彼女が楽しいやり取りをしてる間にぼっちとは、きっとモテないんだな……

 でも俺はヤツと違って選ばれた人間なんだ、これが現実なんだ。


 そう思った俺はヤツのことなど気にせず長名さんを探した。





「こんなところまで呼び出して、一体なんだってのさ?」


「えへへ♪好透とどうしても二人きりになりたくて♪」


「はぁ……まぁそりゃいいけどさ」


「んふぅ♪好透の胸の中〜♪」


「カワイイやつめ、ケツ揉んでやろうか」


「えぇ〜全部いいよぉ♪」


 あちらこちらを回っているとそんな声がどこからか聞こえてくる。耳を澄ましているからギリギリ聞こえたが……この声は長名さん?

 なんだよ誰だってコースケって、あぁきっと俺が待たせすぎたせいで変な男に引っかかったというのか?


 しかも長名さんに触れているというのか、なんて不届きな男だ!許せない!


「……こーすけ♪」


「はいはい」


 俺がやっとその声を辿りに長名さんを見つけた頃には、二人がキスをしていた時だった。

 そこは彼女を見失った場所のスグそこにある使われていない空き教室で、その扉の隙間から二人のやりとりを見ていた。


 あの男はさっきのパッとしないヤツじゃないか!なんであんな似合わない男とベタベタしているんだ……


 お尻を触られながらヤツと抱き締めあい、夢中に唇を貪っている長名さんのその姿は本当なら俺に向けられるソレだったはずだ!


 どうしてあんな男を選んだんだ……長名さん……。


 悔しい気持ちになりながらも、それでも俺は二人から目を離せなかった。

 どうしてかその光景には魔力が宿っているようでジッと愛する女の子が汚されていく姿を見ていることしかできなかった。


「っぷは♪……ねぇもっとぉ♪」


「いやもうダメっしょ、もし見られてたらどーすんの?」


「見せつけよーよ!」


「だーめ、今日あとは帰ってからな」


 あんな素敵な女の子から求められているというのに、あのソースケだかコーヘーだかいう男は無下にソレをあしらっている。きっとそうやって遊んでいるに違いない!

 だから長名さんの目を覚まさせてあげないと……これは俺が、俺だけができる使命なんだ!


 とりあえず俺は二人に見つからないようその場から離れ、作戦を練ることにした。


 あの なんとかって男の悪事を暴いてやる!

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