八話 とどまることを知らない二人

 しおりは小さい頃から仲がいい女の子、つまり幼馴染だ。

 だからこそ彼女のことはよく知っており、他の奴らよりも理解している。

 それもあってお互い腹を割って話ができるし、喧嘩をしたりすることだってあった。

 だからこそわだかまりの無い関係を築けているとも言える。

 それは一朝いっちょう一夕いっせきでは出来ない、とてもとうといものであることはよく理解している。


 彼女は凄く可愛い。

 少なくとも学校で一番と言える程であり、その証拠に、小学生の頃からでさえ、数々の男子から告白されている。

 その中には多数の女子たちから好意を向けられているイケメンなんかもいた。

 加えて女子たちの中心的な存在でもあるので顰蹙ひんしゅくも買わない。そのことからもスクールカースト的にトップの位置にいるだろう。

 外見、スペック共にレベルが高く、幼馴染として誇らしく思う。


 しかし中学生にもなってくると、お互いを異性として強く意識するようになった。

 高校生からは俺の両親が海外へ赴任ふにんしたため一人暮らしになった。

 それにともなって栞が家に来ることが増えた。

 そのうち一つが朝、起こしに来ることで、朝ご飯も一緒に食べている。


 今までもそうだったが、一緒に外に出る時は基本手を繋ぐ。登下校の時なんかがそうだ。

 それこそ喧嘩したときでさえ、必ず手を繋いで行動していた。

 それ故に付き合ってるのかと聞かれることも多い。



 栞に対し俺はそこまでルックスは良くない。

 二重なので目はパッチリしているとは言われるが、その程度のものだ。

 このルッキズムが徹底された社会において''イケメンではない''ということ…恋愛をするにあたってそれはかなりのハンデであることは想像にかたくない。


 だからこそ栞にも色々教えてもらい、身嗜みだしなみにも気を付けるようにした。

 運動も勉強もきちんとしている為、決して能無しという訳では無いはずだ。


 だが結局はそれだけの、これといった長所もない俺が栞と仲良くしていることを気に入らない者が多く、佐藤のような人間が目の前に現れて好き勝手に文句を垂れ流してくる。

 そんなことが多く続けばこちらもいい加減に辟易へきえきとしてくるので、こちらも好き勝手させてもらうことにした。


 俺は栞が好きだからこそ、より栞の傍にいることにした。自分の心を偽ってまで他者の望むようになる必要なんてないからな。




「好透ー、ここ教えてー」


「ん?あぁここは…」


 今日は学校終わりに栞と二人で勉強会である。そのまま来たので制服姿だ。

 リビングで向かい合って…ではなく隣同士でノートを広げて互いにペンを走らせている。

 まぁ勉強会というには些か距離が近いのではないかとは思うけど…。


 そんなこんなで一時間もやっていると疲れてくるので一旦休憩することにした。


「ふぃー、疲れたねぇ」


「もうちょっとしたらお開きにするか?」


「そうね」


 お茶を飲みながらのゆっくりしていると、栞はそっと肩に頭を乗せて、抱きついてきた。


 あれから俺たちの心の距離は、より近くなったように思う。


 休み時間も俺の傍にいる事が増え、昼なんてもはや肩が触れ合う程には距離が近くなった。


 勿論帰りも一緒なのだが、栞の家の前に着くと別れの挨拶代わりにしばらくハグをしてから家に入るようになった。


 夜も、今まではたまにVCを繋いでゲームしていたのが、ほぼ毎日VCでゲームしてたり、寝る前には『今日のパジャマ』という名目でエッチな写真まで送ってくれるのでお世話になっている。ご馳走様です。


 そして今日の勉強会も、隙あらば俺の太ももをスリスリしてきたり、俺の手を取っては栞の太もも、胸などに当てたりとアピールが凄い。


 …あれ?もう付き合ってる?

 そんなことを考えてしまうくらいには、めちゃめちゃ距離が近い。


 今だって抱きついてきたと思えば、スンスンと鼻を鳴らして小さく息を吐き、恍惚こうこつとした表情を浮かべている。


 ぐりぐりと頭を肩に押し付けてくるのでそっと撫でてやると、「んー♪」と嬉しそうな声を上げて、ギュッとハグする腕を強めた。もはや求愛行動ですよねこれ。

 色々と堪えきれなくなりそうではあるが、あくまで今日は勉強会だ。建前とかじゃなくマジで。

 流石に色々やるなら勉強終わってからである。しないけど。



 こんなんだがまだ付き合っていない。

 この距離感はとても心地よく、もう少しはどっちつかずな関係もいいとは思っているが、そう長くはないだろう。

 次の日曜日にはちゃんと付き合おうかと思う。らす趣味はないからね。


 たまに唇をボーッと見つめてくるので何を求めているかは流石に予想もつくし、こちらも同じ気持ちだ。


 というかそもそも朝起こす時に頬や額やらにキスをしてくるので、そろそろ前に進みたいのだろう。

 起こす時も布団ひっぺがしてあちこち触ってくるしね。嫌じゃないけど、もっとくれ。


 とまぁこんな感じなので、ラブコメにありがちな幼馴染のすれ違いなんて起こる筈もなく、穏やかな関係となっている。



 俺の膝上に乗り、胸に顔を埋めていた栞が、ふと何かを思い出したかのように顔を上げた。


「今日、泊まっていい?」


 耳元に顔を寄せ、いつもより心無しか低い声で、ねだるように聞いてきた。

 正直…困る。

 次の日曜に付き合うってのにそれが揺らいでしまう。

 内容が内容だけに、勇気を出して聞いたであろうそれを断るのは心苦しかった。大分悩んだ。

 正直泊まって欲しいが絶対もたない、間違いなく手を出す。なんなら押し倒す。


「せめて土曜…いや明日にしてくれ」


 土曜日にしてと言おうとしたのだが、寂しそうな眼をするのであえなく明日…金曜にした。


「今日じゃダメぇ…?」


 酷く寂しそうな声で体を押し付けてくる。

 あ、やばい揺らぐ。やっぱ今日でいっかなぁ!


「…ぁぁ明日から月曜までいいから、それで我慢して?」


 流石に急すぎるので、今日は我慢して明日から三泊してもらう事にした。だめじゃね?


「ほんと!?ありがとう好透こうすけ!大好き!」


 余程嬉しかったのか頬にキスしてきた。

 一瞬口にしようとしてたのを軌道修正しましたね、やっぱ今からでも付き合おっかなぁ。


 ってか思いっきり告白してくれましたね。

 さすがに流す訳にもいくまいか…。


「俺も大好きだよ、栞」


 嬉しそうにする栞の頬をそっと撫でながら、自分の思いを伝える。

 俺の言葉を聞いた栞は目をぱちくりとさせ、満面の笑みでまた頬にキスをしてきた。

 顔を離した彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべる


「えー?でも私たち幼馴染だよぉ?家族みたいなものだからそんな気持ちなんて全然ないでしょー?」


「そうだな、今更そんな目で見ないよ。家族みたいなもんだし」


 もし付き合ったらこの台詞も使わなくなるのだろうか?そもそも建前なのだから言わなくてもいいことだけどね。

 しかし互いの趣味が合うからこそ伝わるネタ、伝わるからこそついつい言ってしまうんだよねー。


「そっかぁ、そーだよねぇ♪私も好透の事なんてなーんとも思ってないよー♪」


 そう言うと栞はまたギュッと強く抱きついてきた。


 結局その後もずっとイチャついてしまい、そのままだと時間も遅くなるので今日はそのまま勉強はお開きにして、改めて明日行う事にした。


 ってかすぐるさん(栞の母親)、お泊まり許してくれるのか?

 三泊ともなると流石にマズいと思うけど…。

 そんなことを考えたが嬉しそうな栞を見るとそんな事も言えず、俺はそのまま夕食の用意をするのだった。

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