死をもって訴えた友の想い。真実を明かすため、男は立ち上がる。

湊 町(みなと まち)

第1話 悲報

この作品はフィクションであり、実在する人物、団体、事件とは一切関係ありません。


鈴木誠は、自宅の書斎で次の議会の準備をしていた。窓から差し込む柔らかな朝の光が、古びた木製の机を照らしている。鈴木はこの書斎が好きだった。壁一面に並ぶ本棚と、机の上に積まれた資料の山は、彼の長い政治人生を象徴しているようだった。


その時、ドアが急にノックされ、秘書の山本が慌ただしく入ってきた。彼の顔には普段の冷静さはなく、明らかに何か重大なことが起きたことを物語っていた。


「鈴木先生、大変です!」山本の声は震えていた。


鈴木は眉をひそめ、手にしていた書類を机に置いた。「何があったんだ、山本?」


山本は一度深呼吸し、慎重に言葉を選んだ。「高田県民局長が…高田健二さんが自殺しました。」


鈴木は一瞬、耳を疑った。信じられない思いで山本を見つめた。「何だって?」


「今朝早く、警察から連絡がありました。ご自宅で…彼の書斎で見つかったそうです。明らかな自殺の兆候があったと。」


鈴木の胸に重苦しい痛みが走った。高田健二は、高校時代からの友人であり、彼にとって兄弟のような存在だった。信頼できる同志であり、公正な男だった。彼が自殺するなんて、到底信じられないことだった。


「どうして…なぜだ?」鈴木の声はかすれていた。


山本は苦しげに目を伏せた。「実は、高田さんが遺書を残していました。それと、音声データも…」


「音声データ?」


「はい。遺書には、斎藤知事の不正についての告発が記されていました。音声データも、その証拠だと思われます。」


鈴木は椅子に深く座り直し、頭を抱えた。高田が何をしようとしていたのか、なぜこんな形で終わらなければならなかったのか、考えれば考えるほど胸が痛んだ。


「遺書と音声データはどこにある?」鈴木は深い息をついて尋ねた。


「高田さんのご家族が持っています。今は取り乱しているので、後でお伺いするつもりです。」


鈴木は力強く頷いた。「わかった。すぐに準備をして、私も一緒に行く。彼の家族に会い、話を聞かなければならない。」


山本は静かに頭を下げ、部屋を出て行った。鈴木は再び机に目を向けたが、もはや書類に集中することはできなかった。心の中では、高田との思い出が次々と蘇ってきた。あの日々の笑い声、共に語った夢、そしてこの瞬間の喪失感。


鈴木は決意を新たにした。高田の死を無駄にしないためにも、彼の告発を真実として明るみに出さなければならない。そして、それが彼の最後の願いであったならば、それを成し遂げるのは自分の使命だと。


窓の外を見ると、光陽市の景色が広がっていた。美しい街並みが広がるその風景の中に、高田の遺志が生き続けているように感じた。鈴木は立ち上がり、外套を羽織って書斎を後にした。彼の心には、高田のために戦う決意が燃えていた。


これから始まる壮絶な闘いの幕が、静かに上がった。

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