虎百合に恋願う

雨野 天々

プロローグ


紗夜さよ、これ脱いで――」

 

 私は彼女の服をぎゅっと握る。その腕を思いっきり掴まれて、短い爪を立てられた。腕に彼女の指がくい込み、痛みを伴っている。



 部屋は暗くて彼女の顔はよく見えないから、今どうなっているのかよくわからない。


 その方がこちらにとっては都合がいい。


 

 彼女の顔を見たら、この勢いがなくなってしまうかもしれないし、逆に制御できなくなってしまうかもしれないから……。


 部屋の中は私たちの息遣いが聞こえるのみで静寂を保っており、外までも静かだ。まるでこの世界に私たち二人だけになってしまったのではないかと思わされる。




 私は偉そうなことを言っておいて、彼女の服を掴む手は小刻みに揺れている。



「いやです……」


 彼女が私のお願いを許してくれるわけもなく、私の意見は呆気なく跳ね除けられた。しかし、私は彼女が逃げられなくなる魔法の言葉を知っている。



「治したいんじゃないの――?」


 正直、卑怯だ。


 何個も下の女の子にこんな手を使うなんて大人として恥ずかしい。しかし、今は彼女が逃げてしまわないようにそうするしかなかった。



 私を強く掴む手からは力が抜ける。その行動から彼女が許してくれているのだと思い込むしかなかった。


 この時の私は、今にも切れてしまいそうな彼女との糸を手繰り寄せて、必死に掴んでおくのが精一杯だった。


 私の感情はドロドロと流れていき、形を保てない状態になっている。


 そんな状態になっても私は彼女のそばに居たいと思う。彼女の思っていることはきっと違うのかもしれないけれど、この気持ちが一方通行でもかまいはしなかった。



 私はずるい大人だから、頭を使って彼女を自分の側から離さないようにする。ずっと、私の傍に居てくれるようにこれからも行動し続けるだろう。

 



 これを恋と呼ぶにはあまりにもいびつ過ぎて、直しようのない形になってしまった私たちの物語――。

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