貧乏人

「ああー……腹減ったぁ」


「おいおい、辛気臭ぇ事言ってくれるなよ。客が寄り付かなくなっちまったらどうしてくれるんだ」


 オレが突っ伏していたテーブルにドンっと料理の乗った大皿をおっさんが置く。


「そんな事言うなよ~ここ数日は1日1食の生活なんだぜ?ちょっとはサービスしたらどうだい?」


「けっ、サービスってなぁこの先お得意様になってくれそうな人にするもんだ。お前みたいなこの先に展望も無い貧乏冒険者にサービスなんかするかい」


「確かに、そりゃあそうだ。オレも貧乏冒険者なんかじゃ無かったらこんな薄汚い飯屋に来てねぇわ」


「うるせぇ、身の丈に合ってんだろうよ。とっとと食ってとっとと出てけ。貧乏が移っちまうぜ」


 ははは、と力無く笑って料理に手をつける。ボールバードの唐揚げ定食。本当は唐揚げ5個の定食なのに6個ある。これをサービスって言うんじゃないのかい?おっさん。あんなイカつい顔して優しいとか、最高かよ。


「あぁー……染みるぅ~」


 食べ終わって余韻に浸っているとテーブルにマグカップが置かれた。中にはいい匂いのするスープが入っている。


「ほれ、ボールバードの鶏ガラで作ったスープだ。作り過ぎちまってよ、悪くなっちまうから飲んでけ」


「おぉ!ありがとう!いいとこあんじゃん!」


 本当にありがてぇ!


「うっせぇな、こんな余り物のスープで大袈裟に騒ぐな。おめぇもやっと足の怪我が治ってそろそろ仕事出来るんだろ?ちゃんとまた稼いで来いよ貧乏冒険者」


「あぁー、まぁもう大丈夫そうだからなぁ。明日にはギルドに顔出して薬草つみの依頼でも探してみるよ。飯代ぐらいは稼がないとな」


「侘しいねぇ、駆け出しも駆け出し、銅級冒険者じゃそんなもんか。おめぇも歳、いくつになったよ?」


「17」


「17で借金まみれの貧乏生活かぁ~、そりゃ一発逆転狙って冒険者家業しかねぇわな。つったっておめぇ、魔法も使えない、剣術も体力も並以下、おまけに頭も悪いと来たら後は奇跡を待つしかねぇだろ」


 おっさんがガハハと笑う。いや笑いすぎだろ。


「しゃーねーだろ、親族も居なくて借金まみれなんだ。危険だろうが何だろうが稼ぐしかねぇよ。でもよ!今に見てろよ!大金持ちになってこの店ごと買い取ってやらぁ!」


「おーおー、たくましいねぇ。楽しみにしてるぜ」


「その前に潰れんなよ!こんなガラガラじゃああぶねぇだろ!」


「お前がいつもこんな変な時間に来るからだろう?昼過ぎに来たら客なんて少ねぇに決まってる」


「しゃーないだろ、1日1食なんだから真ん中で食っとかないとな」


「ますます侘しいねぇ、涙が出てくるわ」


 おっさんはまたガハハと笑いながら奥へと消えて行った。


 ちびちびと鶏ガラスープを飲んでいるとカランカランと鐘が鳴り入口のドアが開いた。


「いらっしゃい」


 昼ピーク後のヒマな時間で注文を取るパートのおばちゃんもいないのでおっさんが自分で出てくる。入って来たのは学者っぽい男性が1人、そして冒険者風の男性4人、女性2人。冒険者風は学者の護衛と言った所か。


「こちらがメニューだ。酒は夜からだが飲みたいなら言ってくれれば一緒につまみぐらいは用意しますよ」


「いや結構、飲み物は水でいい。それより昼飯がまだなのだ。8人分、適当に出してくれないか?」


「じゃあおまかせって事でいいですかい?それなら丁度ラッシュブルのいい肉が入ったんでステーキ辺りでいいですかい?」


「それでいい。それとつかぬ事を聞きたいのだが、冒険者ギルドに行くにはどう行ったらいい?」


「冒険者ギルド?それならここの通りを真っ直ぐ行くと噴水のある大きな広場に出るんで、その広場を右に曲がる大きな通りを行けばすぐ見えますよ。なんせ高い建物なんてそうそう無い田舎町ですから」


「そうか、ありがとう。して、この町の冒険者は腕が立つかね?後ゴトマジまで抜ける森に詳しい者はいそうかね?」


「腕が立つってなぁ……まあ居ないことも無いですが、何でもつい昨日、大きな商人の団体が出した護衛依頼に結構な数が出払ったって話で。報酬が良かったんで腕の立つ奴から順に行っちまったって話でさぁね。ゴトマジまでの森に詳しい奴ならほら、あそこでちびちびスープ飲んでる貧乏臭い奴が詳しいですよ」


 言われて全員が一斉にオレを見る。え?オレ?


「あいつぁこの町で育って冒険者やってる奴でね。それも銅級の下っ端で受ける依頼と言ったら薬草つみだの毒消し草つみだのばっかりでね。ガキの頃から商人の親に連れられて良くあの森を行き来してたもんで、自分の庭みたいな森なら薬草でも毒消し草でもどこに群生してるか分かるぐらい詳しいんで、そんな依頼なら人の倍の速さでこなしちまうんでさぁ」


「なるほどな、それは確かに詳しそうだ」


 言って学者っぽい男性が席を立ちオレの方へ。


「ここで会ったのも何かの縁だ。君、名前は?」


「え?ええ……っと、フル・マウキッドです」


「マウキッド君か。どうだい?我々は少し急いでいるんだが、出来れば今すぐ我々をゴトマジまで案内してくれないか?もちろんちゃんとギルドを通して依頼は出す。食事が終わったら一緒にギルドまで行き、そのまま依頼を受けてくれればいい。報酬はそうだな……金貨5枚でどうだろう?」


「え!金貨5枚!?5万エンですか!?やります!すぐやります!ありがとうございます!」


 道案内して5万エンとか!破格だろ!金持ちかよこの人!


「じゃあ決まりだね。申し訳が私達もお腹が空いているんだ。食べ終わるまで待っててもらってもいいかな?」


「もっちろんです!」


 オレはウキウキしながらちびちびスープを飲んだ。おっさん気が利くなぁ!感謝の眼差しをおっさんに送ると、おっさんは親指を立ててウィンクして来た。ウィンクは気持ち悪いだろ。


 しばらくすると急いで食べ終わった冒険者の男性が1人立ち上がって外へと出ていった。入れ替わりで1人別の男性が入って来て出ていった人の席へ座り食事を始めた。そうこうしている内に全員が食べ終わったらしく、食後のお茶も注文しくつろいでいる。

 学者風の人が立ち上がりおっさんの方へ。


「では会計いいかな?案内役の彼も会計がまだなら一緒に払うとしよう」


 マジか!神!涙出る!


「あいつもまだ金は払って無いんで一緒にしますよ?じゃあ全員分で14000エンだ」


「あの量とあの味で?なかなか商売が下手ですね」


 学者風の男性が笑いながらお金を払う。あれは褒め言葉なんだな。


「毎度あり。おう、フル、気ぃつけてな」


「ありがとうおっさん!戻って来たらまた飯食いに来るな!」


「期待しねぇで待ってるわ」


 おっさんはまたガハハと笑う。


「さてマウキッド君、行こうか」


「はい!えっと……お名前伺ってもいいですか?」


「ああ、そうだったね。私はセト、そして護衛の人達は7人いるがその人達は追々自己紹介しよう」


「分かりました!セトさんですね!よろしくお願いします!」


 オレはぺこりと頭を下げ皆さんと一緒に店を出る。すると店先には先程一足先に食べ終わり外へ出ていった人が居た。そしてそこには荷台を引いた2頭の馬が居た。なるほど、これを交代で見張っていたのか。


「もしかしてこの馬車を引いてゴトマジまでですか?」


「そう、我々はこの荷物をゴトマジまで運んでいる途中なんだ」


「なるほど……馬車を引いて森を抜けるとなると……中々骨の折れる事になりますよ?」


「そうか、それは困るな。出来るだけ早く、絶対に安全な道の案内を頼むよ」


「分かりました!道案内は任せてください!」


 なんてったって道案内するだけで5万エンだからな!そりゃ張り切っちゃうよ!


「じゃあまずはギルドまで案内しますよ。ここからなら歩いて10分もあれば着きますから」


 そう言ってオレは先頭を歩き、意気揚々とギルドまでの道を歩いた。

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