第59話 私の痛みと後悔と……

 彼らは知らない。私が……家を勘当されてる事実を——



 お父様は、きっとこんな私を探しに来てくれない。



「あらら〜〜? 急に大人しくなって……パパやママを思い出して、寂しくなっちゃった?」

 

「……い、いや……そんなわけ……」


「あ? ストライド家と言や〜〜君のママは“アイラ”といったか? 確か病気で亡くなったんじゃなかったけ?」


「……はぁあ??」


「そんな噂を聞いたことがあったような? 寂しがっても、そもそも居なかったのか〜〜ごめんごめん。変なこと言っちゃったかな? ふっはは〜〜!」


「——オマエがぁああ!! 私のお母様のことをッッッ口にするなぁ嗚呼嗚呼!!!!」


「おぉ〜〜怖♪」



 私は、頭に血が上って男に飛び掛かる。だけど手足を縛られているから、ただ石畳の上を闇雲に跳ねただけ——いつもなら、こんな愚行はしようとも思わなかったのだけれど……


 この男は、お母様を引き合いに出して笑ったの——それが堪らなく腹が立った。



「ボス……わざと怒らせましたね? この煩く跳ねる小娘どうするんですか?」


「どうって……黙らせればいい……」


「黙らせる? どうやって??」


「こうやってだ〜〜よ!」



 ただ……次の瞬間——激しい痛みと共に私の意識は刈り取られた。思い出せるのは、男の履いたブーツの靴裏を見た記憶。おそらく、床に転がった私の事を思いっきり蹴ったんだと思う。それも私の顔を——脳震盪ってやつ?



 そして……それから私はボスという男と会ってない。石で囲われた部屋に鉄格子の扉。私は、その部屋で飼われるかのようにしばらく過ごした。どうもここは地上ではないようね。太陽の光がないから、時間の感覚はなくなり、一体どれほどここに居たかわからない。

 無駄に時間だけがあるものだから脱出手段や。いつ捕まったのかを考えてみた。

 だけど、脱出手段は絶望的だ。手足を縛られて、この縄は毎日縛り直される。おまけに鉄格子には鎖と南京錠——逃げる手段は皆無だった。


 そして、捕まった瞬間なのだけど……これはまったく思い出せなかった。


 最後の記憶はウィリアに森の中で怒鳴られた瞬間ね。私の頭の中はその時ショックで真っ白だった。夢遊で街の方へとフラついて歩いて行った気がする。この時の私は、もう何もかもどうでも良かったから……何も考えてなくて——その折に、変な連中に捕まってしまったのかもしれないわ。


 で——色々考えた末……



 やっぱり……どうでも良くなっちゃった。



 一日中、床の石ブロックを見つめて……それ以外、何もしない日々が続いた。


 けど……これはちょうどよかったのよ。


 きっと、これは私への罰。


 私の馬鹿げた決闘騒ぎのツケ——


 ウィリアを困らせてしまったツケ——


 お父様の期待に応えられなかったツケ——


 そう考えるとね。なんだか不思議と心がスゥ〜っとした。


 もう、このまま殺されてしまってもいいんじゃないか……そんな気さえ、この時の私は考えるようになってたの。



(お母様……ごめんなさい。私——ここまでかもしれません)



 瞳を閉じて、瞼の裏の暗闇に、ふと謝罪を口にする。



 お母様を助けてあげれなかったツケ——



 頬に——暖かい雫が伝う。



 私……ここのところ、後悔してばっかり……嫌なことばかり考える。



 周りに迷惑だけかけて……何もできなかった。きっと、この瞬間も誰かに迷惑をかけているのかもしれないし。

 

 ティスリお姉ちゃんは探してくれてる? だとすれば彼女にも迷惑がかかってしまってるかもしれない。



 本当に私って……迷惑な女……



 それと……ウィリアはどうしてるかしら? 



 彼は私の事探して……は、くれなさそうね。彼は普通の日常を愛してるのだから……悪に捕まった元公爵令嬢を救うヒーローになんてなろうとはしなさそう



『僕の出る幕じゃないからな。無視だ無視……』



 そんな事、言われそう……本当に嫌な男ね……ふふふ……



 …………あれ?



 なんで私……ウィリアの事考えてるのかしら?



 変なの……あんなチンチクリン。なんとも思っていないのだけれど……可笑しな現象?



「……おいおい。この人……こんなところで何してるの?」



 それに……なんだろう? 


 どうしてウィリアの声がこんなに近くに感じるの?



「悪趣味だな……虫唾が……こういうの……」



 心の声? もしくは夢をみてるとか? でも、それはそれでなんか腹が立つわね。なんで、アイツを夢にまで見なくちゃいけないのよ。

 それと、『悪趣味』『虫唾が走る』って私のこと言ってるのかしら? そう考えるとムカムカしてきたんですけど!


 その時——


 私の頬を柔らかく触る感覚が、そしてそれから……これは……


 私、背負われてる?


 そんな感覚が私を襲った。誰かの背中に身体を預けてゆっさゆっさと揺れている。


 ふむ。夢にしてはリアルな感覚ね。


 これはなんなのかしら? 不可解だわ。





 でも……凄く温かい。





 あら、揺れが収まった?



「ここまで……安心かな?」



 ようやく止まったわね。床に降ろされたみたい。



「彼女の道案内……それと助けてあげて……頼んだよ」




 これは、どう考えても夢じゃない。私を連れ出した人物の仕業ね。





 一体誰が……って……え? 





「……あれ? ウィリア? なんで……あなたが、ここに……?」


「……うわ。やっべぇ〜〜……」



 私のぼやける視界の真ん中——そこにあったのはウィリアの姿。


 嘘でしょう? 


 なんで、彼が……


 私は幻覚でもみてるの?

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