第57話 令嬢の奴隷生活初日——奴隷をやるって難しい……
その後——
あの手この手で……ウィリアに付き添って奴隷をやってみた。
一緒に行動できる時は、なるべく彼の背後に控えて、いついかなる時もウィリアの役に立てるよう尽力した。
それにしても……奴隷を始めてからというもの……やたらと周りがうるさく感じる。あろうことか、ご主人様の悪口を言う者まで——
だから、そんな連中を黙らせようとしたのだけれど……
『お願いだからやめてください! 社会的に死んじゃうからぁあ!!』
って、言われてしまった。
これは、どういうことかしら?
……社会的?
社会的……社会的……
——ッ!? 社会は敵!!
えっとぉ……ウィリアは一体何と戦ってるの?!
周りの反応や、ウィリアの言動——何1つとして私には理解できない。
奴隷って難しい。
それと、ティスリに頼んで昼食を用意してもらったこともあった。
私はまだ令嬢としての権限は使えるわ。
だから……少しでも良い昼食を食べてもらおうとウィリアの分のランチも用意してもらったのだけれど……
昼食のために用意した個室に向かう道中——アルフレッドに見つかった。
本当にあの男はめんどくさい。
まぁ、絡んできたのは私に対してというより、ウィリアを探してたようね。
『——オイ!! そこの愚民!!』
学園の通路にも関わらず怒声を飛ばすアルフレッド——
私はご主人様であるウィリアを守るために間に入って彼を守った。
『アイリス! なぜ、その男を守るんだ!』
『私のご主人様です。守るのは当然でしょう?』
そんなの、当たり前のことでしょう? 何を言ってるのだろうか。この男は——?
アルフレッドは私が奴隷で居ることをよっぽどよく思ってなかったようね。それは彼の張り上げた声が物語っている。
当然この後も……
『オイ、貴様!! どんな卑劣な手を使ってアイリスを陥れた!!』
ウィリアに食い掛かる。
うん。
これは由々しき事態よ。私のご主人様の危機なのだから当然よね?
アルフレッドは今にも飛びかかってしまいそうだった。だから、いつでもウィリアを守れる姿勢を形成して、私の左手は自然と刀剣の鞘を支えていたわよ。
だけどね……1ついいかしら……?
ウィリアを守るのはいいの。奴隷として、騎士として……彼を守るは当然で、私はいつでもその準備はできていたわ。
それよりも……
『貴様のような、なんの取り柄のない愚民が、あのストライド公爵家令嬢のアイリスに敵うはずがない!』
ウィリアとの決闘は、私も油断していたところがあって、反省する点は沢山あったわ。
『お前は卑怯な手を使ってアイリスに勝った様だな?』
今でも、あの時の戦いを頭の中で
『なんとか言ったらどうだ卑怯者!』
——ムキィイいいいいいいいいいい!!
——嗚呼!! なんなの!? なんなのよこの男——!!
さっきから『卑怯』『卑怯』『卑怯』って——?
じゃあ。なに……この男は、私が一般科の生徒に卑怯な手を使われて負けたって言いたいわけ? え? 私のこと馬鹿にしてるの??
私が卑怯者程度に負けるわけないでしょう!?
ウィリアは全然卑怯者じゃない。寧ろ、彼の果敢にも懐に飛び込んでくる姿はドキドキしたわよ? 私の一刀にも臆さず飛び込む奴が、卑怯なわけないでしょう!?
アルフレッド……あなたはなんなわけ? 何も知らないで憶測だけでモノを語らないでよ!
ねぇ〜〜どうしたらいいの。この気持ち……
斬っちゃう?
ねぇえ! 斬っちゃう??
今すぐ真っ二つにしてしまいましょうか!!
な〜〜んて、私は馬鹿な男に無性に腹が立ってしまって、周りのことは何も見えてなかった。
『——ッ? おい、アイツは何処いった?』
『——ッ!?』
1人の男子生徒の発言でハッとした。
だって……ウィリアがどこにもいなかったのだもの。
『——ッえ!? ご主人様!! 私を置いて、どこに行って……?! ご主人様ぁあ!!』
それからというもの……
私は必死にウィリアを探したわ。
彼の奴隷として奉仕しなければ……お父様から与えられた罰を受けたことにはならないもの。
これでは、私は約束1つも守れない虚言者になってしまう。そんなの騎士でもなんでもない。これ以上、私を……自信を惨めたらしめるのなんて……お父様に顔向けできなくなってしまう。
って……思ったの……
だけど……
『要らないです』
ウィリアにそう言われた瞬間——私は凍りついたわ。
結局……
騎士であり続けるのも……
奴隷であろうとしたのも……
約束を守ろうとしたのも……
これ、全部……私自信の矜持を守るための独りよがりだって気づいたの。
そもそも……
ウィリアは私を必要としてなかった。
『僕はね〜〜普段のありふれた日常で幸福を感じるんです。田舎出身のちっぽけな人間ですからね』
そう、彼の求めてたものは私じゃない。
『普通のありふれた日常が僕の幸福なの。どこの日常に……公爵令嬢を奴隷にする日常があるんだよ?』
それを私は……彼の幸せを台無しにした。
『今日一日、あなたと一緒にいたことで、周りから白い目で見られてました。どうしてくれるんですか? 僕の日常を壊してくれましたが?』
決闘を持ち出したのは気まぐれだけど……私はただ、彼と冒険者をやってみたかっただけ……彼の力に惚れてたんだもん。彼の能力があれば、あのラストダンジョンを攻略できるんじゃないかと思ったから……
『勝手に決闘を挑んで——勝手に条件を決めて——勝手に負けて——勝手に奴隷をやってる。僕の事情をまったく度外視して? ねぇ〜貴族ってなんですか? ただ偉ぶって、地位を傘に着て好き勝手やる生き物ですか? そうやって僕の日常をぶち壊して——これ以上また付き纏ってさらに迷惑かけてくれると?』
だけど……彼はそんなのは望んではいなかった。私はただの……
『あッはッはッは〜〜…………ふざけるのも大概にしていただけますか? お嬢様?』
迷惑な女に過ぎなかったのね。
この時——彼の吐き捨てた言葉に頭の中は真っ白だった。でも……どこかで私……まだ、諦めてなくて……彼に縋ろうと背中を追った。フラフラと……ついて行こうとした。
『——ッ付いて来るな!!』
そうしたら……気配を敏感に察して、遂にウィリアが怒ってしまった。いや、たぶん……彼はずっと前から私に対して怒っていたんだと思う。それも当然よ。今日1日を通して、彼の日常を壊して付き纏ってしまったのだから……
『迷惑だって! これ以上、僕に付き纏うな! どっか行けよ!!』
ウィリアの怒声。彼を観察する限りでは大人しそうな人だと感じていた。
けど、そんな彼にここまで叫ばせてしまうほど、私は彼を怒らせてしまったんだと……ようやく、自分のやってしまった愚行に気づいてしまった。
私はただ……彼を傷つけただけだって……
私は、草の上に脱力してペタンと座っていた。それは彼が居なくなる姿をずっと眺めながら……
この時の私は、自暴自棄だったんだと思う。
そう思えるほどに……
全てが……
どうでもよくなってしまったんだ。
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