第55話 令嬢の憂いの種3
私は負けた。
決闘で負けた。
こんなこと……微塵も考えてなかった。
私は相手を侮ってたんだ。
本当……腹が立つ。
別に
腹が立つのは、私に……
私自身に……心底、腹が立った。
悔しい……悔しい……ッ——悔しい!!
だけど、私にはこの気持ちを、どこかへぶつける吐口は用意されていない。
私は公爵家の人間——言ってしまった発言には責任が伴う。
決闘で負けたなら尚更——
だから……
あの瞬間——剣を折られた瞬間——正確には……
ティスリに負けを言い渡された瞬間——
そう……全てが……
全部がどうでもよくなった。
『お嬢様……お父様がお待ちです』
『…………』
私は決闘の後、ティスリに実家に引っ張ってこられた。そして、目の前には豪奢な扉の前に立たされて、その中へ入ることを彼女は勧めてくる。
私は無言で扉を開いた。
すると……
『来たか……アイリス。話は聞いている。決闘で負けたそうだな?』
部屋の中央にある大きな書斎卓に座り、腕を組んだお父様の姿がある。表情はいつもの通り、動揺一つない、いつものお父様の顔。
お父様は、決闘について知っていた。今から5分ほど前の事柄をお父様は知っていた。私の痴態を——
だけど、顔色1つ変えない。娘の不祥事をなんとも思っていないように……これは、貴族としての振る舞いとしては当たり前な光景だ。公爵となれば尚更——小娘の馬鹿げた決闘騒ぎになんて……何も思うことがないのよ。
『はい』
『そうか……で、これがその時の剣か?』
『そうです』
お父様の目の前——卓上には私の剣だったモノが置かれている。ただ、刃は中腹でポッキリと折れて、それは鉄屑へと成り下がっている。
私の誇りは砕かれてしまった。同時にそれは私の敗北の証明だった。
『相手は一般科のクラスの少年かぁ……それで条件は……』
『奴隷になることです』
『…………はぁぁ〜〜。まったく、馬鹿なことを条件に出したな。お前は……』
この時、お父様は長いため息を吐き出す。これが唯一の感情の揺らぎが確認できた瞬間だった。
『貴族が決闘を持ち出して負けたからには、それには責任が伴う。これは貴族であり、騎士である誇りの証明でもある。したがって、これを無碍にすることはできん。わかるだろう?』
『はい』
『相手は一般科の生徒なら——条件は……アイリス、お前自身が決めたのだろう? なら、その発言には責任を持ってもらう』
『はい……分かっております』
お父様は淡々と言葉を口にする。それは犯罪者を尋問するような語りだ。だけど、その表現は最も適当だと思う。
だって……私は罪人だから——
お父様を幻滅させ。貴族としてあるまじき痴態を演じた。
だから、そんな犯罪者と同義である私に下される言葉は当然予想していた。
『アイリス——お前は勘当だ』
『——ッ……はい……』
私は勘当を言い渡された。
これも当然だと分かってたこと。
私は、決闘の見返りとしてウィリアの奴隷になった。このままでは公爵家としての威厳は著しく失われてしまう。
だから、お父様は……
私を見捨てるんだ。
『学生でいる内は、公爵家の令嬢として扱うが……卒業と同時に家を出てもらう』
『はい』
『それと、お前は決闘の条件通り、そのウィリアという学生の奴隷となりなさい。これはお前が言い出したことなんだ。これを違えることはならん。分かったか?』
『はい』
『私は今から用事があって出る。今日は精々反省し、明日からの身のふり方を考えなさい。以上だ』
『はい』
お父様はこれだけを言い放つと、壁に掛けてあったコートを取ると、私の横を通り過ぎて部屋を出ていった。
『——ッ……』
この時……私は通りすぎるお父様を追って振り返る。思わず口から言葉が出かかったのだけれど……お父様は私に視線をくべることなく、身体は膠着の兆しを見せずに扉を開けて出ていった。私のことは、すでに眼中には収まっていないかと言わんばかりの所作に……私は言葉を失った。
『お嬢様? お話は終わられたのですか?』
ティスリがお父様と入れ替わりで部屋へと入ってくる。
『…………』
『このあとはどうしましょうか? まずはお部屋で寛ぐのはいかがですか? 私、腕に
侍女として、私のことが心配だったのでしょう。
この時の彼女は、いつも通りの立ち居振る舞いで、私に優しく声をかけてくる。
だけど……
『触らないでよ!!』
『お、お嬢様!!』
これが……私にとっては、たまらなく辛かった。
気づいたら、ティスリが私の肩に触れた瞬間に払い除けてた。
思いっきり叫んで……彼女を睨んだ。
まるで八つ当たりのように……
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