第31話 急に現れたオッサン

 一体、何があったのかと言うと……


 話は一旦、昨日——アイリスとの決闘後に遡る。


 僕が寮への道をノホホンっと、なんならスキップを踏んで帰っている最中だ。背後から1人のオッサンに声を掛けられた。



『君がウィリア君だね?』


『……? あなたは??』


『私はアイリスの父親だよ』



 ……って、ことは……ッ!?



『公爵家の御当主様!!』


『よい、そう畏るな』



 そうおっしゃられましても……心の中で『オッサン』呼びしてすいませんでした。

 

 マジ、すんません。



『それよりも君と話がしたくてね。アイリスとの決闘のことだ』


『えっと、それは……』



 やはりそのことか。決闘からまだ30分ぐらいしか経ってないが、もう情報を聞いたのか? それに御当主様自ら現れるとは思ってもみなかったぞ。だって公爵家の御当主様だよ? 僕みたいな田舎者のクソガキからしたら一生会えないような雲の上の存在だ。


 でだ……


 目の前にはダンディーで目尻をキリッとさせた40ぐらいの男性が立ってる。『オッサン』とは表現したが、そこそこの美丈夫の男だ。黒のトレンチコートに腰のベルトには2本のショートソードが括られている。


 うん……この佇まい。おそらく強いな。


 今の僕ではとても歯が立たん。


 僕は神器を手にしてからと言うモノ、観察眼が優れる様になった。イメージ的には目視で相手のレベルがわかる様な……そんな感じ。

 それで、目の前の公爵様を見てみた感覚。でも、レベルこそわからないよ? 僕だってまだレベルの低いゴミカスだからね。みじんこに毛が生えた様なクソガキさ。


 でも……このオッサン。全く隙がないんだよ。それだけは今の僕でもわかる。腰の後ろで腕を組んで自然体なんだけど、全く隙がない。


 こりゃ勝てんな——で、お手上げさ。


 はい、ばんざぁ〜い!


 下手に刃向かえば、ここで殺されてしまうか?


 これ……ここで僕の人生は終わるかも。


 あぁ〜僕の人生は、酔生夢死すいせいむしに終わるのか……



『ティスリの方から全て聞いている。アイリスに勝ったそうだな』


『あ!? いや! あ、アレは……事故と言いますか……』


 

 やっべ!? もう本題か!! まだ、心の準備がぁあ!!



『ふふ……そんなに怯えずとも良い。この件で、私は君を責める気は毛頭ないよ。むしろ、謝りに来たのだ』


『……え?!』



 すると……ダンディ侯爵は深く頭を下げた。が、だよ!? これはありえないことだからね!!



『ちょ、ちょっとやめてください! 僕なんかに頭を下げるのは!? 侯爵様!!』



 そりゃ〜〜慌てて止めにはいるさ。田舎のガキでもこれぐらいの常識はあるとも。おい。今、「うわ。ありえねぇ〜」って心に思ったヤツ出てこい。



『ふふ……君は賢明な子の様だな。私のこの行為がどれだけ問題なことか分かってるようだ』


『——えぇえ!?』


『だから、こうして2人きりで話しているのだ。どうしても君に……アイリスとの決闘の件を謝罪したかったんだ』


『…………』



 う〜〜ん? この人、すごい真面目な人だな。てっきり僕は貴族なんて、ただ偉ぶって国を良くしてるんだか悪くしてるんだか、『矛盾の生き物』だと思ってたけど、普通に良い人だよ。たぶん、人前では体裁もあるからこんな行為はできないんだけど、こうして2人だけの隙をついて謝罪をするとは……て、これそもそもなんの謝罪? 



『それにしても、うちの娘が負けるか……剣の腕は私も良くアイリスの鍛錬を見てやってるから知っているんだが……まさか剣を折られたか』


『それって……名誉を折る行為だからって……アレは決闘ではよくある事なんですか?』


『いや……アレはストライド家の家訓の様なモノだ。通常の決闘では、武器を失おうが相手を屈服させればいい』


『…………』



 うわ!? 何その面倒くさい家訓。ただのエゴかよ。



『……君、今心では面倒くさいとでも思ったか?』


『い、いえ……その様なことは……素晴らしい家訓だと思います。あはは……』



 おいおい、このオッサン、エスパーかよ。いや、顔に出てたか?



『ティスリに聞いただろう。昔、私も決闘の場で剣を折られたことがあると……』


『……はい』



 そうだっけ? そんな気はするけど……どうだったか?? とりあえず反射的に返事しちゃったぞ。



『私の剣を折ったというのは、私の妻でね。当時冒険者だった……』



 おい、まて——なに?? これ自分語りが続くのか?? 待ってくれ! 超帰りたい!!





——30分後——





『病気で遠くに行ってしまった妻を、あの子にとっては母を……彼女を思って願いを叶えたいと思っている様なんだよ』


『へぇ〜〜そうなんですね〜〜』



 誰か……僕を……殺してくれ……


 この退屈の時間から……開放してくれ……


 僕、自分にとってどうでもいい話は……死ぬほどどうでもいいと思っているんだ。


 この時間は死んでしまいそうなほどだ。耐えきれない。



『それで、娘がした君への条件だったが「奴隷になる」だったかな?』


『……ふぇ?』



 お? やっと自分語りは終わったか? 本題に入ってくれそうだ。



『その件でしたら、僕はそんな条件は認めてませんので、不問にでもしていただければ。そもそも公式の決闘ではなかった様ですし、内密の決闘だったなら別になかった事に……』



 そうそう。僕はこれを伝えたかったんだよ。公爵家当主であり、父親のこのダンディーさんが認知して認めてくれれば、明日からまた僕は日常を謳歌できる。そもそも自分の娘を奴隷にって……ありえないでしょ……



『いや……そのことだが……』


『……へ?』


『うちの娘……アイリスを、君の奴隷として使ってくれないか?』


『……は?』



 ——ッはぁああああ!!??

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