僕だけは知っている〜〜そこがチュートリアルダンジョンである事実を〜〜

バゑサミコ酢

第0話 僕だけが知っている

——オイ、聞いたか? またラストダンジョンに死神が出たってよ!


——死神? ……って言うと……ある日突然現れたって言う。フードを被った子供のことか? 


——あぁ……ダンジョン最高踏破組トップクランの【銀鳥(アージェントゥム アヴィス)】が40階層で目撃したらしい。


——にわかには信じられん話だ……そんなところに子供? だってラストダンジョンの最深部付近だろう40階層と言えば……


——あぁ……でも、冒険者の集団が助けられたって話を聞いたんだ。


——なんだっけ、変な名前で呼ばれてたよなソイツ? 仕立て屋がなんとか……?


——な。2本の漆黒のレイピア——柄部分が伸縮自在な紫の糸で繋がれている可笑しな武器を使うらしい。ソイツの攻撃範囲は糸が張り巡り、レイピアをモンスターに高速で突き立てる姿はまるで——【死を縫い付ける裁縫師——デス・テーラー】ってね。


——ど、どうせ冗談だろ? 誰かの話題作りのためのデマだろうよ。結局……


——まぁ、そうだろう。だってあのダンジョンは冒険者が攻略に乗り出す魅惑のラストダンジョン。完全踏破は全冒険者の夢だ。そして世界屈指の危険地帯でもある。で、50階層が最深部だっていうのに……そんなところに子供がいるわけないだろう? はは!


——だな! ははは!





「…………」





 これは、真実を何も知らない阿呆あほぅの会話だ。



 僕からすれば、何を馬鹿なこと言ってるんだろうと思えてならない。



 そもそも、あそこは『ラストダンジョン』でもなければ、『50階層が最深部』でもない……



 『世界屈指の危険地帯』と言ってるがちゃんちゃらおかしい。



 『完全踏破が全冒険者の夢?』……この世の冒険者は志が小さくて困惑してしまうよ。





 ——訂正しよう!





 あそこの『最深部は100階層』だ。



 危険だなんだと言うが、僕にとっては『単なる遊び場』にすぎない。



 ラストダンジョンだとかいう場所の踏破が夢? それは、全人類の大人が……『ママのオッパイを卒業して、夜1人でトイレに行けるようになるのが夢ですぅ〜』っと……



 言ってるようなモノ——


 

 だが……恥じる事はない。



 だって、知らないんだから仕方ないよ。



 この事実を知っているのは僕だけなんだから……



「ご主人様? お一人感慨に耽るご様子ですが……いかがいたしましたか?」

「……ん? 別に……ただ、街中から聞こえてくる噂に耳を傾け、虚心坦懐きょしんたんかいに聞いていただけさ」

「……? 左様ですか?」


 

 と、数人がいたな。まぁ、彼女は偶然、僕に拾われたんだから知ることになったんだけどね。



 ただ……



 僕だって、たまたま運に恵まれて知った事実だから誰彼構わず自慢げに広めるつもりはない。

  


 寧ろ、僕の野望のためにも……


 

 この『真実』を知られるわけにはいかないのだ。



「——あ!? 居た!! ウィリア、ちょっと待ちなさい! 今日こそあなたを振り向かせて見せるんだから!!」


「……ッ? ——はぁぁ〜〜……」



 もう1人——うるさい例外が来た。本当に目障りでしかない女が……



 とにかく、この馬鹿令嬢は無視だ無視——



 話を戻そうか……で、どこまで話したかな?



 ——ッそうそう『真実』だったね。



 それでだ——この世は冒険者で溢れている。それは数多の資源と宝を求め危険だという『とあるダンジョン』を目指したからなのだが……



 人々はそこを『ラストダンジョン』——





 【光の迷宮アルフヘイム】





 と呼んだ。



 だが……



 これがそもそもの間違い。


 

 そのダンジョンを超えた先——そこには無数のダンジョンが犇めき合う天空世界が広がっている。その頂点にあるのが『真のラストダンジョン』——



 世界中の人々が盲目的に魅了されてやまない……そのダンジョンは……



 単なる——





 【チュートリアルダンジョン】





 でしかない事実を……





 僕だけが知っている。



 そう……



 僕……



 【死を縫い付ける裁縫師デス・テーラー



 だけが……



 まぁ、この異名も何も知らない阿呆あほぅに、勝手につけられたんだけどね。


 




 


 

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