第7話

 ペトラが牧場の家畜と打ち解けるのに、大して時間はかからなかった。


「私が販売を担当するから、ペトラは世話を頼む」


「任せて下さい! ポンドさん!」


「一応は養父なんだし、お父さんと呼んでくれてかまわないよ」


「お、お父さん……」


「ははは、冗談だよ。じゃ、行ってくる」


 魔物牧場の仕事は大きく分けて二つ。

 一つは魔物の飼育で、もう一つは畜産物の販売だ。

 ペトラは飼育を、ポンドは販売を担当していた。


「ここ数ヶ月で一番の売り上げだって。頑張ったねぇ、君達」


 声を弾ませながら家畜の世話をするペトラ。

 家畜たちはペトラに触られると甘えるような声で鳴いた。


 魔物牧場の経営で最も大事なのは、家畜である魔物から好かれること。

 通常の動物とは違い、魔物の機嫌次第で畜産物の量と質が変わるのだ。

 その点、ポンドは失格であり、ペトラは合格だった。


 ペトラが牧場で働くようになって数日。

 たった数日の間に、牧場の収益はグングン伸びていた。

 今では家畜の数を増やそうか検討しているくらいだ。


「お父さん……か」


 ペトラの真の父はポロネイア王国の公爵。

 しかしその父は、まともに父らしいことをしていなかった。


 ペトラがルークと交際関係に発展した時もそうだ。

 公爵の言葉は「これで儂も王族の仲間入りだ!」である。

 二人の関係を祝福するのではなく、自分のことだけを考えていた。


 一方、会って間もない義父のポンドはどうだ。

 彼は常にペトラを気に掛けていて、父親らしく振る舞っている。

 地位や権力は実父の方が上なのに、人としては養父の方が優れていた。


「なんだかなぁ」


 ペトラはなんともいえない気持ちになった。


 ◇


 異変があったのは、その日の夜。


「グガァァァァァグガァァァァァ!」


 絶好調だったポンドのいびきが――。


「ゲホッ! ゲホッ! ヴォェェェエ……!」


 ――突如として酷い咳に変わったのだ。

 更には何かが割れたような激しい音まで響く。


「ポンドさん!? 大丈夫ですか!?」


 ペトラは慌ててベッドから出て、ポンドの部屋に向かう。

 そこには大量の血を吐いて倒れるポンドの姿があった。

 棚の上に置いていた花瓶が地面に落下して割れ、散乱している。


「ペトラ……ペトラ……」


 ポンドの顔色はいつになく悪い。


「今すぐお医者様を呼んできます!」


「ま……待て……」


 部屋を飛びだそうとするペトラを、ポンドが止める。


「私は……もう……駄目だ……」


「そんな弱音を吐かないで下さい、今、お医者様を」


「違う……そこ……見てくれ……」


 ポンドが棚の一部を指す。

 ペトラは指示のあった箇所の棚を開ける。

 中には紙が入っていた。


「これは……!」


 その紙はポンドの医療記録だった。

 それを見てペトラは知った。

 ポンドが不治の病に冒されていたことを。


 紙はもう一枚あった。

 そちらには遺産の相続について書いてある。

 相続人はペトラになっていた。


「どうして……」


「実は……じきにこうなると……分かって……いた……」


 ポンドが「ガハッ」と盛大に吐血する。


「も、もう話さないでください!」


 ペトラはとにかくポンドをベッドに寝かせようと考えた。

 彼の腕を自分の首に回して起こし、ベッドの上に横たわらせる。


「あっち……棚……」


 ポンドが別の棚を指す。


「この棚にお薬が入っているのですね!?」


 ペトラが棚を開ける。

 しかしそこに入っていたのは紙切れだった。


 ペトラは開ける棚を間違ったのかと思った。

 だから他の棚も開けるが、何も入っていなかった。

 どうやらポンドはこの紙を見せたかったようだ。

 そう判断したペトラは、紙に目を通した。


 それは手紙だった。

 ポンドからペトラに宛てた手紙。


 内容は謝罪だった。

 実は初めて会った瞬間から、ペトラが公爵令嬢だと気づいていた。

 求人広告を出す予定と言ったがそれは嘘で、本当は牧場を畳むつもりだった。

 近いうちに自分が死ぬであろうことも分かっていた。

 しかし、自分には身寄りがいない。

 このまま死ぬと牧場が見知らぬ誰かの手に渡ってしまう。

 だからペトラを養子に迎え、牧場を託そうと考えた。

 全てを黙っていて申し訳ない――という旨のことが書いていた。


 手紙を読み終えた時、ペトラの目から涙がこぼれた。


「謝ることなんて何もありません。私はポンドさんのおかげで救われたのです。これからたくさん頑張って恩返しをしたいのです。ですからまだ、まだ死なないで――」


 ペトラが振り返った時、ポンドは既に死んでいた。

 口角を少し上げて、幸せそうな顔で永遠の眠りに就いている。


「嘘……嘘! そんな! いやぁぁぁぁぁ!」


 ペトラはポンドに抱きつきながら泣いた。

 泣いて、泣いて、ひたすらに泣いて、朝まで泣き続けた。

 涙は涸れることなく、いくらでも溢れてきた。


 やがて朝になった時、ペトラは動き出す。

 もっともっと泣きたいが、泣いてばかりもいられない。

 もはやこの牧場には自分しかいないのだから。


「この牧場を守り抜き、もっと立派にしてみせます。どうか楽しみにしていてください――お父さん」


 ペトラは涙を拭い、部屋を後にした。

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