魔王と勇者と幹部共

魔王と勇者と幹部共①

 魔王城の一室、玉座の間。


 いつもは静かなこの部屋は今、あまりにも混沌とした状況に陥っていた。


「魔王様……!これは一体どういうことですか……!」


 静かで落ち着いた、だが少なからぬ怒りを含んだ声が玉座の間に響き渡る。


 声の主である氷魔ルルヴィゴールの視線の先には、部屋の中央に置いた机に座っている俺ともう一人――エリスの姿があった。


 剥き出しにした敵意を隠そうともせず、ルルヴィゴールはエリスを睨みつけながら口を開く。


「なぜ、人族がここにいるのです……!?」


 幸いにもエリスはいつも着用している鎧を脱いでいたため、勇者だとは気付かれていない。


 だが、そもそも魔王城の中に人族がいるというだけでも異常事態なのだ。

 加えて、飲み物とお菓子をテーブルの上に広げていかにもお茶のようなことをしているものだから、ルルヴィゴールからしてみれば余計に訳のわからない状況になっていることだろう。


 とりあえず深呼吸を一つして気持ちを落ち着かせる。

 魔王はどんなことがあっても慌ててはならない。

 本音を言えばエリスのことがバレてカップを持つ手が小刻みに震えてしまうくらいには動揺しているが、慌ててはいけないのだ。


 俺の対面に座るエリスが息を呑む。

 この状況のヤバさはおそらく俺よりもずっと強く感じていることだろう。


 逃げられるか、とアイコンタクトを飛ばしてみるが、エリスは微かに首を振る。

 ただでさえ不慣れな魔王城、そこから幹部達を相手に逃げ切るのはさしものエリスにも難しいようだ。


 幹部達――そう、『達』なのだ。


 俺達の目の前にいる幹部は、ルルヴィゴール一人だけではなかった。


「オレにはよくわからねぇが、とにかくこりゃあ近年稀にみる大問題だってことはわかるぜ」


 恰幅のいい巨体を持つ大男、火魔デルゼファー。


「ロルちゃんにはよくわかんないけどぉ、とりあえずやばやばってことだけはわかるかなぁ!」


 生意気そうな笑顔を見せる童女、闇魔ロルデウス。


「あらあら。とりあえず、よくわからないと言っておけばいいということは、わかりました」


 おっとりとした笑みを浮かべる修道服を着た小柄な女、光魔ガルゼブブ。


 そして氷魔ルルヴィゴールを合わせれば、今この場に魔王軍幹部が揃い踏みしていた。


 幹部なのにほとんどが状況をよくわかってなさそうなのは上司として一言物申したいところではあるが、今は置いておこう。

 今何より大事なのは、エリスをこの場から無事に逃がすことなのだから。


 なぜこんなことになってしまったのか。


 それは三十分ほど前に遡る――。


――――――――――

 

 エリスとの月に一度の定例会議の日。

 今日も今日とて、俺はエリスと向かい合っていた。


 【玉座の間】にて、いつも通り部屋の中央まで来たエリスは、腰に携えた細剣を綺麗な動作で引き抜き、刃の切先をぴしっと俺に突きつけて言った。


「魔王デスヘルガロン。今日こそあなたを打ち倒し、世界に平和を取り戻します」


 いつも通りの前口上。

 何度も言っているからかエリスも慣れたもので、すらすらと言葉を並べていく。

 初めて口上を述べた二回目の時なんかは恥ずかしそうにしながらつっかえつっかえしていたのだが、ほんと、人の成長とは著しいものだ。


 ちなみに、その頃俺はエリスに『ガロンさん』ではなく『魔王さん』と呼ばれていた。

 態度も余所余所しかったし、口調も今よりずっと堅かったことを思い出して、なんだかとても懐かしい気持ちに――と、いかんいかん。

 年を取ると昔のことばかり思い出してしまって良くない。


 せっかくエリスが来てくれているのだから、余計なことを考えている時間はそれこそ無駄と言うものだろう。


 いつもはここから適当にやり取りをしたあと【魔王の間】へと移動してお茶会をする流れなのだが――。


「まぁ待てエリス。今日はそういうのはやらなくていい」


「……どういうことですか?」


 困惑した様子を見せるエリスだが、無理もないだろう。


 玉座の間にはいつもルルヴィゴールのほかに最低でも二人の魔族が配置されていて、何か起こった時すぐ対処できるようにしている。

 そんなところで素を見せるなんてそれこそ自殺行為に等しい。

 それは当然俺もよくわかっている。


 しかし、今日だけは別だった。


「実は、魔王城で仕事している魔族全員、外に出払っていてな。今日一日この城には俺一人しかいないんだ。だから気を使う必要はない」


 王を残して全員いなくなるなんて何事かと思われるかもしれないが、これは俺があえてそうさせたのである。


 すると、『そうですか』と言って素直に頷いたエリスは、細剣を鞘に納めると、兜を取っていつもどおりふんわりとした優しい笑顔を浮かべた。


「お城の中に誰もいなかったので、何かあったのかと思ってびっくりしちゃいました」


「悪かったな。エリスを驚かせるためにこんなことをしたわけじゃないんだが」


「もちろんわかってます。でも珍しいですね、ガロンさん一人なんて。何かあったんですか?」


 エリスにしてみれば当然の疑問だろう。


「ああ。しばらく休みを与えていた幹部達が帰ってきてな。冬へ向けての備えも終わって丁度区切りの良い時期だから、回復祝いも兼ねて宴の席を設けたんだ。だが、俺がいると色々気を使って楽しめないだろう?だからこうして一人で留守番を――エリス?」


「そう、ですか……」


 うわ言のようにそう呟くと、エリスはあからさまに元気を無くしてしまう。


 その理由にはすぐに思い至った。


 幹部達が休んでいた理由――それは、エリスが初めて魔王城へ到達したときに戦い、敗北したからだ。


 当然、正々堂々戦ったエリスに落ち度は何一つとしてないし、それは幹部達も理解しているというのは伝えているのだが、律儀なエリスはずっと気にしている。

 魔族に対して偏見のない、何なら親愛の情すら持っているエリスだからこそ、尚更そう思ってしまうのかもしれない。

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