第8話 決断
氷川警部と中原は、坂城隆士の自宅に到着した。坂城はドアを開け、二人を迎え入れると、どこか疲れ切った様子でリビングのソファに腰を下ろした。彼の目には明らかな憔悴が見て取れた。
「今日はお時間をいただき、ありがとうございます。」氷川警部が切り出した。
坂城は無言でうなずき、彼の目にはすでに涙がにじんでいた。「僕は、もう衆議院議員を諦めます。父のようにはなれない。こんな事件に巻き込まれてしまって…」と、声を震わせながら言った。
氷川は静かに頷き、話を続けた。「坂城さん、亡くなった信川康介が、昨日亡くなる2時間前からあなたの家の近くに立っていたことをご存知ですか? それには理由があります。」
坂城は不思議そうな表情を浮かべた。「理由ですか?」
氷川は手元に持っていた小さな包みを取り出した。それは、信川が所持していた穴の空いた財布だった。「この財布を渡すためです。この財布は、あなたが坂城勇次さんに48歳の誕生日にプレゼントしたものと聞いています。あなたのお父さんは、銃撃された際もこの財布を肌身離さず持っていて、それを非常に大切にしていたのです。」
坂城はその財布を見つめ、目を見開いた。「この財布が…」
氷川は続けた。「この穴は、銃撃されたときにできたものです。信川さんは、この財布のことを聞き、鑑識の人から譲ってもらったと聞いています。彼は、坂城勇次さんを殺害したことを非常に後悔していました。どんな理由があっても、殺人は許されませんが、彼はこの財布を通じて、あなたに謝罪の気持ちを伝えたかったのです。」
坂城は財布を手に取り、その穴を指でなぞった。涙が彼の頬を伝い落ちた。
「信川さんは、あなたの父親の形見であるこの財布を通じて、謝罪の気持ちと共に、これからは真っ直ぐに生きていくという決意を示したかったのです。そして、彼は最後まで政治家として全うしたあなたの父親の思いを、あなたに伝えたかったのだと思います。」氷川は優しく言った。
坂城は泣き崩れ、財布を胸に抱きしめた。「父さん…」
氷川警部はその姿を見つめ、深い感慨にふけった。彼の胸には、どんなに過酷な状況でも、希望と赦しの光が人の心を癒すことができるという思いが込み上げてきた。
「この世には、どんな事情があっても、殺人は許されません。しかし、信川さんの最後の行動が、あなたにとって少しでも意味のあるものであれば、彼の魂も安らかに眠ることでしょう。」氷川は静かに述べた。
その後、坂城隆士は政治家としての道を再考し、父親の志を継いで正しい道を歩むことを決意した。氷川警部はその決意を見届け、内心で小さな安堵を覚えたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます