赤点の咎人

風若シオン

第1話 落単学生の欠点課題

 「よく頑張ったな。欠点回避だ」


 英語教師のお爺が、僕の解答用紙を満足げに眺め褒めてくる。

 クラスメートたちが一斉に拍手。

 僕が英語で赤点とらないなんて事あるのか……?


 「僕が英語で赤点とらないなんて事あるのか……? って思ったね」


 隣の席に座る、成績優秀品行方正見目麗しき委員長様……を自称している成績優秀見目麗しく素行不良のお嬢様が、その慧眼で僕の心中をお察しする。

 肩当たりで切りそろえられたショートカットの黒髪の中で目立つ、赤く染められた一房の長い前髪を指で弄んでいる彼女は闇崎。同級生である。


 「闇崎、髪染めは校則違反だと何度言わせる……」


 「すみません、でも地毛なんです信じてください!!」

 

 髪色とおそろいの真っ赤な嘘だな。


 「引っかかったな、別に髪染めは過度でないものは校則違反ではない。だが教師への虚偽申告は違反だ」


 「げ、かまかけられた!?」


 ……お爺、意外とお茶目だな。

 してやられた、という表情の彼女。

 クラスメートたちが一斉にドッと笑う。統率の取れた、という表現が似合う仕草の揃いようだ。

 ……やれやれ、クラス開始1日目でこの連帯感はおかしいだろう。

 

 「で、闇崎。今回の欠点課題はコレの解決だったか?」


 「そうだね。間接的な手法が狡猾だね、本体に力は無さそう」


 「だな。本体見付けるのは面倒だし、さっさと終わらせよう」


 しぶしぶ重たい腰を上げ、僕は椅子の上に立つ。

 教室内の様子が、くまなく見える。

 この居心地が良すぎるクラスを形成するクラスメート達は先程までと変わらない微笑を浮かべたまま、僕の奇行になんの反応も示さない。


 「生物基礎、マイナス50点。"ファージ"」


 僕が言葉を紡ぐと同時、ズンッ、と重低音が校舎に響く。

 屋上に僕の使役する、T2ファージ型のペットが顕れる。

 "PETプラクティカルイグザミネーションタリスマン"、実践的試験の御守り……だったか? 英語は点数が良くないから合ってるかわからん。


 「ちょ、え、ウチらまだ脱出してな……」

 

 「そん時はそん時だ」


 50点もくれてやってんだ、ちゃっちゃと英語文法の欠点課題を片付けてくれよ。

 チンピラお嬢様が悲鳴を上げると同時、ファージが力を放ち、その爆音を聞く間もなく僕らは木っ端微塵になった。


 【1時間後】


 「キミ馬鹿だね!? ねぇホントに馬鹿だね!?」


 「だーから欠点課題やってんじゃねーか」


 「あんたそれで教師目指してるの? 君は他人をもっと大切にしないといけないんだね!?」


 面倒見の良いチンピラお嬢様は、僕のどこを狙えば良いか判らないなら全部ぶっ飛ばせば良いじゃない作戦に不服だったらしい。

 仕方ないじゃないか、大体なんなんだ。

 僕らの通う、教職員育成専科高校で課される、定期テストの点数悪かった際の欠点課題。

 知的生命体思念捕食地球外不定形生命体擬態形態、通称"学校の怪談"退治。

 まあ要するに。

 エイリアンが知的生命体の考えや思いとかいう曖昧なモノを食べに知らない間に地球にやって来て、学校に擬態して人を喰います、それにより起こる異変"学校の怪談"をバスターしろ。

 ってのが、僕らの通う高校で課せられる欠点課題だ。

 なんでそんなとんでもない欠点課題が課されるのか、教職員育成専科とは? ってな事を僕も最初は思ったさ。

 残念なことに、"学校の怪談"に全世界ほぼ全ての教職員・学生が喰われちまって、生き残った教職員・学生は超少数。

 残った僅かな学生を、未来の世代の為に教職員に育成する学校が教職員育成専科高校。

 そしてその選ばれし職業"学生"の中の落ちこぼれが、僕、赤川慧あかがわ けいとチンピラお嬢様こと闇崎瞳やみさき ひとみである。


 「落ちこぼれだからってさー、命懸けで働かされるのって酷くない?」


 「仕方ないだろ、僕らしかアイツらの……なんだっけ、洗脳的なやつ」


 「マインドコントロール? 変なフェロモンだかで人間の脳バグらせてくるやつだね」


 「それ。それが効かないの僕らだけだろ」

 

 「そうだけどさぁ……」


 「大体、世間では生き残ったから戦えると思われてそうだけど、僕ら以外の教専生は偶然生き残っただけで戦えないからなぁ。

 あいつらは欠点課題として戦ってるんです、あなた達もそれで守られるからいいでしょ、って言い訳エクスキューズを世の中に与えてるんだよ」


 「怪談退治に忙しくて試験勉強できなくて赤点です、なので欠点課題やれ、ってなかなか猟奇的だね。はははっ」


 無理して笑っていそうな軽い声。

 彼女を辛そうだな、と慮れる心がまだ僕に残っていて良かった。


 「ま、だからなんとか得意科目は確実に取りつつ欠点科目を減らす或いはマシな点をとってPETをフル活用しなきゃな」


 「あんたは国語、生物、地理だっけ。ウチの英数使いにくいからうらやましい」


 「何言ってんだ、汎用性高すぎるくせに」


 PET。エイリアン野郎共の情緒捕食器官から作り出された、対"学校の怪談"用装備。

 試験の点数を消費し、エイリアン支配領域内で領域内物理に従った恣意的行動を可能とするファンタジー装備。

 "プラクティカルイグザミネーションタリスマン"の名の通り、まだ使い方も安全性も完全には解明されていない、あくまで"御守り"だ。

 本来なら使用者は、エイリアンが捕食して消化するプロセスの逆で情緒体としてヤツらの本体と同じエネルギー体になれるらしいが、不可解な点も多い危険性から、学業に結びつけるという"儀式"を経て紐付けたイメージを事象化・使役して戦う、って使い方が主だ。

 50点使ったから、生物基礎は46点になって英語文法34点が欠点課題プラス10点で44点になったか。まだなんとかなりそうだ。


 「ウチらはモルモットかよなー、いつか目に物見せてやる」


 「あぁ、……そうだね」


 これは、僕らが惑星ほしを取り戻し、僕らを虐げる学校に報復するまでの。

 ―大きくて小さい、戦いの物語。

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赤点の咎人 風若シオン @KazawakaShion

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