二章:発芽
「その時ね〜」
隣で上機嫌に話すカエル。あの日から毎日ボクの所へ来ていた。
皆勤賞ですね、誰の得にもならないのでお帰り下さい──って言いたいところだけど楽しそうに話してるし放っておいてる。話は聞いてないけど。
「それにしても、寒くなって来たわね」
カエルがいきなり話を振ってきた。
今は夏の終り……いや、秋の始まりかな? そろそろ稲刈りが始まる時期である。近くに田んぼがあるから、この池も汚れるんだよな。気にしないけど……
「私もエサを探しに行かなきゃなぁ」
「え、行っちゃうの?」
「え?」
お互い、見つめ合ったまま動けない。カエルが何気なく言った言葉。それにどうしてボクがあんな反応してしまったのか、僕自身分からない。別にコイツの話なんてどうでもいいはずなのに。
「なに、もしかしてアタシの話、聞きたいの?」
カエルはニヤニヤしながら聞いてくる。
「別に……多分、どーでもいい」
ボク自身も今はよくわからなくなっていた。この数ヶ月間、毎日のように聞き流していたカエルの話。
聞き流していたはずなのに……それが日常になってしまったのか? だからなくなるのが嫌?
「アタシが男に絡まれた時の話覚えてる?」
確か、交尾時期にドデカイ雄カエルに無理やり犯されかけた話だっけ……まだ成ガエルしてない時期だったから必死に逃げたとか何とか言ってたような。
「プッ……それ、2ヶ月前くらいにした話よ。めちゃくちゃ覚えてんじゃん」
「う、嘘だ……」
き、聞き流してたはずなのに……ボクは、ちゃんと聞いてたのか?
「そーいえば、アタシが初めてここに来たときは素っ
気なかったのに最近は自分から寄ってくるようになったよね」
えぇ……?!
とボクは思った。思った、というか驚いた全く自覚がなかったんだよ。驚くのも無理はないだろう……
「でも、アタシは行かなくちゃ。たまには帰ってくるわよ。この時期に食べないと冬眠できないからね」
そう言って池から出ていくカエル。その後ろ姿にボクは何か言おうとしたが何も声をかけられなかった。
初めて会った時に上手く返答できなかったように。ボクは何も成長してなかった。
◇ ◇ ◇
「今日も来ない……」
カエルが出ていってから早二週間。カエルは一度も姿を現してない。カエルはこの池に入ってくるがそれはあのアマガエルではなかった。
あのとき、どのくらいで帰ってくるのか聞いとけば良かった……早くも後悔を始めるボク。
ピチョン
そんな音が聞こえた。何かが水に飛び込む音。どーせただのカエルだ。
「珍しいわね。喜んで来るかと期待してたんだけど」
ボクの耳を打ったのは拗ねたような声。アマガエルの声だった。慌てて振り返ると目の前にアマガエルがいる。
ボクは嬉しさのあまりアマガエルに突進するところだった。ぎりぎりで止まったけど……っと、ボクは改めて彼女を見る。
「……ちょっと太った?」
「なっ! 仕方ないでしょ、そういう時期なの
よ……」
マズイ、女の子に太ったなんていうのはデリカシーが無かったか。
「それより聞いて。アタシ、鳥に食べられかけたのよ。ほんとに、死ぬかと思ったわ」
「え、大丈夫なの?!」
カエルは何でもないように言うが本当に死にかけてるじゃん……ボクが驚いているのが不思議なのかカエルはキョトンとしている。
「大丈夫よ。アタシは足速いからね。逃げたわよ〜」
別のカエルが目の前で食べられた時は流石に終わったと思ったけど──とカエルは相変わらず笑いながら言う。だから笑い事じゃないんだよ。
「明日から、またエサを探しに行くわ。たまには帰ってくるから安心しなさい」
もう日が暮れそうだった。もうそんな時間か。もっと話していたいなぁ……
「冬眠までは話せるわよ」
「そうだね……」
カエルに心配させないように必死に笑顔をつくる。カエルは微笑んで池の外に向かう。ボクはその後ろ姿を眺める──だけじゃなかった。
「気をつけてね!」
「え、えぇ。当たり前じゃないの!」
カエルはちょっと驚いていたけど、すぐに嬉しそうに笑ってくれた。そしてそのまま出ていく……
ふぅ、緊張した。
「アタシ、その辺のオスガエルよりあなたのほうが好きよ。それじゃ」
池を覗くようにしてカエルが放った一言にボクの周りの水が熱湯に変わったような感覚に陥る。そのままボクは
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