弾丸は前にしか進まない


 ワームホール。

 ワープゲート。

 呼び方はなんでも良い。

 同じことだ。


 空間に開く大きな穴。

 別次元からの来訪を表現する舞台装置。

 

 ゲームのシナリオによっては何も無い所から突然、敵が現れるクソギミック。

 

 思い出されるのは今や『バープラ』内で知らぬ者はいない〈スケルトン〉のデビュー戦。


 レイドボス〈バスター・ゴリラ〉。


 その最中に突如現れ、古参プレイヤー達を震撼させた〈バスター・ゴリラ〉の随伴機テナガサル

 恐らく、アップデートによって追加され、意図的にプレイヤーに隠されたサイレントだった、二匹のテナガサルは空間に開いた穴ワームホールから現れたのではなかったか?


 思えば、町中にもワープを用いてエリア移動を行なう装置があった。

 快適にゲームを楽しむためのシステム的な事情もあるのだろうが、もしかしたら、空間移動ワープゲートは世界観的に当たり前に存在する技術なのかもしれない。


 「・・・どうやら、恥は欠かなくて済んだみてえだな」


 〈廃都〉エリアに無数に聳え立つビルの内の一つ。

 その屋上の床が崩れてできた大きな穴。


 本来ならば下の階の床が見えていなければならないその穴は、何も見えない真っ暗闇。

 その穴をバグではなく、通常のギミックワープゲートと判断した俺達は、その穴の中へと飛び込んだ。


 真っ暗な闇を潜ると、白い岩の地面。

 辺りが真っ暗なのは変らないから、一瞬『やっぱりバグだったのか!?』と冷や汗をかいたが、一歩踏み出した瞬間に、ブワッとゆっくり舞う砂埃を見て、わかった。


 無重力。

 宇宙。

 月。


 「そんな・・・!〈宇宙〉のエリアなんて聞いたことありませんよ!」


 「マジか!じゃあ、新発見じゃん!!」


 どうやら『バープラ』ではまだ、〈宇宙〉のステージは未到達だったらしく、〈ジーク〉は驚愕している。


 始めたばかりのオンラインゲームで誰も触れたことの無い場所に先んじて踏み込む。

 宝くじが当ったみたいな感覚に、俺も興奮気味だ。


 いや、だって結構な奇跡だろコレ。


 「・・・確かにバグじゃあ無かった見てえだが、何もねえな・・・」


 そこは経験の差か俺と違い落ちついている〈ロボキチ〉の言う通り、辺りを見回しても、岩の地面と暗い空の地平線が続いているだけだ。


 「ただのエリア移動で、何かイベントがあるわけじゃないんでしょうか?」


 「じゃあ、取りあえず探索を・・・


 しようぜ、とは言えなかった。


 一瞬、空で星が光ったと思ったら、〈イン・ガリバー〉の上半身が丸ごと消し飛びんだ。

 

 地面に着弾した光が、土煙を舞い上げる。


 「!!狙撃!?・・・いや、砲撃です!!」


 「いきなりなんだってんだ!!」


 〈イン・ガリバー〉は謎の砲撃によって撃墜された。

 俺と〈ジーク〉はすぐさま、戦闘態勢に入る。


 「上方向!!」


 「!光った!また撃ってくるぞ!!」


 俺と〈ジーク〉はバーニアを吹かし、黒い空へと、飛び上がるのだが・・・?


 「!?おおぉ!!?」


 「くっぅ!これは・・・」


 し、姿勢の制御が、上手くいかない・・・!

 それに、いつもよりバーニアでの移動量が大きい!


 何の訓練も受けずに宇宙空間に躍り出る宇宙飛行士はいない。


 〈宇宙〉エリアは無重力のエリア。

 当然、操作感は変る。


 感覚として近いのは水中だが、手足を動かす時の重みというか、抵抗がないため、動きが軽くなり過ぎている感じだ。


 そして、抵抗や摩擦が無いということは慣性がモロに働くということである。

 〈スケルトン〉や〈ジード・フリート〉の様な高機動機体は空気摩擦による減速を一種のブレーキとして用いるテクニックが必須になってくるが、それが機能しない。


 要は、一つ一つの動作が


 「くっ・・・!」


 〈ジーク〉は経験故か、何とか機体を制御している。


 「おぉおおぁぁ!!?」


 が、俺にはそんな経験は無く、おまけに推力が〈ジード・フリート〉の比ではない〈スケルトン〉は制御が難しい。


 〈スケルトン〉は独楽の様に回転して、止まることができずにいた。


 「〈フルカゲ〉さん!」


 見かねた〈ジーク〉が〈スケルトン〉の腕を掴み、回転を止める。


 しかし、それは悪手だ。


 「ちぃっ!!」


 回転が止まって、助かった俺はすぐに〈ジード・フリート〉を思いっきり蹴り飛ばす。


 途端に視界が光に染まり、伸ばした右足の感覚が消える。


 「ぐぁ・・・」


 「がっ・・・」


 〈ジーク〉の呻き声も聞こえた。

 見ると〈ジード・フリート〉の左腕が無くなっている。


 「構わなくて良い!!動け!!」


 「はい!くっ!!」


 今度は光点が三つ。

 しかも、あの離れ方。


 「三体もいやがるのか!?」


 俺は〈スケルトン〉の残った左足の裏にあるバーニアのみに意識を向ける。

 一点、一方向だけのバーニア操作なら推力は落ちるが、制御できるはずだ。


 三つの砲撃が背後の地面に突き刺さる。


 まだ敵の姿は見えない。


 「〈ジーク〉!とりあえず敵に近づきたい!行けるか!?」


 「はい、なんとか!」


 敵の姿が見えない以上、後退は危険だ。

 それに、〈スケルトン〉も〈ジード・フリート〉も近中距離を得意とする機体だ。

 離れられては、何もできない。


 俺と〈ジーク〉はさらに上昇し、岩肌の地面からさらに離れる。

 こうして近づいている間も、光点は瞬き続け、その数もどんどん増えていった。


 「くっぅぅぅっ!!!」


 「〈ジーク〉!!」


 「気にしないでください!!」


 〈ジード・フリート〉が再び被弾し、残っていた右手も消し飛ぶ。

 片腕を欠損していたことでバランスを崩し、操作に狂いがでたのだ。


 ・・・このままでは敵の姿を一目見ることも無く、死ぬ。


 ここは、賭けにでるべきだ。


 「〈ジーク〉!」


 俺は先程〈ジーク〉に言った言葉と真逆の行動を取る。

 即ち、〈ジーク〉に近づき、腰に手を回して、ホールドする。


 「えっ!?ちょっ、なn・・・「〈ハイ・マニューバ〉ぁ!!!」


 間髪入れずに、全ブースターを全開にして突進するスキル、〈ハイ・マニューバ〉を起動する。


 〈ジーク〉が何か言おうとしていたが・・・そういえば、〈ジーク〉は前に足を掴まれて、〈ハイ・マニューバ〉を体験しているんだった。

 つまり強制ジェットコースターに対する抗議か。

 すまんな、後で聞く。


 〈ハイ・マニューバ〉は目標に向って、全バーニアをに全開で点火する。

 スキルがバーニアの向きを揃えてくれ、出力もベタ踏みだから、真っ直ぐ飛ぶだけなら可能なはずだ。


 ただし、〈ハイ・マニューバ〉が終われば、バーニアが使えない〈スケルトン〉にこの宇宙空間での移動手段が無くなる・・・確実に撃墜されるだろう。


 次の砲撃が来る前に猛スピードで、敵に近づこうとする〈スケルトン〉。


 普段より、〈ハイ・マニューバ〉の勢いも強い。

 しかし、所詮は直進。

 

 「〈フルカゲ〉さん!前から!!」


 光点が瞬く。

 また砲撃が来る。

 このままでは真っ正面から砲撃を食らい、二機とも消し飛ぶだろう。


 「〈ジーク〉!!真横に向ってバーニア吹かせぇ!!」


 「!っ」


 〈ジード・フリート〉が右足を大きく開き、真横に向ってバーニアを全開で点火する。

 その瞬間、ガツンっ!!!と〈スケルトン〉の軌道が大きく変った。


 ・・・弾丸は横からの衝撃を受けると、大きく軌道を逸らす、と映画で見たことがある。

 つまり、早く動く物は側面からの力に大きく影響されるのだ。


 普通ならクラッシュ待った無しだが、ここは障害物の無い宇宙、衝突の危険は無い。

 

 そして、弾丸は軌道を変えても後退はしない。

 何かにぶつかるまで、前に向って進むんだ。


 〈スケルトン〉と〈ジード・フリート〉は大きく斜め前に進路を変え、直前までいた地点にビームと砲弾の雨が降り注ぐ。


 「よし!抜けた!!」


 後は〈スケルトン〉のバーニアが停止しだい、この加速のまま〈ジード・フリート〉のバーニアで軌道修正をかければ・・・。

 

 「〈フルカゲ〉さん!!アレ!!」



 近づくことに全力を傾けていた俺は遅れて気づいた。


 砲撃をしながら、敵も近づいていたことに。


 敵が遠目にだが目視できる位置まで来れていたことに。


 「う、・・・宇宙戦艦かよ!!」




 三艦の巨大な宇宙戦艦はそれぞれハッチを開き、艦載機らしいロボットを発進させた。

 


 そいつらが持つライフルが〈スケルトン〉と〈ジード・フリート〉を打ち抜き、俺達の視界はそこでブツリと切れる。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る