硝子の巨人と白い殺し屋

鈴を鳴らす者に視線は集まる

 〈スケルトン〉のデビュー戦は鮮烈の一言だった。

 敗色濃厚の戦場に流星の様に現れ、レイドボスの最大攻撃を反射し、斬り伏せた。

 その姿は〈リアルプラモ〉の新たな力であるスキルシステムの強力さを見せつけ、『バープラ』の時代が変ったことをプレイヤー達に実感させるに至った。

 

 それは良い、どうでも良い。


 古野 千景にとって問題があるとするならば、今『バープラ』で〈リアルプラモ〉の話になれば、必ずと言って良いほど〈スケルトン〉の名がでるくらい注目を浴びてしまっていることだ。


 いや、そんなつもりは無かった。


 負けたく無かったのも必死だったのも本当なんだが、あれは〈ジーク〉に感化されてテンションがおかしな感じで上がってたせいだ。


 元々、目立つ機体というのも相まって、SNSやら掲示板では〈スケルトン〉祭りになっている。

 コックピットも丸見えな〈スケルトン〉君なので必然的にアバターの白い女ギャングはセットで拡散されてしまっていた。


 「いや~、暴れたねぇ、古野君」


 「・・・そんなつもりは無かったんですって・・・」


 「知ってる?今、クリアのキットの売り上げが伸び始めてるの」


 〈スケルトン〉の鮮烈デビューから二日経って。

 俺は、〈エンジョウ模型店〉へ足を運んでいた。


 「良かったじゃないか、一夜にして有名プレイヤーだよ?」


 「遠条さん、俺はゲームをしに行ったのであって、売名行為をしたかったわけじゃないんですよ」


 確かに、有名になり、顔が売れれば、俺の作った作品は多くの人の目に映ることだろう。

 それは嬉しいし、良いことだ。

 俺とて、承認欲求というモノはある。

 

 しかし、自分のやりたいことを見失ってはいけない。


 俺は生まれ変わったというプラモの世界を見物し、堪能するために『バーチャル・プラモデル・オンライン』を購入したのだ。


 ログインするたびに人に囲まれたり、スクショを隠し撮りされたり、有名人気分を味わいにあの世界に向った訳では無い。


 腹立たしいのは注目を浴びているのが〈スケルトン〉そのものというよりもレイドボスの攻撃を反射してみせた超必殺ウルトスキル、ということである。


 あれから調べて見た限りでは〈リアクティブ・クリア・ミラー〉が発現したのは、まだ俺の〈スケルトン〉だけの様で、検証班がクリアキットでのスキャンガチャを頑張っているらしい。


 結局、あのゴリラ戦では被弾しなかったからな・・・


 まだ、〈スケルトン〉のクリア外装が着脱可能な〈リアクティブ・アーマー〉だとは気づいていないのが検証班の哀れな所である。


 名前からして、〈リアクティブ・アーマー〉と〈クリア〉の外装が〈リアクティブ・クリア・ミラー〉発現の条件だろうから、ただのクリアキットを何度スキャンしても多分でねえんだよなぁ・・・

 

 うん、もっとよく見ろ。

 中のプレイヤーなんか見んな。


 「それで、美プラかい?」


 「ええ、アバターの容姿を変更するのもありなんですが金がかかるので・・・」


 今日〈エンジョウ模型店〉へと足を運んだ理由は、なにも『バープラ』を始めた感想を伝えに来ただけじゃない。


 プラモデルのスキャンだ。


 俺は百均のポチ袋に入った、水色の髪にピンクのグラデーションが毛先に入った美少女プラモデルを取り出す。


 『バープラ』においてアバターの容姿を変更することは不可能ではない。

 ゲーム内の〈服飾店〉に行けば、服装の見直しは可能だ。

 ただし、金がかかる。

 もちろんゲーム内通貨ではあるし、ゴリラの討伐報酬もそれなりに入ったので、懐が寂しいというわけではないのだが・・・

 

 「全く・・・、なんでゲームで変装じみたことしないといけないんだか・・・」


 あの白い女ギャングは今の『バープラ』では時の人だ。

 道行く人は振り返り、行動力のある者は話しかけてくる。

 ぶっちゃげ、鬱陶しい。

 まともにゲームに集中できない。

 容姿を変えれば少しは落ちつくだろうが、〈服飾店〉に入る所を見られてイタチごっこは洒落にならないし、なにより、そんなことのために身銭を切りたく無い。


 そこで、白羽の矢が立ったのが美少女プラモデルである。


 通常〈セントラル・タウン〉などの町中ではプラモデルを展開することは出来ないが、一部例外が存在する。

 それがスケールが人間サイズの美少女プラモデルやキャラクタープラモデルである。

 そもそも人間サイズであるため、町中にいる方が自然ということからか、町中でもこれらのプラモは展開して動かせる様なのだ。

 無論、武装は外のフィールドに出ないと展開できないが、基本的に一体型で操作するから使用感はアバターとそう変らないはずだ。

 

 「美プラなんて作ったことあったんだねぇ。てっきりメカ系ばかりだと思ってたよ。」


 遠条さんが、「古野君も男の子だねえ・・・」、とでも言いたげな顔している。

 一応、弁明しておくが、女体が目当てで作った訳では無い。


 「・・・肌とか髪の塗装をやって見たかったんですよ。塗装するなら、ロボットと違って、質感違うし、グラデーションかけるのが必須みたいな所ありますから。」


 美プラのなにがスゴイって本気で作るとなると、ごまかしがきかない所だ。


 例えば、段落ちモールド、という技法がある。

 これはプラモのパーツ同士を合わせた時にできる、合わせ目と呼ばれる箇所に凹凸を彫り、ディティールとして処理する技法だ。

 合わせ目は気になる者にとっては絶対に消しさらなければ気が済まない箇所。

 段落ちモールドは、情報量を増やすと同時に接着剤などを必要としない、時短にも繋がる非常に優れた、お手軽なごまかし方とも言える。


 だが、これは美プラでは使えない。

 人の肌に、その様な不自然な凹凸は存在しないからだ。

 メカならばできる。

 機械とは部品を組み上げて作られているのだから繋ぎ目がある。

 それはディティールになる。

 だが、人の身体に繋ぎ目は無い。

 美少女プラモデルというのは、目指すべき到達点がメカ系のプラモデルとは明確に違う。

 可愛さ、セクシーさ、言葉を選ばずに言えばエロさといった女性が持つ魅力をプラスチックで再現することが求められるのだ。


 必然、接着剤とヤスリを用いた古き良き合わせ目消し作業を強いられる。

 

 妥協がきかず、グラデーション塗装の練習ができるとして、塗装を始めたばかりの頃に作ったプラモデルが、まさかこの様な形で日の目を見ることになろうとは・・・


 結局、好みの問題でこれ以降、美プラは作っていないのだが実際、良い経験になった一作だ。

 

 「・・・その様子だと、『バープラ』は本当に生まれ変われたのかな?」


 押し入れから過去作を引っ張り出してまで、『バープラ』をしようとする俺を見て、ちょっと嬉しそうに遠条さんは言う。


 「・・・ええ、まあ以前を知らないので、生まれ変われたのかどうかは知りませんけど、楽しい所ではあると思いますよ」


 〈エンジョウ模型店〉のショーケースの中で佇むだけだった〈スケルトン〉は脚光を浴びた。

 動き、戦い、『鑑賞』以上の楽しみを俺に味合わせてくれた。

 見ていた者も、素立ちのプラモデルを『鑑賞』する以上の迫力を味わったはずだ。


 確かに、あの世界『バープラ』はプラモデルの楽しみ方を一つ上のステージへと引き上げたと言って良いのかもしれない。


 ただ、俺は『バープラ』を始めたばかりだ。

 正味、一日しかプレイしていない。

 そんな俺がゲームの評価を語るのは、まだまだ浅慮というものだ。


 だからこそ、もっとあの世界を味わってみたい。


 そのための、こいつ美プラだ。

 

 俺はポチ袋から少女の形をしたプラモとその武装を取り出し、スキャンの準備を始める。


 ふと、気がついた。


 ・・・こいつこのキットの名前なんだったっけ・・・?

 

 どのプラモにも作品名をつけるわけじゃないんだよなぁ・・・

 

 

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