第3話 超絶美少女
そして、五年後――。
火属性攻撃魔法の天才『獄炎の魔女』マリエル・カフスレイヤは、その二つ名を冠することなく、魔法習得を終えた。
悪役令嬢の立場は継続中とはいえ、物理的な脅威は皆無の――回復魔法の天才へと相成ったのであった……!
とはいえ。
余談だけれど。
ひとつだけ予定外の事態が発生した。
時間が出来たので、お父様や招聘された導師の立場のためにも、今更ながら攻撃魔法を少しだけ勉強し始めたのだけれど――習得が異常に早いのだ。
「て、天才じゃ……お嬢様は、天才じゃあ……」
導師が腰を抜かしてしまったが、わたしにはなんとなく理由がわかった。
きっと回復魔法をマスターする際に、魔法の基礎を習得しきってしまったのだ。
内に向けていた効果を、外に向けるだけ――回復魔法の練度は、そのまま攻撃魔法に転じるのだろう。
マリエルの終焉を知っている身としては、なんだか複雑だ。
攻撃魔法を極めたが故の戦闘能力と自負心・自尊心で自滅するマリエル(わたし)。
悲劇的な死を避けようと努力しているはずなのに、避けられぬ運命であるかのように、元の場所に戻されるようだ。
でもきっと……マリエルだって、力の使い方を間違わなければ――いや、記憶の中にある、この性格難じゃ無理か……。
「だからこそ、人助けもして、まっとうに生きないとね」
やることは山ほどあった。
*
10才になった。
世間では『××地方に聖女誕生』みたいな話がたまに聞こえてきたりもするが、治癒魔法の使えないわたしは、相も変わらず火属性魔法による生命活力劇増魔法の精度をあげるのみだった。
ある日、ふと思った。
「でもこれって、実際、どうなのかしら……本当に病気を治せるものなの……?」
小さなケガぐらいなら、自分の体で実証済みだ。若ければ若いほど生命力は倍増するから、大きな擦り傷でも数分で治る。
でも、骨折とか、大病はどうだろうか。わたしを襲った心疾患のようなものは?
「うーん。実際にやってみないとわからないわね」
医学でいうところの臨床っていうやつなんだろう。
研究だけでは得られない答えがある。
でも、館内は基本的に健康な人間しか在籍できない。
好戦的な親族は健康優良児の集団みたいな面々で、魔物を狩りに行っても擦り傷程度で、治すべき大ケガは一つしない。いや、それが幸せなので文句はないのだけど。
……あ。
「魔物で思い出した……。そういえば、この前、領地内の村が魔物に襲われたとか……それでお父様たちが調査と討伐で……けが人もいたはずよね」
領主自ら剣をふるうことを良しとする家系である。力こそ、正義。だから、悪役令嬢なんか生まれるんだろうか――いや、今はそういうことじゃなくて。
「カタリナに聞けば、村の場所がわかるかしら……?」
結論から言って、すぐに居場所はわかった。
さすがゲームの世界らしく、すべての村々に馬車が通っていたのである。
*
前述のとおり、治癒魔法は聖女が扱えるものである。
聖女の数は国の安定性を高め、国民の信頼をも得るという。よって、基本的に聖女は王都などの主要都市で厳重に保護されていた。
そして、カフスレイヤ家が納めるシャッソー領に聖女はおらず、癒し手は訪れず、呼んだとしても来訪することはないだろう。
だから――けが人は、自分の生命力だけでケガを治さねばならないのだ。よって、わたしの力が役に立つかもしれない。
*
馬車の荷台に座っていた。
ホロ付きのソレは、見た目には牧歌的だが、サスペンションや空気入りのタイヤなどがついているわけもなく、道の振動が直にお尻を叩いてくる。
ある種、無計画に。
しかし、明確な意思を持って。
わたしは一人で、内緒で、家を脱走していた。
理由はもちろん、けが人の治療のためだ。
近隣の村に行って帰ってくるには、半日もあれば十分だろう。
カフスレイヤ家の収める領地は王都には遠く、魔物の分布図を見ても安全とはいえないが、それでも緑は大変にゆたかで、上質な水源も存在する肥沃な土地だった。
広大な分、管理は難しく、税収に反して出費も多い。
しかし領主である父は、主な役目である『治安維持』と『税の支出管理』というものを上手くこなしていた。
そのせいなのか、もしくはゲームの世界なのかは確証はまだないが、生活には必須とはいえない、生活の質をあげるような業種につく人間も多い。
「それにしても、ゲームの世界だけあって、都合よく色々なものが存在してるわね」
御者による馬車運行は分単位で動いているし、通る必要のない寒村にも必ず駅舎のようなものが存在している。
土地間の大量運搬方法が確立されていないのに、各地には必ず宿屋や酒場があって物資が豊富だったり。周囲に木が多いのに、レンガ造りの街並みだったり……などなど。
でも、それでいいのだ。ここはゲームの世界なのだし。
「なにより、そうでもなければ、家を抜け出して、一人で村になんてこれないしね」
「……なにかいったかい、嬢ちゃん。それに、本当にここでいいのかい。なんもない村だぞ。宿場もなけりゃ、飯を食う場所もない。というか、何もない、ただのさびれた村だ。家のほうがあったかいぞ」
御者のおじさんの、娘を諭すような声。
嬢ちゃん、とは新鮮だ。
変装しているので領主の娘とはバレないのだろう。
赤髪もこちらの地方では珍しくないしね。
「ええ、ここでいいの。ここがわたしの目的地よ。ご心配ありがとう、おじさま」
「けけっ。おじさまなんて、初めて言われたよ。まあ、それならいいけどなぁ」
「おじさま。ちなみに、帰るときはどうすればいいのかしら」
「ん? そりゃ、あそこの駅舎で待っていれば、いずれ誰かが迎えに来るさ。金を渡せば目的地までは必ず到着する」
「そういうものなの?」
「そういうものだろ」
「なるほど……わかりました、ありがとう」
本当にゲームの世界なのだなぁ、と思う。
都合が良いから特に言及することもない。
去り行く御者の背中を目礼で見送る。
すぐにわたしは一人になった。
自然豊かな領地の中でも、残念ながら、過酷な地域にある村だ。地面も固く、石が多い。
人の住む近くに魔物が出るような土地だ。魔物事態も飢えているのだろう。
強めの風が吹いて、赤い髪をなびかせた。
まるで、誰かの手がわたしを払いのけるようだった。
……べつに怖くないけどね!
……一人で平気なんだから!
「さて……けが人はどこかしら」
周囲を見渡す。
寒村、としか表現ができない村で、馬車が通る必要すらないほどに、なにもない。
粗末な小屋が十ほどと、家族だけを守るために作られたような小さな畑がちらほら。一目見ただけで全体を把握できる規模――それだけの場所に、浮いた存在を見つけた。
さびれた土地にあることが、異質に思えるような大きな幹の常緑樹がある。
その下に、ナニカが居る。
一瞬、きらきらと輝いているのかと思った。
肩口ほどの銀色の髪を持つ、華奢で可憐な――少女?
大きな木がすべてを受け止めてくれることを信じているかのように、体重を預けている。
時折、目元をぬぐう様子……どうやら、泣いているらしい。
背丈を見る限り、マリエル(わたし)と同じ年ぐらいだろう。しかし、骨と皮だけの体と、ぼろぼろの服のせいで、ずいぶんと小さく見えた。
日本製のゲームだけあって、きちんとした四季がある。今は秋。常緑樹ゆえに緑に生い茂る木と共に見ると、なお、少女の生命の弱さが浮きだっていた。
わたしは一瞬、迷った――が、話しかけることにした。
この程度の行動で、未来が変わることもないだろう……きっと。たぶん。大丈夫、うん。
「どうかしたのかしら」
「……え? だ、だれ」
「泣いているようだけ――うっ!?」
「……?」
わたしの声に顔を上げた少女――その顔が輝いていた。
もちろん物理的な話ではない。わたしの視界の中で、輝いているのだ。ついでに視界の周囲を幾本ものバラが咲いている。
(ちょ、超絶美少女キマシタワーーーーー!)
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