第3話 ここはゲームの世界

 そして、二年後――。


 火属性攻撃魔法の天才『獄炎の魔女』マリエル・カフスレイヤは、その二つ名を冠することを避けるように、補助魔法のみを鍛錬し続けていた。


 火属性魔法は、攻撃魔法が主体だ。

 ハートビート以外にも、いくつか補助魔法はあるが、ほかの属性――地水風に比べると、明らかに数は少ない。

 もっとも、わたしには火属性しか使えないので、あーだこーだ考えたところで、どうにもならないのだけれど。


     *

 

 さらに一年後――。


 これまでのわたしは、攻撃魔法の取得を避けてきた。

 とはいえ、すこしばかり時間が出来たことと、なにより、お父様の立場や、招聘された先生の立場のためにも、今更ながら攻撃魔法を少しだけ勉強し始めたのだった。


 さて。

 そこで、一つ、誤算が判明した――わたしは攻撃魔法の習得が、異常に早かったのだ。


 三回目の授業で――。


「――叡知を焼き尽くせ。……ヘルファイア!」


 上級魔法を一発で成功させると、先生が、腰を抜かしながら、褒めてくれた。


「て、天才じゃ……お嬢様は、天才じゃあ……」


  比較的簡単な上級魔法とはいえ、そうそう簡単に成功するものではないらしい。わたしには、成功した理由がなんとなくわかっていた。


 きっと回復魔法を鍛錬する際に、魔法の基礎を習得しきってしまったのだ。

 さらに、魔法の効率化を図る技能が、攻撃魔法の強化や、分析、把握などなど、とにかくよい影響を与えた。だから、難なく、攻撃魔法が成功したのだ。


 結局、魔法は自分の体内の魔力をどう扱うかという点に尽きる。

 内に向けていた効果を、外に向けるだけ――回復魔法の練度は、そのまま攻撃魔法に転じるのだろう。


 お父様は喜んでくれたし、お母様も同様。けれど、マリエルの終焉を知っている身としては、なんだか複雑だ。

 攻撃魔法を極めたが故に戦闘能力は高く、男にも負けないという自負心。そして誰よりも優秀であるという自尊心。それらによる圧倒的なハラスメント性格による行動の果てに、命を落とすマリエル。つまりわたしだ。


 悲劇的な死を避けようと努力しているはずなのに、避けられぬ運命であるかのように、元の場所に戻されるようだ。

 

 でもきっと……マリエルだって、力の使い方を間違わなければ。それこそ攻撃魔法を極めなければ、きっと普通のお嬢様として――いや、記この性格じゃ、普通なんて無理か……。


 わたしは、腰を抜かした先生の横で、こぶしを握り、空を見た。


「だからこそ、人助けもして、まっとうに生きないとね」


 やることは山ほどあったけれど、とりあえず、人助けとして、先生を起こしてあげた。


     *


 さらに数年が経過し、10才になった。


 世間では『××地方に聖女誕生』みたいな話が聞こえてきたりもするが、治癒魔法の使えないわたしは、相も変わらず火属性魔法による生命活力劇増魔法の精度をあげるのみだった。

 なお、カフスレイヤ家が治めるシャッソー地方には、過去を含めて、一度も聖女が誕生していないらしく、その観点からみると、国への影響力は弱いらしい。なにせ、聖女一名いるだけで、戦での戦力に差が出る。

 最上位の聖女だと切断された手足すら、再生させるらしいし。


 ただし、わたしの回復魔法も、戦闘による怪我の回復には役には立ちそうだけど。骨折とか、切り傷とかね――なんて、ベッドの上にだらしなく寝転びながら、考えていた、ある日のこと。


 ふと思った。


「でも、実際はどうなのかしら……本当に病気を治せるものなの……? 自分にしか試していないから、効果にエビデンスがないのよね」


 エビデンスというのは『証拠となるデータ』である。

 薬の高価なども、エビデンスがないと、認可されないわけで。


 ベッドの天蓋を見つめても、答えはでない。


「わたしの力も、どこまで通用するかの証拠はないわね……」


 小さなケガぐらいなら、自分の体で実証済みだ。ただし、若ければ若いほど生命力は増加するようだから、大きな擦り傷でも数分で治るという証拠は、高齢者にまで当てはまるのかは不明ということ。

 さらに、骨折とか、大病はどうだろうか。わたしを襲った心疾患のようなものは?

 どこまで治せて、なにが無理なのか。何歳までなら可能か。性別に差はあるのか。体格や筋肉量、基礎体力による差は? まったくわからない。


「実際にやってみないとわからないけど、まさか、実験するわけにもいかないし」


 医学でいうところの臨床っていうやつだ。

 研究だけでは得られない答えがある。


 でもなあ。

 わたしの周囲には、基本的に、健康な人間しかいない。病人が、使用人として雇われることはないし、すぐに暇を出される。

 好戦的なお父様は、騎士の身分である。現実の中世と違って、魔物が多い世界では、騎士の地位はかなり高いらしい。そんな人間なので、魔物を狩りに行っても、擦り傷程度で帰ってくる。

 カフスレイヤ家がお金をだしてやとっている兵士たちも、当然、元気だ。元が、冒険者や傭兵なので、一般的な魔物相手に怪我すらしないし、したとしても自前の回復力ですぐに治す。


 ……あ、そうだ。


「魔物で思い出した……。そういえば、この前、カフスレイヤ領のはずれの村が魔物に襲われたとか……それでお父様たちが調査と討伐に行ったんだっけ」


 村人に、死人が出た。

 そのとき、けが人も出たと聞いた。


 お父様が、「もっと早く、到着していればな……」と後悔していた。

 領主自ら剣をふるうことを良しとする家系である。力こそ、正義。しかし、カフスレイヤ領(シャッソー地方)は、領土が広い。移動も一苦労だ。

 

 王都から遠いために、聖女たちが立ち寄ることもない。

 領主が管理している土地で生まれた聖女は、様々な政治的要因から、王都で厳重に保護されている。

 領主の招へいにより、生まれた土地を助けに戻ることもあるらしいが、そもそも、シャッソー地方に聖女はいない。つまり、カフスレイヤ家が命じられる聖女はいない。


 トラブルは、力で解決しなければならないというわけだ。

 けが人は、自分の生命力だけでケガを治さねばならない。だからこそ、わたしの力が役に立つかもしれない。


「カタリナに聞けば、村の場所がわかるかしら……?」


 そうすれば、けが人を見つけられるかもしれない。

 回復魔法で治すことができれば、相手も嬉しいだろうし、わたしも助かる。


「そうと決まれば、善は急げね」


 ベッドから飛び降りて、カタリナを探す。スカートがめくれたので、さっと直した。

 彼女が傍にいたら「はしたないですよ、お嬢様!」と叱ってきただろう。


 結論から言って、カタリナはすぐに見つかったし、村の居場所もすぐにわかった。


 あとは、移動手段だけど――さすがゲームの世界だ。こんなに不便な領地だというのに、なぜだか、大小すべての村に、しっかりと馬車が通っていたのである。


     *


 馬車の荷台に、ひざを抱いて座っていた。

 出発してから、何時間が経過しただろうか。

 駅舎で待っていたら、日本の電車のように正確に、馬のひづめの音が聞こえてきたのには驚いた。やっぱりここはゲームの世界なんだなあ、と受け入れてしまった。


 幌付きの馬車は、見た目には牧歌的だが、サスペンションや空気入りのタイヤなどがついているわけもなく、道の振動が直にお尻を叩いてくる。


「いたい」と呟いたところで、一人旅に回答はない。


 ある種、無計画に。

 しかし、明確な意思を持って。

 わたしは一人で、内緒で、家を脱走していた。


 理由はもちろん、けが人の治療のためだ。

 地図と移動距離、経過時間を計算すると、どうにも物理方式を無視している気がするのだけれど、近隣の村に行って帰ってくるには、半日もあれば十分となっていた。

 助かるので、深く考えることはやめた。馬車ってすごい! ということにした。


 カフスレイヤ家の収める領地は王都には遠く、山や森を挟むとはいえ、隣国と接しており、魔物の分布図を見ても安全とはいえない。が、それでも自然は大変にゆたかで、上質な資源を多く擁する土地だった。


 人口密度は低く、ゆえに人材に乏しく、管理は難しい。少ない税収に反して、防衛のための出費も多く、やりくりは大変らいし。

 無骨な騎士であり、典型的な体育会系でもある領主の父は、しかし、その見た目と気質に反して、主な役目である『治安維持』と『税の支出管理』というものを、上手くこなしていた。

 なぜこんな真面目な父から、悪役令嬢が……、と不思議に思うけれども、気質に加えて、正史では両親が共に死亡することが、成長に影響を与えたのだろう。なんて、他人事のように考える。


 四つ目の駅舎は、ちょっとした町だった。

 これは、噂にきく、シャッソー地方で一番、栄えている場所ではないだろうか。


 武器屋、防具屋、魔法書屋……ちょっと寄りたい。

 他にも、生活に必要なお店。パン屋からいい匂い。


「やっぱり、ゲームの世界だけあって、都合よく色々なものが存在してるのね。便利だから、いいけど」


 相乗りをしてくる人はいなかった。他の場所へ行く必要がないか、もしくはそれが許されていないのか。

 それでも、馬車は分単位で運行しているし、通る必要のない寒村にも必ず駅舎のようなものが存在している。なぜか、馬は疲れる様子がない。


 でも、それでいいのだ。

 地球だって、なんで出来たのかなんて、わたしは知らないし、酸素だって、なんで生み出されたのかなんて、わかってもいない。

 そういうものとして、受け入れれば、それが当たり前となる。


「そうでもなければ、家を抜け出して、一人で村になんてこれないしね」


 声が大きかったのか、風向きが合ったのか。

 御者が振り返って、声をかけてくれた。


「……なにかいったかい、お嬢ちゃん」

「いえ、なんでもないわ。それよりまだ、到着しないのかしら」

「いや、到着したことを伝えるために、声をかけたんだ」

「あら」


 外を見ると、いつの間にか、風景が変わっていた。

 

 御者は馬車から降りるために、手を貸してくれるようだ。

 馬車の後ろに回り、わたしを促した。

 わたしは、伸ばされた手をつかみ、地面に降り立った。


「お嬢ちゃん。本当にここでいいのかい。なんもない村だぞ。宿場もなけりゃ、飯を食う場所もない。正真正銘、何もない、ただのさびれた村だ」


 世間知らずの小娘を諭すような声だ。

 変装しているので領主の娘とはバレないだろう。

 赤髪もこちらの地方では珍しくないしね。


「ええ。ここがわたしの目的地よ。ご心配ありがとう、おじさま」

「けけっ。おじさまなんて、初めて言われたよ。まあ、それならいいけどなぁ」

「おじさま。ちなみに、帰るときはどうすればいいのかしら」


 普通の質問だと思ったけれど、御者は必要以上に不思議そうに首をかしげた。


「んん? そりゃあ、この駅舎で待っていれば、いずれ誰かが迎えに来るさ。金を渡せば目的地までは必ず到着する。そういうものだろ? 違うかい」


 それがやけに面白く感じてしまい、わたしはくすくすと笑ってしまった。


「そういうものなのね」

「ああ。そういうものだろ」

「なるほど……わかりました、ありがとう」


 去り行く御者の背中を目礼で見送る。

 すぐにわたしは一人になった。


「一人で簡単に行動できる世界に感謝ね」

 

 本来なら、こんな場所に、わたし一人で来られるわけもなく。

 自然豊かな領地の中でも、残念ながら、過酷な地域にある村なわけで。


 人の住む近くに、魔物が出るような土地だ。

 色々と荒れているのだろう。緑もすくなく、石と土のほうが目立つ。


 強めの風が吹いて、赤い髪をなびかせた。

 まるで、誰かの手がわたしの体を、押しのけるようだった。


 遠くから、よくわからない獣の遠吠え。


 ……べつに怖くないけどね!

 ……一人で平気なんだから!


 わたしは、服の裾を正した。


「さて……けが人はどこかしら」


 周囲を見渡す。

 粗末な小屋が十未満。

 村人だけを守るために作られた、小さな畑がちらほら。

 一目見ただけで全体を把握できる規模。駅舎が一番、立派だ。


「……あら?」 

 

 それだけの場所に、浮いた存在を見つけた。


 まず、一本の大きな木が生えていた。

 枝は伸び、葉は大きい。

 閑散とした場所で、唯一、生命力を感じる。

 さびれた土地にあることが、異質に思えるような常緑樹だ。


 その木の下に、何かが、居た。


「……人間?」


 背丈はわたしぐらい。線はほそい。肌は白く、髪は長く、銀色。

 疑問に思ったのは、顔がよく見えないからとかではない。


 人間とは違う、もっと、崇高なものに見えてしまったのだ。

 たとえば、天使だとか。

 体全体が、きらきらと輝いているのかと思った。

 なにかのオブジェのようにも見えた。

 それほどに、その生命体は、美しかった。


「女の子、かしら」


 肩口ほどの銀色の髪を持つ、華奢で可憐な――少女……?

 大きな木がすべてを受け止めてくれることを信じているかのように、背中を預け、うつむいていた。


 彫像のようだったが、もちろん動いた。

 手の甲で目元をぬぐう様子……どうやら、泣いているらしい。

 

 背丈を見る限り、わたしと同じ年ぐらいだろう。しかし、がりがりだ。骨と皮だけの体と、ぼろぼろの服のせいで、ずいぶんと小さく見えた。


 日本製のゲームだけあって、この世界にはきちんとした四季がある。

 今は秋。わたしもそれなりの防寒具を身に着けているが、彼女の粗末な服では、寒そうだ。


 なにか、悩んでいるのだろうか。

 持ち物は少ないが、なにかをわけることぐらいならできるかもしれない。


 わたしは一瞬、迷った。悪役令嬢として、それをしていいのだろうか――でも、話しかけることにした。

 この程度の行動で、未来が変わることもないだろう……きっと。たぶん。大丈夫、うん。


 樹木へ近づくたびに、少女の輝きが増すように思えた。

 わたしは、相手が気が付く前に、声をかけた。

 

「失礼。あなた、どうかしたの?」

「……え? だ、だれ」


 少女が、いきおいよく顔をあげた。


「泣いているようだけ――うっ!?」

「……?」


 少女と目があう――その顔は、たしかに輝いていた。

 もちろん物理的な話ではない。わたしの視界の中で、輝いているのだ。ついでに、彼女の周囲に、幾本ものバラが咲いた。

 ちゃらららーんと、SEも鳴った。


 こ、これは。


(ちょ、超絶美少女キマシタワーーーーー!)


 わたしは、冷静な顔を維持したまま、心のなかでガッツポーズした。

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