18話「シスター、危機一髪」

 深月が腹痛を起こして何かを押し殺したような変な声を出したと思ったら、なんと金色に輝く十字架が掲げられた建物を発見することができた。


 当然ここまで疑心暗鬼で教会を探し歩いていた俺たちにとって、その十字架は一筋の光が差すようなものであり、これが紛れもない神からの啓示ということであろう。


 だがこの世界の神は創世神アステラであるが故に、アイツに助けられたと思うと素直に喜びの感情が湧かないのはなぜだろうか。まあだけど漸く、お目当ての建物を見つける事が出来たのだ。

 これは急いで行くしか手はあるまいと横で呆然と立ち尽くしている深月へと視線を向けた。


「絶対にあれは教会だよ……。くっ、なんでこんな田舎の場所にあるんだよ! 探すのに滅茶苦茶、苦労したじゃないかぁ! もぉぉ!」


 すると相方は教会を見つけられた安堵感よりも探す方で、自らの貴重な時間を取られた事を気にしているようで文句を吐き捨てていた。


 確かにこの世界に来たばかりでやるべきことは多く有り、時間は有限だということで教会を探さなければ、その分他のことが多く出来ていたことはあるだろう。


 しかし教会を見つけなけば深月の呪いを払うことはできず、このままではただのアニメキャラの容姿をした女子という括りで終わること間違いない。


「まあ場所が無かったとか、そんなところじゃないのか?」


 取り敢えず相方の怒りを沈ませる為にも横から声を掛けると、そのまま肩を両手で無理やり押して発見した教会へと俺たちは足を進ませ始めるのであった。

 あのままでは深月は永遠と小言をネチネチと言い続けて進む気配が無かったからだ。


 ――それから教会へと無事にたどり着く事が出来ると目の前にはちょうど修道服を着た女性が、木製の梯子に足を乗せながら建物全体を掃除している場面へと遭遇することが出来た。


「不安定な足場だな。落なければいいけど」


 女性の姿を視界に収めると、そんな言葉が自然と口から出て行く。

 だがそうすると横から深月が肘で俺の脇腹を小突いてきて、


「フラグのような事を言うなよ……。まあそれよりも今は呪いだ呪い!」


 何処か不安気な表情を見せていたが直ぐに気を取り直して呪いを連呼していた。


「あのー! すみません!」


 そして相方は呪いが漸く払えるとして気分が向上しているのか、矢継ぎ早に女性へと大声で話し掛けていた。


「は、はい! なんでしょう――おわっ!?」


 すると修道服を着た女性は呼ばれて反応すると足場が不安定な場所で振り返るという、そこそこ大きな動作をしたせいで全体的にバランスを崩したようで梯子ごと揺らし始めていた。


「危ない! バランスを保って!」


 咄嗟に深月が現状を維持するように声を掛けるが、それは逆効果のようで彼女に更なる焦りを生ませるだけの危険行為であった。

 その証拠に女性が足を乗せている梯子が一段と揺れを増幅させているからだ。


「む、無理ですよぉ! きゃぁぁっ!?」


 そしてついに梯子の足元が地面から浮いて一気に傾くと、そのまま女性を巻き込んで倒れ始めた。――だがそこで不思議なことに彼女の悲鳴が木霊すると共に、


「っ……!? な、なんだこれは!」


 俺の視界に映る光景全てがスローモーション状態となると体は何故か自然と動いていた。

 女性を助ける為に最初に落下してきた梯子を手の甲を使い上手く弾くと、そのあと両腕を大きく広げて彼女を優しく抱きとめる。


「っ!? がはっげほっ! ……はぁはぁ。これは一体どういうこと何だ?」


 一連の出来事を全て成し遂げたあと視界がいつも通りの状態へと戻ると、どうやらその間は息を止めていたらしく急激な息苦しさが全身を襲うが、なんとか呼吸を整えることは可能であった。


「だ、大丈夫か? 怪我はないか?」


 それから呼吸を整えてから腕の中の女性に声を掛けると、外見を確認した限りでは負傷箇所はなさそうだが念には念を重ねておいた方がいいだろう。


 しかし間近で改めて彼女の容姿を目の当たりすると、修道服だけに注目を浴びせないほどに容姿が印象的であった。


 髪は栗のように茶色で肩に毛先が触れぐらいの長さであり、表情は何処か気が抜けそうな程におっとりとしているような雰囲気が伝わる。


「は、はい……特には……」


 彼女は呆然とした表情を浮かべて中身のない返事をしていた。多分だが現状がいまいち理解できていないのだろう。けれどそういう俺自身も何がなにやらで理解が出来てないのが現状だ。


 本当にさっきのあれは一体なんだったのだろうか……。一瞬のゾーン状態だったのかも知れないが、いまここで答えが出ることはないだろうという答えだけは分かる。


「お、おまっ、お前まじなのか!?」


 そして背後からは突然にも深月の困惑に満ちた声が聞こえてきた。


「どうした? 何かあったのか?」


 我ながら何があったのかという聞き方は馬鹿っぽく思えるのだが、寧ろこっちが事情を知りたいとしてこの言葉が妥当ではないだろうか。


「あれあれ! あれを見ろ! あ・れ・を!」


 何やら鬼気迫る表情で相方が人差し指を右側へと向けて言うと、面倒ながらも指示された方角へと顔を向けることにした。その際に何故か女性も深月の言葉に釣られたらしく同じ方角へと視線を向けていた。

 

 ――だが俺と女性が視線を向けた先には驚愕の事実が確かに残されていて、


「うわっ! な、なんだこれ!? 俺がやったのか!?」


 そんな言葉が躊躇なく漏れ出るほどに目の前の光景は異質なものであった。

 何故なら俺が手の甲で弾いた木製の梯子が、粉々となってその場に飛散していたからだ。


 しかし幾ら木製の梯子と言えど軽く弾いただけで塵芥になるだろうか? 

 些か目の前の現実が受け入れ難いものだとして頭が痛くなるが、


「こ、これがチート能力という力の現実か……」


 全てをチート能力の一端ということにして一先ず解決することにした。

 現状でこれ以上の不可解な事象は手に負えないからだ。

 というか頭痛を発症している時点で既に俺の脳内許容値を超えている証拠だ。


「チ、チート能力すげぇ。こりゃ異世界系のラノベが流行る訳だな……」


 飛散した梯子の破片を見て深月は独り言を呟くと、最後に生唾を飲んでただ喉を鳴らしていた。

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